アオイチ・ラストティーン_2

 僕の反省の物語、第二部。

 それはあまりにも刺激的で唐突な始まりを迎える。



 16歳になり、一人での殺人を任されることになった私は、ミッションを終えて帰りの電車を待っていた。ホームは帰宅する人たちで賑わっていた。

 「10番線に電車が参ります―――」

 アナウンスに顔を上げて、ケータイを折りたたむ。

 その時だった。

 喚き声を上げて、一人の男が線路に飛び込んだ。もちろん、電車のブレーキはもう間に合わない。そこかしこから悲鳴が上がり、スローモーションのように男の身体が宙を舞う。今日一着使ってるからもう制服の替えがないっていうのに。

 「やぁーっ!!」

 その男に続いて、私と同い年ぐらいの女子が線路に飛び込んだ。

 女子はあろうことか男の身体を押しのけて、

 「なっ!?」

 という間に電車に跳ね飛ばされた。

 電車は10メートルほど進んでから止まった。ホームがざわめき、駅員たちが線路を見下ろしたり降りたりしている。運転席のガラスは砕け散り、破片が点字ブロックに落ちている。

 「なんなんだよ、死なせてくれよ、なんなんだよ!」

 男の喚き声が聞こえる。彼は助かったらしい。

 じゃあ、あの子は……?

 とんでもないところに居合わせてしまったなと思っていると、駅員たちが小さな声で会話しているのを聞いた。

 「女の子、見つかりません」

 「体の一部もか?」

 「荷物すら……」

 運転手も、ホームも、飛び降りた男も、私も、確かに彼女が跳ね飛ばされるのを見た。しかし、彼女がいた痕跡が一つも残っていない。

 結局、電車は30分遅れで運航を再開し、乗客たちは口々に「神隠しかな」、「マンガみたい」と不思議がってそれぞれの家へ帰っていった。



 「そんなことがあるのね」

 帰宅すると母さんがタンケッキーサマーバーレルを抱きかかえながら食べていた。かなり寿命が長いとは聞いているが、そろそろ高校生の娘がいる自覚を持ってほしい。

 「いない? 本家でも、分家でも、同業でも、そんなにタフな人って」

 「聞いたことも殺ったこともないわ」

 「殺ってたらいないもんね。確認できた限りだと吹っ飛ばされはしていたけど四肢がもげたりはしてなかったんだよね、多分。通過列車じゃなかったのもあると思うけど」

 「しかしあんたが『間に合わない』って思ったぐらいなのに、自分が跳ね飛ばされる覚悟で押しのけるって相当勇気あるもんだわ。正義の味方もそこまではできないでしょうに」

 「あ、今日のミッションこれね」

 「ほいよ」

 殺害した証拠の写真を見せる。

 「75点かな。もうちょっと自然に土を被せた方がいい。これぐらいだともしかしたら犬と散歩してる人が気づくかも」

 「でも溶かしたよ?」

 「詳しい調査が入るとヤバいかもしれない、かな。ま、ロケハンした時に人が来ないのは立証済みだから、もし嗅ぎつけられたらオールクリアで」

 「はい」

 「で、じゃあ次のやつね。知ってるでしょ、3年前連続強盗やって指名手配かけられてる奴。隠遁生活に困り始めたらしくてまた強盗し始めた。そんでそいつ、よりにもよって附子島ふししまの傘下に手を出した。だから急ぎ目で抹殺依頼が来てる」

 「それは附子島一派が処理する事案じゃないの? 何で尋島ひろしまに」

 「青市ショウイチの練習用に何かネタない? って電話したらくれた」

 「もらいもの感覚で人殺しの依頼を受けないでよ。ていうか傘下が犠牲になってるのになおさら私でいいの?」

 「別の大きな案件で忙しいんだってさ。建前上”傘下の部下の犠牲を大ボスがやっつけた”ってことにするから。あんたがやったって知るのは上層部だけよ」

 「いいのかなあ、そういうの……」

 大人のことはよくわからない。

 「ほいこれターゲットの写真ね」

 「……あれ?」

 見たことある。

 それどころか、今日こいつの喚き声を私は聞いてる。

 「どうかした?」

 「こいつだよ、こいつ。電車に飛び込んで女の子に押しのけられて助かった奴」



 《はいこちら附子島総本部》

 「もしもし、尋島一派の青市ですが」

 《あら、ショウちゃん? まだあんた16でしょ、どっからこの番号知ったんや言うてみい?》

 「いや母さんの電話借りてるだけです」

 《なんやまた下の阿呆がヘマこいたと思ってたわ。例の指名手配犯よろしゅうな》

 「あのそれについて用があって」

 《なんや》

 附子島総本部で電話を取る彼女は、ライトアップされた巨大金魚鉢を見つめつつ相槌を打つ。

 「母さんに聞いても電車に跳ね飛ばされて五体満足な奴は見たことがないって……。それで、朽末えまさんなら何か知ってるかもと思って」

 《ほぉう。なかなか興味深いわ。ショウちゃん、昔みたいに朽末ちゃんって呼んでくれてもええんやで?》

 「まさかぁ、もうそんな風に呼んだりはしませんよ」

 《寂しいわぁ、敬語まで使えるようになっちゃって。昔の無垢なショウちゃん好きやったんやでうち》

 「昔は無垢じゃなくて無学だっただけです」

 《そんでサクッと言うけどな、神話上で何人か知ってるし知り合いにも何人かおるけど、女の子で、ショウちゃんと同じぐらいの子がバケモノ級の耐久性あるってのはうちのデータベースにもないわ。それに一族なら一般人の前で能力開放するのはご法度やし。その子人間じゃないと違うんか? まあうちらがそう言うのも変やけど》

