皆殺しの比喩

百均

皆殺しの比喩




死んでください

いいからしんでください

だからしんでください。

いわないでください。

何もいわないでください。

何もつたえないでください。

黙ってください。

詰まらないのでしんでください。

間もなくしんでください。

どうでもいいので死んでください。

話しかけないでください。

こっちこないで、黙って、そしてしんでください。


やめてください。

いい加減にしてください。



しんでください.


しんでください..


しんでください…





(((長い髪の毛を一本、風呂上りのタオルに見つけた)))


これは男だろうか女だろうか?…多分女だ。しかし、本当に女なんだろうか? いや、間違いない女だ。絶対にこの長さは女だ。いやしかし、だれだ? これは誰の髪の毛なんだ? 俺は童貞で、童貞であるから、知り合いなんかどこにもいない。だから、これは、ここにいる筈の無い誰かの髪の毛に違いなかった。どこにもいない、誰かの。人の気配をどこにも感じる事の出来ない一本の長い長い髪の毛をどれだけ触ってみても、何か分かる筈がなかった。誰かの匂いとか、そういう物が全くしなかった。という事は、きっとそうでしかなく、そうでしかないんだろうな。俺は、この部屋のどこにも、誰かや何かを隠してなんかいない。何も殺してなんかなかった。だから、この部屋には誰もいない筈だった。そんな、どこにもない筈の女という存在を、一本、一本、タオルから見つけて引き剥がす度に、何故か今まで見たことの無い筈の女の顔が、切り裂さかれるイメージが浮かび上がった。…ああ、そうだ、思い出してきたぞ、この顔は集合写真でとった、そうだそうだ、あの日、あの場所で撮った、集合写真に映った女の影。灯台のある岬で撮った学生時代の思い出の場所。自殺する人間の絶えない観光地で撮った写真の中に写りこんだ幽霊の顔だ。そうじゃないか。でも、いや、しかし、なんでそんな女の髪の毛がここにあるんだろうか


…そして、ここはどこだろう。ここってどこだっけか。ここは本当に俺の部屋なんだろうか? 本当に俺の部屋? …そうだ、ここにいるのは、俺は、誰だ。そして、女は、女はどこにいる。


(答えろ「…((答えなさい「「……(((答えろってば「「「………(笑い)―――((((殺すぞ))))女よ、


お前は何処だ、どこにいる。しかし、部屋の中に女の姿はなく、いやある、いやない、いやある筈だ、どこかにいる筈なんだ、というか、そもそも女が存在する筈の無い俺の部屋に、長い髪の毛が数本、ここに存在する筈のない女の気配を宿している。この髪の毛そのものの気配のなさ、女の全ての肉体と精神を顕していた


それ以上の事は何も分からなかった。分からない。そうだ分からない。本当に分からないのか? いや、分からないんだ。いや、しかし分からない筈がないんだ。…これは困った。俺の右手には、紛れもない女の髪の毛が存在している。それ以上の言い訳が思いつかなかった。…言い訳? 「訳」とはなにか? 「言い」「訳」とはなんだ? なんで、俺は今「言い訳」を考えているんだ? そんな事する必要ないし、髪の毛を隠す理由なんてどこにもないのに。なんで申し訳なんだろう。なんで涙が溢れ出してくるんだろうか。俺は床にへたりこんだ。痩せ切った両腕で鎖骨の浮き上がった上半身を包み込む。顔を埋めてフローリングの床板の線を一心に見続ける



分からない。

分からないから分からない。

しかし、それらの事は俺の中で、既に「どうでもいいことにしてしまう事」になってしまっていた。

俺は覚悟を決めた。

女の髪の毛を「君」に喩えることにした。

俺は排水口の奥底に流す事にきめた。









―――俺は、君の髪を口に含んでいた




((((そうか、これはゆめの中の映像なんだ))))




君がオレの手足を鋸で切っていくのを黙ってみている。俺の口を覆っているのは長いながい君の髪の毛だった。猿轡のようにして、舌に絡んでくる脂ぎった黒髪の味はガソリンの味がした。これは夢だ。そうだ、つまらない夢の続きだ。と、思うと、俺は部屋をでていた。ポケットに手を入れても、鍵はなくしたままだった。俺は階段を下りる。しかし、どこにいても腹は減るものだ。俺はおもむろに肉を食べ始めた。何の肉であるか? わからない、しかし、舌を伝う感触は正に血だった。首元に垂れてくる血の色は鼠色だった。親からの送金が減らされることになった。俺は唐突に自分の立場を思い出して、壁に強く当たった



(嘘だ)



稼いだ金が、てめぇのオナニーに溶けていくなんざ悲しい。やめてくれ、どうかやめてくれ。お願いだから死んで下さい。どうか可及的速やかにしんでください。例えば、お前なんか産まなければよかった。育てなければ良かった。お前に餌なんざ与えなければよかった。お前を育てる代わりに別の子を産んで育てれば良かった



(((仕方ねぇだろ! オレだって好きで生まれた訳じゃなかった。あんたらの元に生まれたくなかった。親切なんかされたくなかった。そんな俺に、一体どうしろっていうんだよ!)))



