第17話三枚のワイルドカード
アライは目の前で木製の勉強机が爆発している光景を間近で見ていて思った。あ、これはアカン。爆風に巻き込まれて何メートルも後ろに吹き飛び、命すら吹き飛ぶであろう未来がアライの頭に浮かんだ。しかしアライの予想は外れた。爆発によって起こった爆風はアライに届くことなく寸前で止まったのだ。アライは突然の事で頭が回らなかったがとにかく爆発によって壊れた引き出しを注視していると中に入っていた暗闇は箱の周りに漏れ出ることはなく、周りに姿をさらした状態でも綺麗に「そこ」に収まっていた。そしてそこから爆風のみを吸い込みながら生物の「口」の一部が現れた。山吹色の毛が触手の様に口の周りに生えており、それが暗闇から見え隠れしている。全ての物体を飲み込むことが容易そうなその大きな口は更に大きく開くと辺りの爆風を一気に飲み込んだ。
「っ・・・・・・!」
アライはこの光景に何も言えずに開いた口が塞がらなかった。
「何・・・あれ・・・。」
ナツメは爆風に巻き込まれまいとその場から退避して様子を窺っていた。しかしその時ナツメは何かを思い出したかのように自分の右手を見つめた。その場から離れる事を優先させていたのでいつの間にか机の引き出しから手を出してしまっていた。
「・・・あ・・・ヤバイ・・・すっかり忘れてた。」
ナツメは辺りを見渡しながらマブチを探した。すると中央から少し離れた所で楽しそうな顔でアライを見ていた。
「すいませーん!神官様、私勝手に引き出しから手を出しちゃったんですけどこれ大丈夫なんですかー!?」
そう言いながら右手をヒラヒラと振ってマブチに見せた。マブチは声が聞こえた方に振り向き、特に興味なさそうにナツメの様子を見た後またすぐ中央に体を向けた。
「・・・んああ、大丈夫、問題ありません。今回の召喚の儀は皆さんつつがなく終了しました。」
マブチは目をゆっくり瞑り満足したように胸に手を当て、誇らしげな表情になった。その目の前では謎の生物が壊れた引き出しを飲み込み悲鳴に近い雄叫びを上げながら暗闇から自分の体を出そうと激しくもがいていた。それの影響で辺りの地面に亀裂が出来始めている。
「とてもつつがなくには見えないんだけど。」
ナツメがつっこんでいると直ぐ後ろから自分に向けられた視線を感じた。それと同時に生き物の呼吸に似た大きな物音が生暖かい息に混じって聞こえてきた。ナツメはそこでようやく危険を察知し後ろを振り向き長槍を構えた。すると目の前に自分より何十倍も大きな体を持つ蛇かトカゲに類似した怪物が地面を這うようにして顔をこちらに近づけていた。白銀の鱗を体中に纏わせ金色の瞳を光らせているその巨体の何倍も大きく立派な翼が背中から生えていた。その辺に生息している爬虫類とは一線を画すその姿に「・・・ドラゴンだ。」とナツメはその姿を見て自分が思った事をそのまま呟いていた。竜は鼻で大きく息を吸った後体を起こし空を見上げ、両の翼を広げながらナツメの前で猛々しい雄叫びを上げた。そのあまりの音量に耐えきれずナツメはしゃがみながら両耳を押さえた。
アライは目の前の謎の生物が恐ろしくて近づく事や離れることも出来ずに茫然と立ち尽くしていた。すると暗闇の中から小さかったが確かに声が聞こえてきた。
「・・は・・・・じゃ・・・で・・・す・・・。」
「ん?・・・え?」
その後謎の生物は青白く光を帯び始めゆっくりと形が崩れていった。一体どうなるんだとアライが固唾を飲んで見守っていると光の強さが増していき、何故か突然聞いたことのない機械のエンジンを吹かした音が聞こえてきた。そして光が眩しくて前が良く見えなかったがアライの横を何かが思い切りのいい車体の様な物体がエンジン音を鳴らしながらスピードで駆け抜けて行った音が聞こえた。その後に背後で何かが擦れるような音が聞こえたのでアライは音のする方に振り向いた。気づけば強すぎる程の光は消えていたのでアライは眩しそうにゆっくりと目を開けた。前をよく見ると先ほどまでそこで無理やり這い出ようとしていた生物の姿ではなかった。代わりに少し裂かれただけで致命傷を負わせられそうな鋭い牙や爪、そして爬虫類に似た鱗などによって外装を装飾されている物体だった。よく見ると下部に走行するためのタイヤが見えるがまるで地を這いながら迫ってくるドラゴンのような姿を想像させる見た目になっており先頭に付いている二つのライトがまるで生き物の眼のような錯覚を受けた。深紅と黒によって塗装されたその乗り物がエンジンの駆動音を鳴らしながらそこに停まっていた。その乗り物に土煙で顔は見えないがこの世界では珍しい第三界の人間が仕事時に着る服とされる黒のパンツスーツを着たやたら体の線がきれいな女性が跨るように乗っていた。なんで人間の女性がそんな所にとアライは思い数歩近づいていくと女性の顔が見えてきた。しかしそこでアライは驚愕する。女性は決して怖いとは言い難い程コミカルに作られた赤鬼を連想させるおもちゃのお面を顔に被っていた。アライはその姿を見てどう対応すればいいか分からず右往左往していると向こうがこちらに気づいたようでハンドル下を弄ってエンジンを切り乗り物から降りてアライの方に近づいてきた。
