今日も俺はお前のせいで幸せになる。

小林歩夢

今日も俺は、お前のせいで幸せになる。《本題》

episode1 死んだ→神様に会った→生き返った→天使来た。 は?

1 十六ページの薄い人生。

 昨日降った大雪の影響で、この街は見渡す限り白一色に豹変させている。こういうのは静かに楽しみたいものなのだが、残念ながら今日はそんなことも言っていられない。


 雪が降りつもっただけで騒ぎ立て、ついでにいちゃついているカップルども。……家でしてくれ。そのカップルを見て「リア充爆散しろ」とかわめいている中高生。……みすぼらしいぞ。家族のためにケーキを買っていく会社帰りのおっさんたち。……おっさんたちに幸あれ。若い同伴女性に高級ブランドのバッグを買い与えているおじさま。……今見たのは俺の幻想として脳内処分しておこう。


 とまぁ、いろんな人間模様が垣間見える今日は――クリスマスイブ。


 ただ、俺と一緒に歩いてくれる彼女はいない。いたこともない。しかし、一緒に歩いてくれる幼馴染がいる。しかも女。大事なことなのでもう一度言おう。しかも女。


 通常俺みたいな地味属性フルスロットルな残念系男子高校生君はお家にこもって過ごすのがお似合いなんだけど……。俺はそれとは一味、いやいや三味くらいは違う。


 さらにその幼馴染に言われてこんな『リア充ひゃっほいハッピーデイ』の街の中を歩いている訳で。


 心の中で『クリぼっち回避』の大勝利宣言をし終えると、その横にいる幼馴染をちらと見てみた。


 南雲楓なぐもかえで。同じ県立海浜高校一年六組で俺の幼馴染。家もお隣さんという奇跡の環境。ショートカットがとってもチャーミングな、かわいい女の子だ。比較的小柄なほうで、体形にしてもまだまだ子供っぽく、大人女性のプロポーションにはまだまだ遠い。


 だがそんな彼女は少女のようなあどけなさを持っているので、その体系に関しては全くマイナスポイントなどではない。むしろ的を得ているだろう。


 そして運動神経抜群で成績優秀。しかもそれを人に自慢することなく、誰にでも気兼ねなく接する。一部では『聖女』とよばれ、さらにファンクラブも作られたそうだ。


 どこかの誰かさんがつくったらしい。


 一言でまとめてしまうと、いわゆる非の打ちどころのない完璧人間と呼ばれるやつなのだ。


 うーむ、欠点があるとすれば『俺と幼馴染』ってとこくらいかなぁ。あ、泣いていいですか?


 ちなみにこんなにべた褒めしているが恋愛感情はない。むしろ崇拝感情ならある。


 よくラノベとか漫画とかでヒロイン枠に主人公の幼馴染が出て恋しちゃっているけれど、現実ではそんなのない。あまりに親しすぎて、俺にとって彼女の存在は双子の姉か妹のようなものだ。だから当然えってぃーなイベントも発生しない。


 よくあるシーンとして具体例を挙げるとすると、朝目覚めたら制服姿で馬乗りになっている、とかだ。とんでもない。ある意味事件ですそれ。幼馴染の部屋に窓からは入れません、というか部屋から部屋なんて見えません。だから着替えイベントなんて永久的に起きません。残念でしたー。そもそも部屋が見えてしまうなんて、防犯対策どうなってんのよあれ。


 確かに向こうのマジカルでハピネスな世界線では恋愛攻略対象かもしれないが、現実世界では攻略不可なのだ。いや、そもそもしないけどね。ていうかできないけどね、まず。


「どうしたの、聡ちゃん? そんなに見られると恥ずかしいんだけど……」


 現実世界の幼馴染萌えどもを妄想という夢から覚まし、一掃していたのだが、その間ずっと楓の顔を凝視していたようだ。確かに俺のキモイ眼光を浴びればそりゃ誰だってその反応をするだろう。顔は前に向けたまま照れたように俺のことをちらちらと見ている。