そんな話を! 週に一度! 日曜日の夜に、月曜日の朝が来る前に、決まって、祈るように、やってくる、電話を、切断することができない、俺は再びかけなければいけない。やめてくれ、今にも死んでしまいそうだ。そうだ、髪を食べよう。君のような伸びた髪は俺の髪の毛だ。君の物ではない。というか「君」ですらない。俺そのものだった。匂いなんて最初からこの部屋に染み付いていただけじゃないか。長い長い髪の毛は、部屋の外からエネルギーを供給するコードの類ではなかった。他の何者の線でもなかった。一度部屋を出て鏡を見ればいいんだ。そこに何が映っているんだ。お前の顔だろうが。そこに、お前の顔が映っているだろう。落ち武者のように伸びきった髪の毛がそこに映っているはずだ



しかし、俺はパソコンを開く事にきめた。

昨日、何処かで誰かが死んだ。その死の痕跡をブログでまとめていた。

そんな話を誰かが噂していた


「誰が死んだ? 


「誰が死んだんだ


「あれは酷い有様だった「いや、そうじゃなくて「皆殺しだ。「立て篭った人間が人間ごと吹き飛びやがったんだ「んな話あるかよ、つーか冗談だろ?「いやマジなんだって」」」」」」」」っていう動画はつまり、動画でしかなかった。つまり嘘だ。端的に言えばウソだった。「そうか、嘘なんだ「ウソだったんだ!」」 例えば、誰かが捕まった話をしよう。例えば昨日、ダチの父親が死んだ夢を見た話をしよう。例えば、俺だけ親戚の葬式に呼ばれなかった話をしよう、例えば、服用した薬が、知らなかったとは言え違法だったことについて話そう。想像しよう。さぁ、イメージを膨らませて。想像するんだ。例えば、世界中のなにがしの、それがしの、だれがしの、何がしが、誰がしによって、例えられた比喩によって、ここに一万本の比喩が咲くんです。どうですか。すばらしいでしょう。「とても素晴らしいと思います」「確かに、それれは素晴らしいですね」そうやって、みんなつながるんだ。一つのわっかになる。俺と君は繋がる。あるいは、ゲームがアップデートされた時に消える過去のデータについて。もう二度と校合される機会のない電子的なデータについて。ああ、懐かしいな。昔の話を思い出そう。本当にあった事を、そして嘘の話をしよう。物語をしよう。それらを寝る前の子供に聴かせるとき、サンタクロースなんか本当はどこにもいない事について。例えば、そこで急に誰かが死んだ話をしよう。射精の話をしよう。一億人の精子が三度の性行為で死んでいく話を。俺がついに果てて、深い深い、曼荼羅の果て、つまり宇宙の果てにおいて、黄ばんだブリーフの底の中で、ゆりかごにそっと揺られながら、再び射精する話をしよう。その行為の果てにお前が生まれた話をしよう。嘘の話をしよう。繰り返し繰り返す嘘の話をしよう。しかし、俺は童貞だ。俺は童貞である。俺の腕の中で眠る息子だか娘だか得たいの知れない髪の毛の長さを、そういう線を束ねて薪にした一個の頭蓋をくべられた暖炉の話をしよう。眠ってしまいそうな世界がすぐ側で延延と揺らめいている話をしよう。そういう温かさが全て嘘だっていう話を「君」にしよう。しかし、君は「その嘘使い方は間違ってる!「その嘘の使い方は、私の方が知っている「いいや、うそだね。俺の方が知ってる」という会話を燃えるゴミを焼却処分する時の温度で、業火の中で、修羅の中で、煉獄の中で、嘘話の中で、マラをこすっている最中で、というつまらない重層的な夢の中で、よりもっと、正しく、静謐で繊細な形の中で火に包まれて、熱せられた頭蓋骨に罅が入り、中から新しい嘘と未来の欠片が芽を出し始める。おそらく殺されてしまうであろう「未来」と、その「死骸」。という「両極端な双子」が遺伝子が、新たに産声を上げる。最終処理場、道徳の授業で読んだ夢の島の思い出という夢の空を大量の鴉と鴎達が飛び交う。波止場で、岬の先の崖に陰影した見知らぬ人の影と太陽で、波間に攫われる右手の先端の鼠色のネイルが綺麗だった






夜。場末のバーで、中年男が尻を振っている側で、童貞がカクテルを飲んでいると、となりに黒ずくめの格好をした男が座った。男は適当な酒を注文すると、それをぐびぐびと飲み始めた。童貞は隣の男にタバコを差し出してみようと思った。童貞がバーにきたのは、これが初めてだった。というかそもそも、ここが場末であるかどうかなんて、童貞はまるでわかっていなかった。場末の意味なんざ知らなかった。だからといって意味を調べる気は毛頭なかった。そして黒づくめの男の正体は死神だった。死神は今日初めてセックスをしたのだという





