第13話スダ王の座

「落ち込んでいるんですかね、アレは。」

「そりゃ自分のコンプレックスを目の前であんな正直に言われたら落ち込むだろう。」

ナツメは王邸にある庭園の池の中で泳いでいる錦鯉をしゃがんで微動だにせず眺めていた。その様子を少し離れた所でアライとナガタは見ていた。少し経つとイワタが不機嫌そうな顔でアライ達に歩きながら近づいてきた。

「おまえら客室で待ってろって言ったろうが。」

「申し訳ありませんっ!」

ナガタとアライが並んで謝るとイワタは頭を掻きながら深く溜息をついた。

「まあいい。スダ王が大広間でお待ちだ。行くぞ。」

「あ、あの総隊長。一つ質問していいですか。」

アライはとても言いにくそうな顔になりながらもイワタに話した。

「いいぞ。何だ。」

「ここに招待して頂いた私の里の人達は今どこに・・・。」

イワタはきょとんとした顔になり隣に立っていたナガタに顔を向ける。ナガタはとぼけた顔であさっての方を見ていた。

「ナガタ、どういう事だ?」

「さあ、なんの事でしょう?」

「・・・。」

アライはこの時ようやく自分がナガタに騙された事に気づいた。気づいてしまった。そうと分かればやることは一つだった。

「ナガタさん・・・。」

「ん?どうしたアラふぐぅっ・・・・!!」

ナガタがアライに笑顔で振りむいた瞬間、アライの拳がナガタの腹部にめり込んでいた。それと同時に体の空気が口からすべて出てしまい、ナガタは体を震わせながら腹部を両手で押さえ悶え苦しんだ。

「かっ!・・・・こお、ほまぇ!・・・・ぐーって!・・・・ぐーは、ダメだろぉ・・・。」

「関係ないですよ。何故ならもう僕はあなたの部下じゃないんですから。」

アライは拳をしまい、冷たい視線でナガタを見ている。

「お、お前っ・・・。可愛げねぇなぁ・・・。」

アライは一つ咳払いをした後ナツメを呼びに行こうと池の方を見たがすでにこちらに向かって歩いてきていた。

「ごめん、ありがとう。もう大丈夫。」

ナツメの先程まで出ていた殺伐とした雰囲気が消えていたのでアライは少し安心したように軽く溜息をついた。


イワタに案内されながら大広間に繋がる弓型天井の畳廊下を通り、大広間があるとされる部屋の前についた。神の使いの三体と一人の勇者そして向かい側に魔王の姿が躍動感あふれる墨絵として入口のふすま一杯に描かれていた。

「魔王討伐第二期の様子を描かれたものだな。琵琶山での決戦の場面らしい。」

「この時は勇者一人がナミ神様の使いを三体連れていたんですね。」

アライは興味深そうにふすまの絵を端から眺めている。

「はっきりとしたことは分からん。何せこの絵師はとある教会の人間の一人だったとされているからな。本当の事かもしれんし、自分の教会からでた勇者しか描きたくなかったのかもしれん。」

イワタは面倒くさそうにそう話した後ふすまの真ん中の戸を引いて頭を下げつつ「スダ王、ナツメとアライを連れて参りました。」と部屋の中の主に言った。部屋の主は低く貫禄のある声で「入れ。」と言った。その言葉に強引に引っ張られるようにアライとナツメは部屋に入って行き、後から遅れてイワタとナガタが入って行った。中に入ると先ほどの客室同様座敷になっているがアライはそれより何倍も広いと感じた。正面の奥にある床の間には人一人入れそうな大きな焼き物の壺が飾ってあった。下座に先ほどのフードの大男とシュウと名乗る剣士と三人の少女達が各々自由な座り方で並んで座っていた。そして上座には紺色の柄物の浴衣姿の老人の男があぐらを掻いて座っていてた。髪の量が少なく白髪一色だが顔つきや目力からはとても年を取っているとは思えない精悍ぶりだ。

