ゼロから始まるストーリー【第3章 雲 外伝】
私は妄想癖が酷いと自覚している。授業中にいきなり放送で呼び出されて「君にしか世界を救えないんだ」と外人に言われてひょんなことでヒーローになるとか、朝起きたらいきなり超能力が使えるようになってたとか。あり得ないことだけど、現実になったらすごく楽しいだろうし、心のどこかではそれを望んでいた。
……はずだった。
喉が痛くて目が覚めた。何度か咳払いをする。イガイガした感覚が喉にひっついて離れない。なんなんだよ、と若干イラつきながら体を起こすとそこには。
そこにはあり得ない世界が広がっていた。
細かく言うと、私の部屋はがれきに覆われ、砂塵が舞い、割れて散らばったガラスには朝の光が反射していた。意味が分からない。ガラスを踏んだら怪我をするので、とりあえずスリッパを履いて、部屋を見回す。眼鏡もかける。本棚は倒れては無いものの、中身がはちゃめちゃだ。勉強机も倒れていないけど、やっぱり机上に置いてあったものは散乱している。本格的にヤバいんじゃないかと不安になってきた。
携帯を手に取った。圏外だった。
確かにここは田舎だけど、さすがに圏外ではない。今までは普通に使えたし、ワンセグも平気だった。
変な汗が噴き出す。“何か”の衝撃で歪んでしまったドアをなんとか開けて、手すりにつかまって階段を降りる。階段にもガラスが散らばっている。私の愛用しているスリッパは、どこにでもある形の平凡なスリッパだから、あんまりガラスの上を歩くと、いつかガラスが私の足に突き刺さる。危ないな。階段を降りてそのまま玄関に直行、スニーカーに履き替えた。
「おかーさーん……生きてるー?」
リビングを覗き見た。誰も居なかった。物ばかりが散らかりまくっていて、まるで廃墟のようだった。倒れていたテレビを起こして電源を入れたが、砂嵐しか映らなかった。民放もダメ。すごく心細くなった。
泣きそうになった。でも今泣いていたら状況は変わらない。泣いちゃダメだ! 自分を奮い立たせた。台所も和室も妹の部屋も物置もトイレも風呂も全部見て回った。誰も居なくてがれきがちらばってた。一番酷いところじゃ部屋の中から青空が見えた。ため息をついた。
顔を洗おうと思って洗面所に行った。とりあえず水道は大丈夫みたいだ。試しにお湯が出るか実験してみた。……おお、お湯も出るじゃん。でも底抜けに熱い。シャワーどころじゃないな。全く、浴槽は割れちゃってて使い物になりそうにないし。なんなんだよもう……。
「よいしょっと」
玄関の扉は開かなかったので、リビングのはちゃめちゃになった窓からひょいと飛び出した。どこにでも売ってそうな水色のパーカーにカーゴパンツ、紫のリュック。他の衣服にはがれきやらガラスやら砂塵やらで、今すぐに着られる状況では無かった。非常事態だからこれでいい。施錠してから行こうと思ったが、施錠の意味が全く成さないのであえてしなかった。泥棒だってこんな時は入る余裕なんてないだろうし。
自転車にまたがって、一気に坂道を下る。学校の周りや以前通っていた中学校周辺をまわった。パーカーには汗が滲んだ。目には涙が滲んだ。
人っ子一人、いないのだ。
車も走っていない。役割を果たしていない信号機がピカピカ光ってるだけ。道はひび割れて、建物は壊れて、電柱が倒れていた。本当に町全体が廃墟みたいだった。
「何で私だけサバイバルなの……」
とりあえず家に帰って、たまたまがれきの隙間に落ちていた食パンを三、四枚モソモソ食べた。紙パックの牛乳を飲み干すと、私は再び自転車にまたがり学校へ向かった。
学校もひどかった。銅像は倒れ砕け散っていた。窓から侵入した。整列しているはずの机は乱雑に転がっていた。だいたい壊れていて、もう二度と使えるような状況ではなかった。階段も所々損傷していた。砂埃がひどい。目が痛くなる。踊り場に砕け散った鏡を踏み、汚水が垂れる階段を急いで駆け上った。自分のクラスに入ってみた。他と変わらない惨状だ。黒板は落っこちて砕けていた。ひとかけら持ち上げてみると、数式の一部みたいのが書いてあった。数学かな。昨日までの平和な日常を目の当たりにして、すごくショックを受けた。
職員室も覗いてみた。変わらず、ひどかった。家みたいに壁が壊れて、太陽の光が差していた。
「誰か、いませんか!」
勿論、返事なんてなかった。分かっていた。
校庭に出てみた。地面はひび割れて、所々赤い点があった。誰かの血? 何があったんだ? すごく怖くなった。もしかして、“何か”が私以外の生命体を殺してしまったのかもしれない。どうして私だけ生き残らせたのかは分からないけど。これじゃあ、どっかの額に傷のある魔法使いみたいじゃないか……!
