パステルカラー

ジェノベーゼ

第1話


彼女はパステルカラーが好きだ。身の回り全てがパステルカラー。


彼女はある病を患っている。彼女の希望で自宅療養中だ。原因不明のもので治る見込みは今のところ、ない。死は、確実にひたひたと彼女の後ろに迫っている。僕はそれをただ見つめることしかできない役立たずだ。誰もが病の前では役立たずだ。

でも-

ただ、ひとつだけ役立たずでは無いものがあった。それは絵。

絵を描くことは彼女の精神を安定させると同時に彼女の唯一の楽しみだ。1日1枚。それが彼女の目標。

何回か僕はふざけて、内心本気で、彼女に「モデルにしてよ。」と言った。でも何回言っても「嫌だよ。」と言われた。

「君のことは好きだけど、まだ描く時じゃないの。」

そんな事を言われたこともある。好きだと言ってくれたのでそれ以降はモデルについてあまり触れなかった。だけれどやっぱり描いて欲しい、というのが僕の本音だ。


-数日後、彼女の様子がおかしい。

絵がパステルカラーではない。おかしい。好みが変わった、と言ってもパステルカラーからいきなり黒やどす黒い赤などに変わるのはさすがに変わりすぎだ。正直見ていて気持ちのいい色ではない。彼女にどうしたんだ、と聞いても「素敵な色だと思わないの?」と、繰り返すばかりだった。


"彼女の死が近い"


何故かそうとしか僕には思えなかった。


月日は無情に流れた。一向に色は変わらない。幸せそうに絵を描いているのに、僕は見ていられなかった。


-今日は、訪問日だ。彼女の家の戸を叩く。いつも元気に返ってくる声はない。思ってはいけないのに、自然と、彼女はもう絵を描けなくなってしまっている。そう、思った。

勇気を出して、戸を開ける。


-そこに広がるのは、一面のパステルカラー、パステルカラー、パステルカラー。

壁から床、天井にまでのパステルカラー。白いところもあったがそれは星のように小さくパステルカラーの中で光っているようで綺麗だった。彼女はそんな部屋の真ん中に今度こそ本当に幸せそうに寝ていた。

あぁ、よかった。最期には描けて。

ふと、彼女の横のキャンバスに目を向ける。

僕とそっくりの顔。


その僕と、僕の目から流れるのはパステルカラーの涙。

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