 「妖怪とか?」

 《にわかには信じがたいけど、分家にも妖怪まがいのことする奴らもおるしな》

 「蛇島へみしまとか端島はししまの可能性は?」

 《蛇島はもう何年も日本に帰ってこんし……ああ、吟味ぎんみがボスになったの知っとる?》

 「聞いてます。距離が距離なのでメールでしか挨拶してませんが」

 《退屈そうだからたまには会いに行ってあげてな》

 「マフィアの大ボスが退屈だとは思わないけど……。それで端島は?」

 《ないやろ。一番ないわ。京が一生き残ってても表通りには出てこれんやろ。それに端島は時間制限型で昼間なんか特に行動できひんはずや》

 「それは確かに」

 《逆に尋島の誰かだったりせえへんの?》

 「確認取ったらしいですけど、いないそうです。それに尋島は武闘派ではありますけど、あんなバケモノ耐久は血筋的にまずないって母さんが」

 《せやなあ。米軍の軍人と結婚した奴とかおらんの?》

 「いないと思いますし、軍人のフィジカルをあまりに評価しすぎです」

 《ま、悪いけど力にはなれへん。指名手配犯だけよろしゅう頼むわ》

 「わかりました。こちらこそ長々とすみません」

 《ええんやで。たまには遊びおいでな》

 「はい」

 関西を主な拠点とする附子島一派の情報網を使っても、同様のケースは得られなかった。



 次の日の夕方。

 青市は路地裏を走っていた。左手首付近から青い血が流れ出ていく。

 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 急展開にもほどがあるだろ!

 青市は逃げていた。不幸なことに、行き止まりに来てしまった。

 手首付近の傷跡を見る。思った以上に深い。血がどくどくと路上に零れ落ちる。

 「見つけた、諸悪の根源、ヒロシマアオイチ」

 ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのは、昨日電車に跳ね飛ばされたはずのあの子。制服はこの近くの高校のものだ。スクールバッグから鎌が見えている。

 「……その言い草だと最初から私を探してたみたいだね?」

 脂汗が背中を通った。

 「そうよ、ずっと探してたわよ」

 「誰かに依頼された? じゃなきゃ駆け出しの殺し屋殺しには来ないっしょ。思い当たるとしたら……祝島ほぐしまのド変態クズとか?」

 「なにホグシマって。転んで口をぶつけたみたいな名前ね。違うわよ、完全に個人的な理由よ」

 「えぇ……、何か恨み買うことしたっけ? 被害者の遺族?」

 「あなた、指名手配犯とか凶悪犯を殺しまわってるらしいじゃない」

 「え? まあ、仕事だし……」

 「だからよ」

 「もう少し噛み砕いてもらっていいですか」

 「殺すしか能がないのかしら。あなた悪人殺ししてるじゃない、改心する可能性もあるのに。生きて罪を償えるかもしれないのに。死刑支持者ならぬ私刑支持者め」

 「……はあ」

 何だこの子? そりゃ改心する可能性のあるやつは最初から殺しに行かないけども。

 「私が殺すのは救いようのない悪人で、少しでも可能性があるなら最初からターゲットにはならない」

 「どんな悪人にだって改心する可能性はあるでしょ?」

 これ話通じてないな?

 「それに私にどうこう言われても、お家のお仕事なんでね」

 「調べたわ調べたわ、なんで悪人がみんな殺されていくのか、そしたら殺人業ってのがあるんですって? ひどい話だわ、悪人を何だと思ってるの」

 「……あんた裏の世界じゃアマチュアなんだろうけど、そんなちょっと調べたぐらいの人が頭突っ込んでいいほど簡単な話じゃない。私の殺しは生き方の一つだし、だから無差別殺戮にならないようこういった形を取っている。今回は見逃すけど、あまりに目立つと望まぬ敵を作ることになる」

 私は即座に彼女の後ろに回り込んで関節技をきめ、壁にぶっ飛ばした。

 あれ?

 人一人、同じぐらいの体格だよな? 吹っ飛ばした感覚が全然重くない?

 パキッ。

 抑えつけていた右腕が、外れた。

 「は!?」

 外れた右腕があらぬ方向に曲がって、私を殴り飛ばした。

 「……!?」

 何をされた? 何が起こっている?

 「あんた」

 彼女は落ちた右腕を拾いに行くと、がちりとはめこんだ。

 「ロボット……」

 「ロボットでも人造人間でもないわ。義手2本と義足2本あるだけのダルマよ。それもただのダルマじゃない、アトムもびっくりの超戦闘特化バージョン」


 僕はこの時、正義と対になるのは悪じゃなくて、別の正義だということを知る。


 「人は誰だって正しくなれる。何度間違ったって、死ななければ、必ず正しくなれる」

 「人はたまに悪になる。何度正そうとしても直せない人もいる。生きていたって善人になるわけじゃない」

 私は信条を懸けてこの子と対峙しなければいけないようだ。ほっといたらミッションに支障をきたすのも見えてる。

 「私は尋島青市。あんたは?」

 「……私は鹿野聖世かのまさよ。あなたを正しい人間にしてさしあげる」

 「やれるもんならやってみな」

 爆竹と煙幕を炸裂させ、壁を蹴って逃げ出す青市。

 「かのまさよちゃんね……、いやーやばい人がいるもんだわ逃げろ逃げろ」

 「なっ……!? 待ちなさいっ!!」

 普段青市は殺すことに躊躇はないが、彼女は今までに見たことがないケースなのでとりあえず一旦退くことを選んだ。

 それが最悪の選択とは知らずに。




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反野一族物語シリーズ ヒコーキガエル @hikoki_frog

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