すごく申し訳なかったけど、コンビニに侵入して食べ物を頂いた。お金も一応置いてきた。昼間なのに真っ暗なコンビニってこんなに怖いとは思わなかった。
カラスもスズメもいない。野良犬も野良猫もいない。私以外の生命体は見つからない。人類は出来そこないの私に絶望して、宇宙にでも行っちゃったんだろうか。
いい感じにがれきが積み重なっていたので、せっかくだからと屋根に上がってみた。初めて上がった。草がちょいちょい生えていた。星空を眺めながら、冷たいおにぎりをかじった。栄養入りドリンクを一気飲みした。これを夜飲んでしまったらきっと眠れなくなってしまうんだろうけど、夜更かしする私を怒る人もいないし、寝たって状況は変わらないだろうし。なんなら、死ぬまで寝ないで生きてやろうか。ニューロンをボロボロにして狂って死んでしまおうか。その方がいいかもしれない。
この世界を一人で生きるなんて、贅沢すぎる。
がれきを片付けた自分の部屋に戻って、ベッドに横たわった。寂しさが急にこみあげてきた。流れてくる涙と鼻水を、ティッシュで乱暴に拭った。
今まで私はひどいことをたくさんした。傷つけまくった。悲しませまくった。いいことなんて、実は一個もできてなかった。自己満足。自己満足だけで生きてきたんだ。だからみんな居なくなったんだ。他人も知り合いも仲間も友達も家族も大嫌いな人も愛している人も。神様は私に罰を与えたんだ。きっと自分で自分を《終わらせ》ても、何も変わらない。意味のない事はしない。
「明日から、どうすれば……」
強く目をつぶった。現実が見えない位強く。
実は夢でした、なんてオチは今まで好きではなかった。これまでのワクワク感とか、緊張した空気がいっきにくだらなくなって、夢オチだと分かると私は二度とその本に触れなかった。
でもこの状況は裏切ってほしかった。これが夢なら、どんなに幸せか…。携帯を見ると朝八時。一人ぼっち2日目だ。相も変わらず、孤独だ。
ほとんど昨日と変わらない格好で街に繰り出す。誰もいないから着飾っても意味ない。車が走っていないので、道路のど真ん中をゆうゆうと歩く。よく家族や友達と食べに来ていたうどん屋をちょっと覗いてみる。鍵はかかっていたので中に入るのは不可能だ。ガラス越しに店内を見回す。
「うわっ」
思わず退く。血だまりが広がっている。普段はあるはずのない真っ赤な血が広がっている。死体などは見つけられないが、あの量じゃ生きているのは難しいだろう。本当になんなんだ、この世界は。自転車にまたがって近くの公園に行った。もしかしたら誰かいるかもしれないと思ったが、いなかった。風が弱々しく吹く。雲が空を流れていく。木の枝が風にゆられて音を立てる。普段の騒音が無い分、いつもは聞かない音がたくさん聞こえた。皮肉かな、美しい世界に今やっと気付いたのかもしれない。孤独になってから気付いたなんて、笑えないけど。
地球は人間が支配すべきではなかった。
そんな考えが浮かんだ。本当、支配すべきではなかったんだ。自然の猛威にいくら抗おうと、私たちは弱くて無力で、結局は私以外滅んだ……かもしれない。あくまで仮説。しかしどうして私が生き残っちゃったんだろう。飛行機も見かけないし、ネットもできないから、きっと全世界で息を吸っているのは私だけなんだろう。これじゃあ私が死んだって酸素は余るな…。
一人ぼっち3日目。完徹しようと思ったけど、気がついたら寝ていた。身体が生命の危機を感じてわざと眠らせているんだろう。生命の危機でいい。こんなに生きがいのない世界なんて嫌だ……。くまができて、目を腫らして顔を洗った。お湯を出そうと思ったら出なかった。電気の供給がストップしてしまったらしい。これじゃ、水シャワーしか出来なくなる…確実に終末に近づいている。今日から朝にシャワーを浴びることにした。
「うー……寒い……」
