30分で肘が、フランスのよれた電気歌手

ひょろながそうちゃん

第1話 うるせいな誰もいない居間、30分後寝ろ

「昨日は大変ご無沙汰いたしました」

「お待たせして何よりです。」

「感謝の言葉も見当たりません。」

「いよいよこんにちは。」

起き抜けに鏡に向かうと、俺が2人登場する発声練習が始まった。

鏡の中の俺はヒゲの濃さだけが少し違うのだが今日も元気そうだし、2人ともスーツはなんとなく体に馴染んできたらしい。

ああ九州から来たあの人よ。時々ふと思い出す。

「『貧乏舌だから安い居酒屋で大丈夫!』とか言っててかわいかったな~。

その節はとんでもなくかっこわるいことで迷惑かけてすいませんでした・・。

ワインのゲボ吐いて寝ちゃったんだよな。

その間に俺のカバンの掃除をしてくれた時、ガムの紙とか1円玉とか細かいゴミがいっぱい入っていたことにギョッとして滅入ってたよね。俺ってホントに本性はどこまでもスタンダードな『男子』じゃなかったよね。あーあ。」

っていうことを毎回ひととおり懺悔するのが恒例の儀式だ。


それから9年ぐらいたった今日は、寝るまであと24分しかないが、「小説を書きたい男の小説」を書こうと思った。しかしそれを書くにはそれなりにちょっとしたパロディができるぐらいの知識とかが必要だろうなと思ったので、書かないことになりそうだ。

例えば「○○のように書きたい」などと憧れの有名作家の作風をサンプルとして提示しながら「・・なんちゃって!」とか言いながら話を進めるのがきっとグッドマナーな書き方だろうなと思うのだけど、これまでの人生で読んだ小説が20冊あるかどうかという体たらくである。もちろん何の引用も思い浮かばない。

そして今回はもうこれ以降「残り時間〇分」の描写で字数を稼ぐことは許されない。

ああ、自分のルールでがんじがらめだ!お腹がキュ~っと鳴った。


 俺は窓際でこれを書きながら朝日をちょっと左肩や眼に浴びてしまったので、ホルモンへの影響でこのあと寝られるか心配だったが、最後にこういうきれいごと(真実くさいこと)を書くことにした。

「人生というのは『何を選んだか』ということが重要なのではなくて、エイッ!と『意を決して選ぶこと』そのものに価値があるのである。そしてその選んだことにいかに心血を注いで冷や冷やしながらも乗り切ったか、そこで巻き起こる様々な出来事や出会う人々にいかに真摯に向き合って愛を感じられたか、という「それなりの充実感、達成感」を味わうことの方がたぶん重要なのだろうなあ、っていう・・そこは急に半信半疑なんだよ。だっていま人生の路上駐車してる感じだもん。とにかくだ、人生とか人間の体は『本当の自分』を夢想することに幸せを感じていたら100年じゃ足りないように出来てるんだ。すまんが九州のキミよ、干しイモとブラックコーヒーをテーブルに用意してくれないか。」

「なんで?」

「こんな状態の俺に訊くのか?・・おいしいからだ!」

今日はあんまりなので、あまり推敲しないで寝ることにした。

正直に言うともう1時間経ってしまった。

2017年9月7日

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30分で肘が、フランスのよれた電気歌手 ひょろながそうちゃん @buriyama

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