第9話

 ──少女はずっと夜を見つめ続ける。とても長い間そうしている。少女は気づかないが、それは本当にとても長い時間だった。


 厖大な時を超越して、少女は一度寝返りを打ってからむくりと起き上がった。

 頬の擦り傷はまだじかじかと痛いし、掌にはうっすらと血が滲んでいた。

「さっき転んだんだっけ?」

 と少女はふとそう思い起こしたが、その“さっき”は、もう遥か彼方に遠退いてしまっている。

 少女は青年の骨のそばへ行き、頭蓋骨を持ち上げた。

「あなた、ずっとここにいたの? 一人で?  私よりずっと前に終着駅に着いていたのでしょう? どうして来なければならなかったの?  こんなつまらない所に……。わかってたいなら……私、思うのだけど、本当にわかっていたなら、こんな所で下車しないわ。違う? それに、どうしてあなた死ぬの? 自分から死ぬの?  私が消えてって言ったから死ぬの? 死にたかったのね、それって。私のせいにしたかったみたいだけど……それはズルいわよ。……あなた、知ってたんでしょう? 一人ぼっちってどんなものか。知ってるくせに、それを私にも味合わせてやろうというの? そんな意地悪な人だったの?  あなたも、意地悪な人だったの……」

 少女は頭蓋骨をもとの位置に戻して、涙を拭った。いつの間にか、頬を伝っていた。

「どうして……聞かなかったの? 声でもないの。あまりにも自然で当たり前なことで、声ではないもの。言葉でもないもの……。私もあなたも、まだあったのに。知らないなら、知るまで、まだ……」

 少女は泣く。両眼から溢れる止めどない涙だけが、それをわからせている。

 それは静かだ。

「淋しい……。帰って来ない……。どんどん、どんどん出て行くのに……帰っては来ない」

 少女はうずくまる。とても小さくうずくまる。

「まだ知らない……知らない……知らないのよッ! わからないッ! どうしてここは終着駅なの? 違うわよ。まだここは終着駅じゃないわ! わかりきってるなんて嘘だわ! 嘘よッ! 嘘ばっかり! 笑えないわ! 笑えてない! 笑いたいのにッ! 私、どんどん淋しくなってゆくわッ!!」

 うずくまって、嗚咽を上げて、震えている。

 少女は手を伸ばし、頭蓋骨を胸に抱きかかえる。

 それは気味の悪い物ではない。存在だった。少女にとって絶対不可欠な、それはたった一つの存在になる。

「あなたは生きていた。動いていた。私と話たでしょう? 声を覚えているわ。姿を覚えている……思い出すの!」

 出て行く。出て行くものの量は図り知れない程になっている。そのことが少女にもわかる。

 いつの間にか、少女が抱き締めた青年の存在は音もなく静かに砕け、細かな白い粉になる。それは常に吹きつける風に浚われて行く。銀色の、微量の光を放ち、夜空に舞上がって行く。

「一緒に終着駅に行くべきだったんだわ。淋しがり屋は一緒じゃないと意味がないわ。違う?」

 涙に濡れて、頬の傷が痛んだ。

「ずっとこうしているわ」

 少女は柱と向い合って座っている。もうそこには何も存在してはいないが。

 休まるような気がした。癒されてゆく。

 少女が執着していた答えが、今はもう消えてしまっている。誰かがその答えを奪った訳でもない。少女が失ったり、捨てたりした訳でもなかった。何処に行ってしまったのだろうと、考えあぐねることもない。

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