バスタオルにくるまり、コンビニから持ってきた清涼飲料を飲む。賞味期限は明日。私が口に出来るものもじきに無くなるだろう。恐怖は抱かなかった。もうそれが当然であると分かり切った。吹っ切れた。どうせ死ねないのなら最後まで生にすがりついてしまえばいい。それで次に生まれる生命体に発見されて、恐竜みたいに扱われればいいんだ。後世まで名を残してやる。
屋根の上で本を読んでいたら雨が降ってきた。がれきの上に干していた洗濯物を急いで取り込む。穴が開いたところにビニールシートをかぶせる。一時しのぎにしかならない、きっと家も崩れてしまう。雨は一日中降っていた。止んだのは夜になってからだった。ボロボロになった家はやっぱり脆くて、この先ここで生活するのは難しいと判断せざるをえなかった。
そうだ、終わりへの旅に出よう。
リュックをしょって、パーカーを羽織って、自転車にまたがってどこか遠い所へ行こう。そしたらいつかは死ねるかもしれない。死ななかったとしても、何か情報を得られるかもしれない。どうして私だけがこの世界に取り残されたのか、分かるかもしれない。決めた。
通学に使っていたリュックにはあまり物は詰めなかった。詰め込んだって重いだけだ。物は先々で手に入る。
一人ぼっち7日目。田んぼだらけ。野宿も慣れた。
一人ぼっち10日目。ビルだらけ、人はやっぱり居ない。
一人ぼっち16日目。持ち歩いてた鍋が壊れた。
一人ぼっち20日目。生野菜食べたらお腹壊した。
一人ぼっち34日目。頭痛い。薬ない。死にそう。
一人ぼっち40日目。夕焼けがキレイ 写真撮りたい
一人ぼっち53日目。濁った水しかない さいあく
一人ぼっち76日目。声が出なくなった
一人ぼっち90日目。日記なんて書く意味あるのかな
一人ぼっち100日目。もうページがないから おわり
ここはどこだろう。ずっとずっと歩いてきた。自転車はとっくの昔に壊れてしまったから、自分の足でずっと歩いてきた。何度も何度も死にそうになりながら。紫色だったリュックは日に焼けたり雨に濡れたりして、本来の色を失っていた。結構気に入ってたんだけどな。そろそろ悟りを開くかもしれない。…こんな冗談言えるうちなら余裕か。余裕じゃないけど。
川が流れていたので、顔を洗うことにした。水面に写った顔はげっそり頬がこけてて、以前の自分とは全く似ても似つかなかった。唯一、眼鏡だけが自分の面影を残しているという皮肉。
「(あれ)?」
「(目が紫色になってるような……もうすぐ死ぬんかな)」
「(栄養不足かな、やっぱり……ずっと肉食べてないし)、(ああー焼肉食べたい)」
何度も見直したけど、やっぱり目は紫色になっていた。今までは黒だったのに。栄養不足で目が紫色になるなんて……そんなことあるとは驚きだ。
伸びすぎた髪を縛り直す。本当邪魔。次に民家でも見つけたら侵入してハサミで切り落とそう。音のない歌を歌いながら、私はまた歩く。
林の中から見つめる視線に、私は気付かない。
「やっぱりあれは、
女性の目は深い青色――否、藍色に光った。
洞窟を見つけたのでそこで野宿することにした。コウモリ一匹いやしない。蚊もブユもいやしない。快適すぎて悲しい。それに慣れた自分がもっと悲しい。
夜空が綺麗だ。天の川かな、あれ。
「(月が綺麗ですね)。(……言う相手もいないけど)」
この先には死しかないのに、最近、考えることがずいぶん前向きになってきた。百日以上生き延びたのが自信になったんだろう。うん、自分すごい。
……ん? 隣に置いているリュックが鮮やかな紫色になっている。あれ、色あせていたはずなのに。
「(……違う!)」
身を起こして自分の手のひらを見つめる。驚愕した。自分の身体が紫色に光っている。蛍か私は! くだらないこと言ってる場合じゃない。何これ、人の身体って発光するなんて、知らなかった!