 かわいいなぁ。森で迷子になってしまい、帰り道が分からなくなってしまった妖精かよ。


 今、『聡ちゃん』とキュートな声で呼ばれたのはこの俺だ。一応昔から呼ばれているニックネームで本名は柊城聡馬ひいらぎそうま。その他に……特にこれといって取り柄などはない。まぁ自分のことっていうのは自分ではわからないものだしな。

趣味はラノベ&アニメの鑑賞とかゲームとか……。人間界で言うところの『オタク』というやつだ。中学生の時にオタクとなり、当時は生き辛さを感じていたのだが、高校生の今となっては意外とこれが楽しい。高校生は天下のリア充様も深夜アニメを見たりするからな。


 しかしここで「以上です」と言えてしまうのがかなり悔しい……。無個性人間ほど悲しいものはないのだ。だが、それ以外にあるか、と問われてしまえば俺は口をつぐむほかに選択肢はない。何この虚無感。


 客観的に見ても少ないであろう、いい点をあげるとするならば、『楓と幼馴染』ってとこだけだな。あ、泣いていいですか?


「いいや、ちょっと考え事してただけ」

「へんな聡ちゃん」


 楓は顔をこちらに向けて、俺と視線を合わせるために頭を上げると微笑む。彼女の白い吐息が張り詰めた空気を優しく溶かしていった。


 えー何この天使。今のセリフで全国の男性何割がおちたんだろう。九割九分は固いな。


 ……っと楓の魅力に推し負けて、かなり反れてしまったが、話を戻そう。


 ひとり身には心身ともに寒いであろうこんな聖夜に、幼馴染という関係性以外何もないまったく釣り合わない二人で出かけているのには訳があるのだ。


 決してデートなどではない、お使いだ。毎年クリスマスイブは隣の家どおしでパーティーをやっているため、お使いを二人で頼まれたのだった。


 しかし、今年の柊城家からの参加は俺一人。なぜなら俺の親は現在日本にはいないからだ。俺もよくは分かっていないが、両親ともに海外赴任というやつらしい。その結果、今年は親が二十年ほど前に購入したバカでかい家に一人暮らしになってしまっている。……まったく、最近の会社ってのはとことんブラックだ。そういう海外赴任は家庭を持ってない人から任命しろよ。おかげでこっちは毎日パソコンとお話する羽目になるんだから。


「あ、ねぇ聡ちゃん、あのお店行かない?」

「え――」


 楓が交差点の向こう側の洋服店を指し、もう片方の手で俺のコートをくいっと引っ張る。


 はて、洋服類などは頼まれていないのだけれど。


「そこに用事はないぞー?」


 楓が先に交差点を渡り始めたため、少しばかり距離があいた。そんな彼女に聞こえるように俺はちょっぴり声のボリュームをあげる。


「聡ちゃんのクリスマスプレゼント買いに行くの!」

「えっ」


 心臓がぴくんと跳ねる。


 楓は交差点の真ん中まで行って俺の方へ振り返ると、かわいげのある大きな声を出して手招きをする。かなりご機嫌な様子で。


 楓のちょっとしたサプライズのようだ。どうやら俺へのクリスマスプレゼントを買ってくれるらしい。てっきり「今年のプレゼントはないでーす!」とか言うのかとばかり思っていたのだけれど……。いや、それでも十分なんだけどね。この半永久非リアの俺とクリスマスにお出かけしてくれること自体がプレゼントみたいなものだし。


