第5話 対人最強魔導士☆カレンちゃん!

 それは生物と呼ぶには禍々しすぎた

 それをモンスターと呼ぶには神々しすぎた


 それは漆黒 常しえの闇


 その眼光は何よりも朱く その牙は何よりも鋭い――


 「崩壊龍 ダンテ……」

 【久しいな白と黒の守護者よ。我は漸くお前を殺すことが出来そうでホッとしておる】


 それが言葉を発するだけで世界は絶望に染まった

 それが大地に降り立つだけで地震が起きた


 誰もが絶望し、誰もが跪く中、彼女だけは両の足で大地を踏みしめていた。


 そう、カレン・アハーンだけは。


・・・


 「みんな、お願いがあるの」


 カレンの声が町に広がっていく。

 これは魔法なのだろうか。彼女の声を聞いた人達の心に微かな温かさが宿っていく。


 「みんなの魔力を分けてほしいの。私だけじゃあいつを倒せないから」

 【我に勝つ気か? ありえぬよニンゲン】


 ダンテはそう言って漆黒の炎を吐いた。

 それは町を焼き尽くす程に強大な炎だ。絶望が形になってカレンたちを襲う。

 しかし、それは不可視のシールドによって防がれた。


 【ほぅ。聖守護結界を扱えるとはな。些かお前を侮っていたらしい】

 「みんな、大丈夫よ。あれくらいの攻撃なら無効化できるから」


 そう言ってカレンは持っていた銀の杖を地面に突き立てた。


 「だからお願い。私にマナを、魔力を分けてほしいの」

 「ど、どうやればいいんだ?」


 目を覚ました盗賊頭がカレンに問いかける。


 「杖に向かって魔力を譲渡すると念じてくれればいいわ」

 「こうか?」


 盗賊頭が両手を杖に向けると一瞬だけ杖が光った。

 それと同時に盗賊頭は疲れ果てたように倒れこんでしまう。


 「こんなにキツイのかよ」

 「まぁ、強制的に魔力を引き出されるわけだからね」


 盗賊頭がやったのを皮切りに町の人達がどんどん魔力を杖に譲渡しはじめる。

 その度に杖は光を放ち、そして大きくなっていった。


 【ま、まさかその杖は!?】

 「もう遅いわよ。そう、これは輝杖イチジク。あなたを殺す為の杖よ」


 みんなの魔力を吸収した杖はまるで限界まで膨らんだ風船のようになっている。

 それをカレンは手に持った。


 「解錠!」


 カレンの叫びと共に杖は大きく弾けてその形を変える。

 例えるならそれは帯だ。白と黒に輝く帯がカレンの周りを囲む。


 「大気に満ちるマナよ 精霊よ 集いて全てを穿つ矛となれ」


 帯がカレンの右手に収束する


 「深淵の闇よ 天上の光よ 我が魂を糧に敵を穿つ刃を授けん」


 帯が円錐状の形になり、更に巨大化する


 「さぁ、廻れ 廻れ 全てを穿つために!」


 刃となった帯がグルグルと回転を始めた。

 大気中の魔力を吸い上げてさらに帯は巨大化していく。


 【バカなっ!? あれを使える人間がいるはずがない! あれは神の異物のはず!?】


 ダンテは慌て、そして気付く。

 自分の体が見えない楔によって縫い止められていることを。


 【ありえぬ! 我を縫い止める魔力だと!? あってはならぬのだ!】

 「ありえない事なんてこの世にはないわよ。そうじゃないと面白くないじゃない」


 カレンがダンテに向かって駆けだした。


 【ま、待て! 話せば分か――】

 「喰らいなさい! これが私の全身全霊! ギガドリルブレイカァアッツー!」


 カレンが放ったギガドリルブレイカーの威力は凄かった。

 その威力はダンテの腹に大穴を空けるほどだ。しかし、大きすぎる力には必ず代償というものが発生する。


 「おい、お前の体、どうなってるんだ?」


 盗賊頭がカレンの方に駆け寄ると、そこには薄く光るカレンの姿があった。

 良く見てみるとカレンの指先がボロボロと崩れていっている。


 「あの魔法を使うには術者の魂が必要なの」


 カレンが言うにはギガドリルブレイカーは術者の魂を生贄にして発動する禁忌魔法だったらしい。その魔法を使ったら最後、術者はマナに分解されてしまう。


 「ノイには悪い事しちゃったかな。ねぇ、アンタに頼みたいことがあるんだけど」

 「なんだ? 言ってみろ」

 「私のカバンの中に私が書いた初級魔法の教本があるの。あれをノイに渡してくれないかしら?」


 カレンの体はもう半分以上消えかけていた。もう時間がないのが分かる。

 盗賊頭はカレンの頼みに頷いた。


 「わかった。必ず渡そう」

 「あとごめんって言っといて。」


 カレンはそう言うと笑顔で空へと消えて言った。


・・・


 全ての属性魔法を操る大魔導士ノイ・クラベンには師がいたという記録がある。

 名をカレン・アハーン。対人最強魔導士として名をはせた彼女は、世界を破滅へと導く崩壊龍ダンテと相打ちになって死んだと記録されている。


 ノイがカレンの元で学んだ時間は1ヵ月にも満たない期間だったらしいが、カレンが死後残した魔法教本はノイに多くの事を授けてくれたという。


 ノイは76歳でこの世を去ることになるが、その時に興味深い言葉を弟子たちに残していた。


 「あぁ、もう少しだったのに……もう少しでカレンさんを――」


 彼の言葉の真意は未だ分かっていない。


 カレンはダンテとの戦いの際、魂を削り過ぎたせいでマナへと帰っていったという。そしてノイは大魔導の地位を手に入れてからはマナの研究に力を注ぐようになっていた。


 もしかしたらノイはカレンをこちらの世界に連れ戻そうとしていたのかもしれない。


  そして彼が残した最後の言葉に意味があるとしたら


 「まさかこっちに戻ってこれるとはねぇ」


 彼女がこの世界に戻って来る日も近いのかもしれない。

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