「あなたは人間じゃない」
「(え、何、何何何)っ……?」
久々に自分以外の声を聞いた。誰だ? 声が出ないから叫べない。
洞窟の入り口に女の人が立っている。羨ましいほどのNice bodyじゃないか。というか私以外の人間が生きていたなんてびっくりした。
「私は藍。反野一族の分家なんだけど…意味分かる?」
「っぃ、ぃぃぇ……」とても久しぶりに声を出せた。
見ず知らずの他人だけど、この世界には私とその人しかいないらしいから、質問されたことは何も遠慮せずにそのまま答えた。逆に私が質問したことは何でも答えてくれた。反野一族って何。私が混乱しているのも構わず、藍さんは話を続けた。発光は収まっていた。
「あなたの中には雲ちゃんが生きているの。意識としては出てきてないらしいけど。……きっとあなたが坂道で自転車ごと転んで気絶した時に、雲ちゃんはあなたに意識を植え付けたのね。全く、災難でしょうに。あなたが100日以上サバイバル生活で発狂したり死を選んだりしなかったのは、雲ちゃんの固い意志のせいね。反野一族の子孫を残すための執念……なんだかんだ言って母親似なんだから……」
「……よく分からないんですけど、私は反野一族さんを存続させるために生きているんですか?」
「そんなところかな」
「じゃあ、なんで私以外の人はいないんですか? なんであなたがいるんですか?」
「この世界は地球によって滅ぼされたの。私はちょっと裏技を使ってここに来た。ここには本当に私とあなたしかいないわ」
「滅ぼされたって……地球? い、意味が―――」
「分からなくて当たり前よ。本当はあなたも一緒に絶滅する予定だった。でも、雲のせいで生き残った」
「!? それに、あなたは別の世界から……?」
「そう、別世界からここに来た」
「……何の為に」
「あなたを助ける為よ」
「えっ」
「理不尽な因果に巻き込まれたあなたを助ける為よ」
まさか自分が助かるフラグが立つなんて。
「それ本当ですか……?」
メガネをはずして涙を拭く。嘘みたいだ。まさか助かる日が来るなんて思ってなかった。希望の無い世界を死ぬまで生きていくんだと思っていた。
「本当よ。……あなたしか生き残りはいないけど、きっと新しい世界でもあなたは生きていける」
それは「雲」のおかげですか、とは聞かなかった。
「じゃあ――早く、私を連れて行ってください」
「勿論」
泣いているせいで、夜空がよく見えなかった。この世界の夜空を見るのはきっと見納めだ。
よく状況が分かってないけど、とにかくこの一人ぼっちの世界から抜け出せるんだから、何も不服はない。藍さんは私の手を引いてどんどん歩く。誰かの温もりに触れたのもすごく久しぶりで嬉しくて、それが尚更涙を止まらせなかった。……ああ、本当に生きててよかった。
「そういえば」
「何?」
「藍さんは、別世界から来たと仰っていましたが」
「そうよ。そんな敬語使わなくてもいいのに」
「いえ、初対面ですから。……あなたは何者なんですか? ついでに反野一族って何なんですか」
「反野一族は人間じゃないんだよねぇー。祖先が天照大神だし。分家は亀とのハーフだし」
「ハーフ? しかも亀って……」
「うん。本家は天照大神の純系だし、分家はそれと亀のハーフ。おかげさまですごく寿命が長いの」
「……二十代に見えるんですが」
「それの百倍かな」
私が驚いて何も言えなくなっても、藍さんはニコニコしていた。この人怖い……。
「じゃあ行くよ」
「はい!」
目をつぶって、ぐるぐるぐるぐる回る。
この世界、なかなか楽しかったよ。
さよなら。
駅前で私は立っている。人が行きかっている。時計を見て、そして周りを見回す。あ、来た来た。私は大きく手を振って、自分の居場所を知らせる。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
あーあ、今目が合ったけどそらされちゃったな。やっぱり別世界に連れてくるとどうしても記憶が無くなっちゃうからなー。仕方ないか。
さて私も自分の世界に帰ろう。ショウイチも待ってるし。
ストーリーはまた、ゼロから始まる。
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