 ……とは言いつつ。実は少し期待していたところも心のどこかにある。俺も一応用意しているわけだし。


 付き合ったばかりの初々しいカップルみたいでちょっと恥ずかしいな。てれっ。

……ごめんなさい、今のは俺の叶えられない幻想が入りました。


 俺は確認程度にポケットに手をつっこむと、プレゼントのざらついた小さい箱を一撫でする。家を出る前に何度も確認したから忘れるはずはないのだが。


「はいはい、行きますから」


 信号が点滅しているのを確認して、銀世界の雑踏から取り残された楓のところに駆け足で行く。


 奇跡的にその交差点には自分たちしかいなかったため、楓を映す背景がまるで映画のワンシーンのように、いや有名モデルの雑誌の一ページのように幻想的だった。


 そんな情景に少し見とれていた、そのワンシーンは――突如変貌を遂げた。


「……ろー!! よけろー!!」

「きゃーーー!」

「そこの女の子、早くそこから離れろっ!!」


 道路の向こう側にいる人たちの視線は二つに分かれていた。一つは楓へ。もう一つは、というと――。


 そのもう一方へと首を曲げる。


 意図せず涙が出そうなくらいの眩しい光が放たれている。物凄い轟音をあげながら大型のトレーラーが楓に迫っていた。


 硬直する楓。


 赤に変わる信号機。


 目を隠す人々。


 ヘッドライトに黄色く塗られた細雪。


 急に俺の視界にそんな膨大な量の情報が入る。そしてそのまま瞳の奥を通り過ぎては、脳内を雷撃のように走り回る。


 いつの間にやら鳴り響く陽気なクリスマスソングは恐怖の叫び声でかき消されていた。


 このままでは確実に楓は……。


 それを考えるのはとても嫌なことだが、どうしても頭の中から消えない。


 居ても立っても居られなくなり、勢いよく走りだす。自分がこの先どうなるかなんて、そんなしょうもないことはどうでもよかった。


「楓ぇぇぇぇぇぇっっ‼」


 なんとか楓のもとについたときには既にトレーラーとの距離は五メートル弱。こんな緊縛した状況下でさえ俺の感覚というのは働きっぱなしであることに少々驚いたが、今はそんなことを言っていられる場面じゃない。


 そして俺の研ぎ澄まされた感覚は一つの回答を提示する。


 簡潔に言えば、両方が助かるのは無理だと察したのだ。しかし今なら俺はなんとか逃げられる。


 だから――ではない。でも――である。


 俺は猛牛のごとく突進し、彼女を突き飛ばした。目いっぱい、トレーラーが触れないところまで。


 突き飛ばして自分の死を意識した瞬間、『タキサイキア現象』というやつだろうか、まわりのものが連写されるようにスローモーションになる。


 全てがスローになったこの銀世界で俺は一人、とあることを考えていた。


 そう、これが一番ベストなんだ、と。


 楓は俺の幼馴染だ。生まれた時から共にいる。いてくれる。小学校でイジメに遭っていた時も。中学校で勉強を教わったのも。高校でやっと友達が出来たのも。考えてみれば、俺が惑星だとするなら楓はいつも太陽だった。


 だったら俺はその太陽の為ならなんでもする。でもこの状況が楓以外の他人であれば助けなかっただろう。最悪な性格だとは思うけれど、実際はそうなるはずだ。


 やっと借りを返すことができるのだから、いい機会をくれた神様とやらには感謝しなくてはなるまい。まぁ半分くらいなんだけど。


 しかもだ。楓か俺かどっちかしか生き残れないとわかったら、楓を選ぶのは至極当然のことだろう。だって楓が死んだら悲しむ人がたくさんいる。


 やっぱり価値のある人間が残るべきだ。対して俺なんかが死んでも世の中には何の影響ももたらさない。せめてあるとしても、それは悪の方だ。決して善ではない。


 ちなみにこれは俺のしょうもない屁理屈などではない。ただ、真実を述べているのだ。これこそ世のため人のためってやつ。


 太陽が残らず他の惑星どもが消滅してしまい、もし俺のおかげで助かるとするならば、喜んでそのお役目を果たしてやる。


 でもいざ死ぬとなるとなんだか悲しいというか、虚しいというか、儚いというか。あー、どーしよ、成仏とかできなかったら。幽霊とかになっちゃうのかな、やっぱり。うーん、そうだな楓が泣いてくれれば俺はそれで満足して成仏できるかなぁ。


