第5話服飾天使メル
「別に気にしなくてもいいと思いますよ。皆さんあの魔王に苦しめられていた事は確かなんですから。」
マキは足を組み直し、教会に来たとされるクレームと請求書の山から適当に一枚抜き取って興味なさそうに眺めている。ルシアはどこからか持ってきた柄物の手ぬぐいをしばらく噛んでいたが、軽く咳払いをした後自分の机の上に姿勢よく座った。
「とにかく、このままだと温厚なシン様でも流石にツッコミを入れてくるかもしれません。報告書はしっかり事実通りに書くように。嘘の内容を少しでも入れてしまったら私もさすがに庇いきれませんからね。」
ルシアはどこか諦めてしまったかのように俯き加減に言った。
「分かりました。」
マキはソファからスッと立ち上がり、軽く会釈をした後部屋から出ようと背を向けた。
「ああ、それと。」
後ろから声を掛けられマキはまた体を向き直した。そうするといつの間にかルシアの足元に何枚も資料が挟んである白色のファイルが置いてあった。ファイルの表には綺麗な楷書で『第六界魔王討伐計画書 第7期』と書かれている。
「次の仕事の資料になっています。浄化の間での検査が終わってから見るように。」
マキはファイルの中を見ずに片手で持ち。嫌そうな顔でルシアを見る。
「検査って、大丈夫ですよ、私。」
「いーえだめです。魔王と戦った後なんですから油断できません。しっかり診てもらってきなさい。・・・体の隅々までね。」
ルシアが若干楽しそうに言ってきたので、マキは小さく溜息をして目線をはずし、顔を下に向けた。
「・・・どら猫。」
「何か言いましたか?」
ルシアが鋭い眼光で睨んできたが臆せず「いいえ。失礼します。」と言い会釈をした後部屋から出ようとした。
「それから。」
また声を掛けられ流石に若干うんざりした表情になりルシアに向き直る。
「何でしょうか。」
「言ってみただけです。」
「・・・。」
マキの顔には若干イラつきが伺えたが言葉に出さず。そのまま何も言わずに部屋を後にした。
マキは大天使達の部屋が並ぶ天上の間から出て、天界の景色を眺めながら自分の部屋までのやたら長い廊下を歩いていた。
現在、竜の森野、鬼の林は天界の最下層で隔離されている。呼び出せない事は分かってはいるのだがこうしてみると天界の不便さというものをマキはより一層感じていた。とにかくこの廊下を渡りきらないと自分の部屋にも浄化の間にも行けないので気を取り直して歩いていると、自分の他に廊下を歩いてくる音が聞こえてきた。少しすると相手の姿が徐々に見えてきた。背中まで伸びた長い金髪を後ろで束ねており、マキと同じミリタリーゴシック調の強いワンピースを着こなした女型の天使がマキに向かって満面の笑顔で手を振りながら真っすぐ歩いてきている。
「マッキーーー!!」
「ふふっ。油性ペンみたいですね。」
マキの苦笑混じりのツッコミに立ち止って少ししまったという様子を見せたが直ぐ気を取り直してまた笑顔で手を振りながら名前を呼んで歩いてきた。
「あ、ごめん。・・・マキ~!」
「はい、メル。」
「えへへ。」
返事が来て嬉しいのかメルはマキの近くに来てもまだニコニコしている。しかしマキが手に持っている白色のファイルを見た瞬間、とても苦いものを食べたような顔になった。
「うぇぇ。もう次の仕事ぉ?マキ働きすぎ!」
相変わらず表情がコロコロ変わるメルにマキは自然と顔がほころびてしまう。
「ええ、仕事ですから。それよりどうしたんですか?もうお互いの着ている服の写真の撮りあいっこはしたと思いますが。」
「そうそう!それで他にも着てほしいのがあるんだ。これもまた自信作でね~。」
マキはこの後起こるであろう出来事を察した。あまり気は乗らないがここの所ずっと任務で下界にいたのでこういう時ぐらいメルに好きにさせようと思った。それにこうして天界に帰ってきても気兼ねなく接してくれるメルの存在は正直有難い思っている。
「いいですけど、変な奴は嫌ですよ。」
「失礼な!今までの奴はどれも傑作だったでしょ?」
「ある意味傑作な奴ならちらほら・・・。」
「まあ期待しててよ!」
「・・・。」
メルは楽しそうな顔でマキの手を引っ張りながらズンズンと歩いていく。その時マキは何かを思い出したようにハッとなり歩く足を止めた。
「そういえば思い出しました。私、浄化の間で体を診てもらわないといけないんでした。」
メルも歩くのを止めて心配そうな顔でマキの顔を見る。
「・・・どこか悪いの?」
「いえ、ですが念のためにちゃんと診てもらえとルシア様に口うるさく言われまして。」
「じゃあ、私が診るよ!」
「・・・はい?」
メルは自身満々な表情で腰に両手を添えている。その様子をマキは疑わしいといった表情で見ている。
「・・・誰が誰をですか?」
「私がマキを!これでも最近天使診療士の訓練も終わってちゃんと資格取れt。」
途中から何を言っているのか分からなくなった。マキはメルには申し訳ないと思いつつ頭を抱えた。
「どこか悪くなっても私におまかせだよ!」
「いや、私最後までこの人と心中すると固く誓った先生がいるので。」
と言いながらマキは早足でメルから離れるように廊下を歩いて行った。しかしメルはいつの間にかマキの腕に先ほどよりも断然強い力で必死にしがみついてきた。
「そんな事言わないで診せてよぉ!私たち相棒でしょ!?バディでしょぉ!?」
「ち、ちょっ!ちょっと!待っ!痛たたたt!離してください!・・・離して!・・・・・・・離せぇ!!」
中々言うことを聞かないメルに自然と語気が強くなってしまう。その後浄化の間に行き自分の部屋に戻れたのは3時間近く後の事だった。
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