第10話 眠る時

浜辺に打ち寄せる波の音

風に鳴るざわざわとした葉の音

あるいは雨が大地に染み込む音

人が支配できない自然の音を

聞きながら眠りたい

ひとりの夜には


胸の辺りが

空洞になって

魂がどこかへ

消え失せてしまいそうだから


それは

あなたにしがみついて眠る時の

鼓動や素肌の温もり

あなたの吐息に似ているから


触れ合う素肌の境目もなく

溶け合って眠る夜は

明日の朝出て行くあなたを

どうしても引き止めて

このまま一緒にいたいと

心の中では大声で叫んで

がむしゃらにしがみついて

懇願して泣きじゃくって


でも諦めは友のような

安らぎを連れてやってくる

朝にはあなたではなく

その友と手を繋ぎ

あなたには

早く帰ってね、愛しているわと言う


あなたが去って

ひとりで部屋に残ると

さっきまでそばにいた友も去り

置き去りにされた私は

ほんの少しの間死んでいる


宙に彷徨ってしまった魂が

やれやれここにいましたかと

私の体に戻ってくると

朝い息をしながら

バラバラになった心と体と

魂をひととおり纏めて

日々の仕事に取り掛かる


あなたに逢う日を待ち焦がれて

どんな風景の中にもいる

あなたを見つめて過ごす


都会の喧噪の中で

ひとりきり

いつかふたりで見た

どこまでも続く薄青色の海や

誰もいない寂れた駅舎で

写真を撮り合ったことなんかを想い起こし

ふたりで作った歌を

擦り切れたレコードのように

繰り返す


あなたに逢いたい

熱い素肌を感じながら

あなたと眠りたい

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