この話をするたびに君は死ぬ。もう一度殺され、そして何度も殺害されるだろう、そして何度も殴られるだろう、そしていずれ撲殺されるだろう、終わらないからおわらないのである。ゆえにリフレイン、リフレインと名付けられた、ある人がぼくに向かって言いました。「大事なことっていうのは簡単に結論付けてはいけません」と誰かがいいました。尊敬できる人の言葉っていうのは、よく覚えているもんだね。うそ、んなこたないよ。ある種のキチガイがそこにいました。僕は生まれて初めてギターを握った。初めてピアノを弾きました。鍵盤を叩きました。大声を出しました。それがはじめての歌でした。ぼくはそれに感動して鉛筆を握りました。すると何もかけませんでした。黒い●を書きました。デタラメなスケッチをしました。デタラメな丸をいくつか書いてみました。それは顔になりました。でも、それが、何になったかい? って聞かれたら、じゃぁオマエはどこに立ってるんだって、答えられるのかい? と言って答えられるのかい? って、じゃぁそしたらオマエは答えられるのかい?ってHey!!Hey!!Hey!!Fuck!!Fuck!!Fuck!!って壁に腕付いて、影絵の中で腰を振る。そうやって叫ぶ俺の舌は太すぎて、綺麗なRが巻けないんだ





「もっとかきなさい

「マスを掻くんだ

「掻き毟らないと

「包茎を長い年月をかけ剥いていくように

「花びらを一枚一枚めくるように

「もういちど比喩を書きなさい

「それを詩文によってしたためなさい

「手紙をかきましょう

「そして誰かに向けてかくのです

「誰にだっていいのです

「あなたは、かかなければなりません

「そして書き終わったら焚書するしかありません





死んでください。

いいから死んでください。

やめてください。

言い訳はいりません。

ききたくもありません。

難しい話はやめてください。

とてもつまらないのでやめてください。

いいから死んでください。

うんざりだから死んでください。

そんなこと、くりかえしてばかりいるから、

長い比喩になった、これを皆殺しにしてください。そう言ってぼくは店をでた。昨日の晩ホテルでぼくと話した男の顔は不在で、しかし残された黒い手はまるで黒人のように手のひらが薄くぼやけていたから、去り際に握手をした。とても力強い握手だった。その男は帽子をあげて、ホテルの入口さよならをした途端に銃で打たれて死んだ。駆けつけた少女も打たれて死んだ。それに駆けつけた母親も打たれて死んだ、父親も死んだ、皆殺しだ、フロントマンも打たれた、付近の住民もうたれた、ようやく駆けつけた救急隊員も打たれた、それにかけつけた警察官も打たれた、ホテルの二階で性行為をはたらこうとしていたカップルも打たれて窓から落ちて死んだ、僕の周りに何個か池が出来ていた。ぼくは一つ一つの水の味を確かめながら、世界中で起きる様々な出来事を眺めていた。そして、鉛筆を走らせて何か書こうと思っていた。しかし何もかけなかったので、持っていたスケッチブックを池に放り投げた。スケッチブックは鼠色に染まっていき、ぼくはその場膝を抱えて始めた。そこから顔をどれだけ見上げ直しても、誰も映らなかった。それでも待っていた。僕は待っていた。誰かを待っていたんだ。ずっとキーボードを叩いていた。ここぼくは存在していた。という、なんの意味も持たない感情が、とても愛おしいんだって、Twitterで伝えようとした。愛について話そうと思った。程なくして、街路樹は植えられるときに、邪魔な大きさ木の根を切り取られる事の意味の話を思い出した。それは、生まれたての赤ちゃんの手足を切断して、小さな箱の中に入れて生き埋めにすることと同じなんだって。という話を唐突に思い出したのは、なんで? なんで、思い出したのかわからないが、それでも僕は、今日も本を読んで、そういう話を思い出しては忘れた。本の内容よりも過去の例え話を思い出した事の方がきっと大事だった。そんな大事な事を忘れないように、詩を書き始めてもどこかで行き詰まった。気分を変える為に、小説を書き始めても、たった一行も書けなかった。そもそも書きたい比喩なんてどこにもなかった。そして、僕は学校に行く事をやめて公園に出かけた。老人たちが仲良くキャッチボールをする広場の脇に作られたベンチに寝転がって、暖かい日差しの中、分厚い本庇代わりにしながら読みはじめる。そうしてたら、木枯らしがぼくの上に、一枚の葉を降らせたとき、その葉を右手で掴んだとき、その葉脈を見つけたとき、その葉を握りつぶしたとき、喉が乾いて自販機に向かったとき、右手を開いて離したとき、バラバラになった木の葉をもう一度地面におとしたとき、その上からもう一度すりつぶしたとき、色々なそのときのこと、昨日たべた女の話を、そうして切り裂いた女の話を、童貞の話を、バーテンダーの思い出を、夢の話を、誰かの夢の話、色々な夢を観察した時の話を、そして、キミの話を、今顔に落ちてきた木の葉の話を、その木の葉を手でふるい落として、汚れたスニーカーで磨り潰した瞬間に、俺は君は僕は、もう一度、忘れてしまうのだろうか

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