 楓が俺のことを見ている。手を伸ばしている。でもそれに応じる気はない。応じたらかっこわるいしな。羞恥心にさいなまれて今度はずっと不登校かもね。


 ……でも。涙が体内貯水槽から混みあがってきた。


 だがそれを外界に放出する一歩手前、俺はトレーラーの正面に頭と胴体が当たっているのを理解する。


 当たって砕けろ、の実写版。だが上映時間はゼロに極限に近いほど一瞬だった。


 あぁ。死んだな、と。ただそれだけ理解できた。



 気づいたときには交差点の横断歩道とはまるで違うところにいた。そりゃ吹っ飛ばされたんだから当然だけど。


「つめたぁ……」


 ほぼ虫の息だったが、そんなどうでもいいことを口に出した。多分顔に、地面に積もった雪でも張り付いているのだろう、ただただ冷たい。今はそれくらいしか考えられなかった。


 とりあえずまだ意識はあるっぽい。でも『死の淵』って感じがする。


 目の前がだんだんとかすれていき、瞼が強制的に閉じられていく。握りしめていた拳も徐々に開かれる。これは……インフルエンザにも勝る脱力感だな。


 そんな極限状態にも関わらず、物凄く冷静でいられることに俺はまた少しばかり驚く。人が死ぬときはもっと焦燥にかられると思っていたのに、実際はこんなものなのか……。


「こりゃあ、ひどい、全身つながっていただけでも奇跡かもなぁ」

「まだ生きてるぞ! 救急車! 早く救急車を!」

「もう呼んでもおそいだろうなぁ」


 どんどんと人が近づいてくるのが雪を踏む音でわかる。なんとかぎりぎり機能している耳を使って情報収集をした。


 ありがたいことに、どうやら四肢は欠損していないらしい。四肢を欠損していたら死後、運転手を呪ってたかも。個人的な意見だが、死ぬときは五体満足がいいね。


 横向きで倒れたため、自分の血がどんどん外に流れ出ていくのが見える。推測するに頭部からだろう。


 真っ白な雪景色は一面の赤で染められ始めていた。


 あぁ、たしかにグロい。FPSゲームなどで見るものとはまるで別格だ。見ているだけで気持ち悪い。


「……聡ちゃん! 死んじゃやだ!!」


 どうやら楓も来てくれたらしい。かすかに声がする。


 最後に聞く声が楓でよかったなぁ、と。これはれっきとした俺の嘘偽りのない本音である。


 肌で感じることはできないけど楓の熱いものが顔に落ちてくるのがわかる。ぼろぼろと、楓の涙が俺の頬を無尽蔵に叩きつけていた。俺ごときで涙を流してくれるなんて。さすが聖女様と呼ばれるだけのことはある。


 ああそうだ、これ渡しとかなきゃ。


 決死の思いで力の入らない手をポケットに進ませる。そして小さい箱を出し、渾身の力で楓のところまでなんとか手を伸ばした。


 細目でそれを見る。箱はなんとか形をとどめているが外は俺の血で最悪な色合いになってしまっていた。でもきっと中身は無事なはず。


 それでもこれだけは手渡ししたくて、手を広げた楓に箱をポンと乗せる。


「…リス…スプ……ント。そしてあ……」


 最後の言葉は口パクになってしまった。「ありがとう」と言ったつもりなのだが楓には届いただろうか。


 もうこれくらいのかすれた声しか出せなかったのは非常に残念ではあったが、楓はそれを察してくれた。一瞬真顔になったが、すぐに顔を真っ赤にさせる。その顔には悲しみの感情の他に、それとは別の違う感情があったような気がした。


 俺は楓の手に置いたプレゼントを離すと、そのまま崩れ落ちる。力尽きたのだ。


「いやぁぁぁぁぁっ!!」


 その枯れた声を耳で受け取ったのを最後に、俺は目を閉じる。


 とあるクリスマスイブの夜のこと。


 俺は楓への感謝と自分の命を引き換えに、十六ページの生涯に終止符を打った。



 

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