第2話 山荘旅館 非連続性殺人事件 (1)

 土曜の昼下がり、探偵事務所はいつもと変わらず平穏な時間が流れていた。


「暇だな、もっと手軽に殺人事件を起こすやつ居ないのか。漫画だとほぼ毎日起こってるのに……」


 探偵たんてい晴見はれみ 直人なおひとは警察無線を傍受ぼうじゅしながら独り言をつぶやく。

 ただ、独り言としては声が大きい。となりの部屋に居るのにもかかわらず、ハッキリと聞こえてきた。


「不謹慎ですよ、晴見先生。何も無いのは良い事じゃないですか?」


 波風を立てぬよう、やんわりと忠告をする。

 すると、信じられないとんでもない返事が返ってきた。


「いやぁー、退屈な時間は罪だよ。ここは暇つぶしにビルの大爆破とか、新聞の一面に載るような大惨事のひとつでも起こしてくれたまえ。

 私の有能な助手なら造作も無くできるだろう」


 探偵はヘッドフォンの片側を耳に当て、無線機で盗聴しながらテロリストまがいの発言をする。

 本人は軽い冗談のつもりかもしれないが、こんな光景を誰かに目撃でもされたら、共謀罪で僕まで逮捕されそうだ。



 僕の名は刈谷かりや ゆう。訳あってこの探偵事務所で働かされている。

 ある事件でこの探偵に関わってからは、ろくな事はない。最低賃金で雑用としてこき使われる日々を送っている。


 ここは、どこにでもある探偵事務所と言いたい所だが、かなり特殊な存在だ。

 殺人事件を専門として扱っており、この探偵は特異な推理能力を持ち合わせている。


 だが平和な日本で殺人などそうそう起きるはずは無い。今日ものんびりと無駄とも思える時間が過ぎて行く。



 掃除などの作業を終え、一息ついていると僕のスマートフォンが鳴った。

 画面を見ると見知らぬ番号からだ。その番号から相手は固定電話だろう。

 どうせ宣伝や営業からの電話だと思ったのだが、そんな理由で取らないわけには行かない。

 通話を受けると、それは意外な人物からの電話だった。


「刈谷くんかい? こちら殺人課の嵐山らんざん警部補なんだが、今電話は大丈夫かな?」


「はい、大丈夫です。珍しいですね、何か用事でしょうか?」


「ああ、殺人事件が起きてね、我々警察では正直に言うとお手上げだ。そこでヤツの手を借りたい訳だが……」


 少し言葉を濁す。警察として解決ができない事件は不名誉な事なのだろう。

 苦々しい、不本意な感情が電話越しからでもうかがえた。


「わかりました、おそらくうちの晴見先生は引き受けるでしょう。我々はどうすれば良いですか?」


「できれば今すぐ来て欲しい。場所は少し遠くて、あるき野市という場所なんだが」


「どこですか、そこは?」


「やはり知らないか。東京の西の外れの方だ、移動には四日市線という路線を使うのだが、ちょっと口では説明しにくいのでこれから駅名をいう。検索でもして調べてくれ」


「分りました、どの駅に行けば良いですか?」


「四日市線の武蔵四日市駅、そこに来て欲しい。駅にはパトカーを待機させておく。

 君たちの事は伝えておくので、パトカーの警官に声をかけてくれればいいよ」


「了解しました」


「あと、今は電波が届かない位置にいて携帯電話が使えない。悪いがこの電話番号に連絡を頼む」


「はい、了解です。それでは失礼します」


 手短に挨拶をして電話を切る。

 勝手に依頼を引き受けてしまったが、大丈夫だろうか?

 まあ、殺人事件なのでおそらく大丈夫だろう。


「晴見先生、嵐山警部補から殺人の『受けるよ』」


 僕が言葉を言い切る前に、返事を差し込んできた。


「まだちゃんと言ってませんが……」


「受けるよ、殺人事件の依頼なんだろう」


「……ええ、そうです。場所は『あるき野市の武蔵四日市駅に来てくれ』との事でした。どこだか分りますか?」


「知っているよ、東京だが山梨と区別の付かないほどの田舎だ。さっそく出よう」


 探偵はハンガーに掛かった一張羅インバネスコートを手に取ると身支度もしないまま外へ出て行く。

 慌てて僕は部屋の戸締まりをし、電気を消し、玄関の鍵をかけてから後を追う。

 ちなみに僕が来る前には事件となると、開けっ放しで出て行く事がままにあったらしい。


 極めて無用心ぶようじんだ、

『窃盗にでも入られたらどうするんですか?』

 そう聞いたこともあるのだが、


『探偵事務所が窃盗に荒らされる。それはそれでスリリングな展開が期待できないか?』


 と、まるで筋違いの答えが返って来た。

 この人は何か必要な部分が欠けている気がしてならない。



 我々は電車に揺られる事2時間余り。武蔵四日市駅へと到着する。

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