(お、鬼か!?い、いやあの乗り物はなんか竜っぽいし・・・。)
広場の全員が注目している中、女性はアライから数歩手前で立ち止り被っていた鬼のお面を取った。凛とした顔立ちをしていてあまりクセのなく艶のある短い黒髪は片耳だけ見えていた。綺麗系。大人カワイイ。色々形容出来るがどこか近寄り難い女性の印象をアライは受けた。そしてその女性はまるで快晴の夜から朝に変わる時に空に差し込む蒼のような瞳をしたつり目でアライの顔をジッと興味深そうに見ており一向に話しかけてくる気配はなかった。しばらくそのままお互い沈黙が続くように思えたが直ぐに状況は一変した。
「内気かっ!はよ喋れ!」
聞いた事のない男の低い声が突然何処からか湧くように聞こえてきたのでアライは後ずさりしながら辺りを見渡した。すると広場の中央から離れた所に白銀の鱗を身に纏った巨大な竜が上体を高くして全体を見下ろしていた。その姿を見てアライは驚きの声を出す。
「っ!?うおぉぉぉぉっ!?」
「おい何処に驚いてんだ。俺はこっちだこっち。」
「・・・え?」
今度はしっかりと声が聞こえた方角が分かったのでアライは慌ててそちらに向き直る。するとまた黒スーツの女性に向かい合った。いや、まさかなとアライは思っていると女性が手に持っている鬼のお面の眼だけが生き物の様にギョロリと動きこちらと目が合った。
「っ!?うおぉぉぉぉっ!?」
アライは先ほどの竜を見た時と同じ反応した後、驚きの顔を浮かべながら二歩三歩後ずさりした。
「・・・ハヤシさんいきなり話しかけるのは止めて下さいとあれ程言ってるじゃありませんか。勇者様が驚いてしまいました。」
女性は鬼のお面に片手でアイアンクローをかけながら話しかけた。
「割れる割れる割れちゃうぅっ!お、おおう分かった!すまん!だからその手をどけろっ!」
女性は鬼のお面を頭の後ろに被るとツカツカと一気にアライに駆け寄りアライの右手を黒の革手袋をした両の手で握り目の前で跪いた。手袋越しだったとはいえ女性の手は異様にひんやりとしていた。
「初めまして勇者アライ様。この度貴方の魔王討伐の旅に同行させて頂きます『天使』のマキといいます。宜しくお願いします。」
目の前の美人に突然跪かれアライっ・・・・・!動揺っ・・・・・!!血迷うっ・・・!咄嗟にマキの手を引いて立たせ両手で握り返すっ・・・!そして何故かいきなり何処からともなく流れる、讃美歌っ・・・!舞い落ちる、天使の羽っ・・・!空から射す、祝福の光っ・・・!
「はっ!!?お、俺は一体何をっ!?」
我に返ったアライは慌ててマキから手を離しその場から後ずさりするように数歩距離を空けた。
「・・・あ、アライです。こちらこそ宜しくお願いします・・・。」
「いえ、こちらこそ宜しくお願いします。」
二人はそう言いながらお互い頭を下げ合っている。
「・・・何やってんだお前ら。」
「うおぅっ!?また!?な、なんなんだそれはっ!?」
アライは更に後ずさりして鬼のお面に対して警戒の意味を込めて拳法の真似事のような構えをとった。
「勇者様、この方は『それ』ではありません。ハヤシさんです。」
マキはお面を掴みアライに良く見えるように差し出した。
「いや、別に名前が聞きたかったワケじゃないですっ!」
「ああそうでしたか。この方は・・。」
マキが言いかけた所で林と呼ばれたお面が話を遮ってきた。
「俺は鬼だ。分かり易くていいだろ~?」
お面の口は動いていないが確かにこのお面から声が聞こえてきているとアライは感じていた。
「じゃ、じゃあアレは!?」
アライはそう言って先ほどまでマキが乗っていた乗り物を怯えながら指を指した。
「あいつは竜のモリノだ。訳あって今話すことが出来ないんだがいい奴だから仲良くしてやってくれや。」
「・・・んん~~~???」
アライは頭を抱えた。召喚の儀はナミ神から竜、鬼、天使のどれか一体を呼び寄せる儀式だと聞いていたしアライ自身も子供の頃に見た儀式や昔の文献にも一つの例外もなかった。自分一人で他の勇者の分を召喚した場合でも後ろに立っている白銀の竜の説明がつかなくなる。それに三体とも自分の中のイメージとかけ離れ過ぎている。竜はそれこそ後ろに立っているような怪物の方がイメージに近く、鬼に関しては色はともかく人間より体の大きさがはるかに巨大で筋肉隆々、そして誰からも恐れられるような凶悪な顔つきだ。天使のイメージは白の衣服を身に纏い頭の上に輪っかを付け全てを優しく包み込めそうな羽が背中に生えている感じだ。マキが美人な事は認めざるを得ない事実で直接天使と言われた時は一瞬信じかけたがどう見ても人間にしか見えなかった。