「よく来てくれたなぁ二人とも。そこに座布団が置いてある。座ってくれ。」

「はい、し、失礼します!」

アライは緊張しながら返事をして近くに引いてあった座布団に正座で座った。そしてその隣にナツメも同じく正座で座った。イワタとナガタは部屋の両脇に移動し勇者たちを挟むように座った。老人の男は目の前に座っている勇者達を見渡した後、ゆっくり口を開いた。

「では、まず・・。」と言いかけた瞬間、シュウが立ち上がりながら余裕そうな顔で口を挟んできた。

「それよりまず聞かせてくれよ。アンタがこの東ノ宮の王って事でいいのか?」

この言葉の瞬間ナガタは腰に提げていた刀を。そしてイワタは背中に忍ばせていた仕込刀を抜き、両脇から同時にシュウに飛び掛かった。二人の剣先がシュウの喉元に届く一歩手前に差し掛かる。しかしシュウは余裕の表情を崩すことなく二本の剣を素早く抜刀し自分の喉に届くより先に二人の喉に届かせ寸止めをし、二人の動きを止めてみせた。

「ふう、やれやれ。血の気の多い連中だな。ちょっと聞いてみたかっただけなんだがな。」

この光景を見てナツメは小さく舌打ちをした。フードの大男は無言で微動だにしなかった。シュウの近くに座っていた少女たちは途端に驚嘆の声を上げ始めた。

「さすがシュウね!」

「世界最強剣士の名は伊達ではなくてよ!」

「誰にでも出来ることじゃないよ。」

シュウは呆れ顔で三人の少女達の声を聞いていた。

「ったく。まあ、とりあえず二人ともその物騒なもの下ろしてくれませんか?」

「それは貴様もだ。小童。」

その言葉にシュウは少々いらついた面持ちでスダ王の方に目を向けた。スダ王は威圧感のある鋭い目と顔つきで睨んでおりこの目に何故かシュウは自分の底を覗かれているような気分になった。そして気づけば剣を鞘に納めていた。

「イワタ、ナガタも刀を納めろ。今はこんな者達でも働いてもらわなければならん。」

スダ王は小さな溜息を一つつき、さっき言いかけた話をしようとした。しかし、それより先に何故かここで現状に違和感を感じスダ王は改めて周りを見渡した。そして何回か大広間を見渡した後あることに気づいた。アライが誰にも気配を悟られることなく姿を消していた。

「む、アライっ!?アライがいないぞ!」

そう言われて隣で座っていたはずのナツメもようやく気付いた。

「うおっ?!・・・いつの間に・・・。」

スダ王はしばらく目を瞑って辺りの気配を探っていると背中から何かが擦れるような物音がわずかに聞こえてきた。そしてすぐ後ろの床の間の方を振り向くとそこには自分が作った大きな焼き物の壺から人間の手が二本はみ出ていた。そしてその状態から怯えた様子のアライの顔がゆっくりと現れた。

「お・・・終わった・・・・のか?・・・・。」

その様子を見たナガタとイワタは血相を変えてアライに駆け寄り壺から引っ張り出した。

「んあああああ!!アライィ!!!またお前はぁ!!!そして何でよりによってそこに隠れるんだぁぁぁ!!!?」

アライを引っ張り出した後スダ王に向かって無理やり畳に頭を擦り付けさせイワタ達も同様に土下座の体制になった。

「もううううううううしわけありません!!決して!!決してこいつに悪気はないのです!!!!責任なら以前に指導担当だった私にもあります!!ですのでどうか、どうか命だけはぁ!!!」

「私からもお願いしますっ!!!」

「・・い゛・・・お゛。」

アライは二人に畳に押し付けられているのでまともに喋れずにいた。

「ぷっ・・・ふふっ・・・・・わはははははははははははははは!!!」

スダ王はしばらくその様子を眺めていてが突然吹き出し、大きな笑い声を上げた。そしてその後すぐ下座の方に向き直った。

「・・・・・まったく変わらんなぁ貴様は。・・・・お前たちもういいからさっさと元の場所に座れ。早く話をさせろ。」


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