「どうなさいましたか勇者様。」
アライの様子を見かねてマキが近寄ってきた。アライはこれ以上驚いてばかりだと格好がつかないと思い額に手を当てとりあえず意味深な笑みを作って平静を装った。
「フッ、フフフッ・・・。な、なんでもない・・・、よしお前ら。もし俺が危ない目にあったら、すぐに助けて下さい!」
そういうとアライはマキたちに向かって勢いよく深々と頭を下げた。
「いきなり清々しい程の頭の下げっぷりだなぁ。」
「おまかせ下さい、勇者様。」
ハヤシの笑いが入った声とマキの平坦な声が折り重なって聞こえてきた。アライが頭を上げるとマキは少し嬉しそうに口元を緩ませ右手で敬礼していた。
「・・・まさか本当に召喚しちまうとはな。」
アライが振り返るとイワタとスダ王が歩きながら近づいてきていた。二人ともどこか複雑そうな顔をしている。
「・・・総隊長。」
「イワタでいいぞ、今は。」
アライは一年前の魔王軍戦の後、網縄刑務所に送り込まれた時からずっとイワタに関して疑問に思っていたことがあった。ここで聞くのはどうかと思ったが今聞かないと聞く機会がないような気がした。
「イワタさん。なんであの時、自分の持ち場を離れた私を処刑しなかったんですか。」
イワタは質問の内容にきょとんとしていたが突然吹き出し、笑みを見せた。
「なんだ、あの程度で俺たちがお前に失望したと思っていたのか?」
「えっ・・・?」
イワタは背広の内ポケットに手を入れ何かを探し始めた。
「お前が一人でぶっ倒れていた場所の状況とあの時のカゲどもの突然の変わりようを見れば察しはつく。だがあのままお前を隊に復帰させる事に賛成出来ない奴らもいてな。だから仕方なく網縄送りさせたんだ。」
イワタは内ポケットの中にある何かを掴むとそれをアライに下側から投げた。アライは自分の顔に向かって飛んできたそれを難なく受け止めた。掴んだ手を開いてみると昔イワタに連れていってもらった酒場の名前が書いてあるマッチ箱があった。どういう事か分からずアライは首を捻っている。
「お前も感づいているかもしれないが今回の魔王討伐の試練は遠まわしにお前の処刑も兼ねている。教会の人間じゃないお前は魔王軍はもちろん、教会やハンターどもから最も狙われる対象だ。おそらく王宮の人間も何人か裏で動いているかもしれん。」
アライはマッチ箱を開くと中にマッチは入っておらず、代わりに小さな地図とメモが入っていた。
「もし試練の辞退をするならそこに書いてあるポイントにあるイワタの隠れ家に向かって暫く身を隠した後、里に帰れ。」
「スダ王様・・・。」
スダ王は先ほどの厳しい表情から一変して優しそうな顔つきになっていた。
「ナガタの奴はお前を無理やり英雄にさせて隊に復帰させる気だったみたいだけどな。俺たちもお前が抜けるのは惜しいとは思う。だが今回の試練は生半可な気持ちでは到底達成出来ん。行くか行かないかは自分で決めろ。・・・ナミカミ様やそこにいる天使様達には悪いとは思うがな。」
アライが振り向くとマキは微動だにせず真っすぐ自分を見ていた。しかしその眼は厳しいものではなく優しいものだった。
「心配ありません。どうぞ勇者様がご自分でお決めになって下さい。」
その言葉を聞いてハヤシは少し動揺したような声でマキに話しかけた。
「おいマキっ、てめぇ!」
「ハヤシさんは黙ってて下さい。決めるのは勇者様です。」
自分の事を気遣ってくれている事にアライは内心嬉しかったが同時に何か情けない感情のような物があふれてきた。
「隊・・・イワタさんっ・・・スダ王様っ・・・。」
アライはまたイワタ達に振り返り顔を合わせると何故か少し泣きそうになり目元が熱くなった。
「これはいい機会だったんだよ。前から思ってたがお前は戦士に向いていない。実力はともかく性格がな。あとそれから、お前がここを出てった後魔王を倒す倒さない関わらず戦死したことにするからな。だから誤ってここには帰ってくるんじゃねぇぞ!」
「うっ・・・分かりました・・・。」
イワタの笑い飛ばすかのような勢いに押されながらアライは返事をした。
「天使様。」
スダ王が声を掛けるとアライの後ろに立っていたマキは顔がしっかり見える距離まで歩いて近づいてきた。
「なんでしょうか。」
「こちらの勝手な都合で申し訳ない。我々のようなただの人間の願いではありますがこいつをどうか守ってやってください。」
そう言うとスダ王とイワタはマキに深々と頭を下げた。
「・・・確かに聞き届けました。」
マキは後ろに左手で被っていた鬼のお面を取り、右手のこぶしを自分の胸に当てた。
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