家族の恩人

シンエンさま

家族の恩人

 桜の花びらがひらひらと舞い落ち、陽光に照らされ一片ごとの影が美しく作り出されている。男の膝に、小さい彼女の頭が横になっていた。そんな雰囲気の中、二人は互いの心から、恋しい気分になっていた。

「いつか、君と子供を作りたい。君の形をした子供だ。君の美しい顔を持って、君と沢山の思い出を作る子供だ。そして、ともにその子供の世話をする。日々君の美しい顔と向き合おう」

 心の奥底からあふれ出した純粋の愛の言葉を、男はその舞い落ちる花びらの中で、彼女に伝えたのだ。歯が嬉しそうに浮き、その言葉で、深い気持ちを伝えようと、男は彼女に聞かせた。男の愛情が彼女には明瞭で、彼女もそれにこたえるつもりで、心から彼のことを受け入れたのだ。子供が欲しいという気持ちが、彼女の胸のどこかに湧き上がり、男と結婚すると決心して、期待に溢れた心で、彼に答えたのだ。

「はい、私でよければ…」

 まだ恋人関係でしかない二人は、楽しくその昼間を過ごした。


 時は流れ、バレンタインデーが訪れた。男は準備に手を抜かず、なるべく彼女のために至れり尽くせりの思い出を作るように努力した。正式な結婚プロポーズのための至れり尽くせりの準備であった。ミュージックバンドのとさえ関わって、その人たちを現場に誘った。曲はロマンチックなものを弾いてもらい、多くの群衆の視線を身に受ける。膝をつき、ダイヤの指輪を手に持って差し出して、男は彼女に言ったのだ。

「君は俺の宝物だ。そして、最も明るく輝く星なんだ。おれと結婚してくれないか」


 すると、女は泣き笑いした。感動の涙を流しながら、受け入れるように頷いた。それから一か月して、二人は結婚した。

 二人は結婚後に、幸せな時間を共に過ごした。それから時は流れ、夫婦生活の幸せが甘く変化していった。すると、同じ屋根の下で暮らすようになって三か月して、女は妊娠するようになった。とある夜、一日の大変な仕事が終わった。主婦になった彼女は、彼を帰宅を待っていた。給料がきたこの日に、帰り道に、彼は銀行に行った。金を下ろし、そして晩餐のお粥、栄養補助食品など沢山の品を買った。


 電車帰りに、既に重かったビジネス用の手提げを肩で掛けたまま、ビニ—ル袋に包まれた重い物を地面に下ろし、そして鞄からスマホを取り出した。すでに円の形になった白いビニ—ル袋たちに足を囲まれた彼は、電車の中でにやにやと立ち上がって、妻に電話を掛けた。

「今日は物が多いから、動きが鈍くて、戻りがいつもより少々遅れるかも。俺が帰るまで待ってくれ」

 と彼は繋がった電話で彼女に優しい声で囁いた。無論、彼の隣に立っていた人は彼を睨んでいた。そして彼は、

「ごめん、急な用事なので、携帯を使わないと、妻が心配する」

 とその人に向って言った。本を読んでいたその人は無言で頷き、そして、手に持っている本の続きを読んだ。

「切るね、今まだ電車にいるから。それじゃ」

「はい」

 

 彼女は微笑んだ。彼女が心配するのに気づく彼のことに、彼女は感心した。そして、45分ぐらい時間が経った。

「ただいま。今日の夕飯は美味しいお粥だよ。子供に沢山栄養を与えないと」

 ドアを開ける音、そして靴を脱ぐ音を立てながら、彼の声が聞こえた。ビニール袋からガサガサと音が無論最も大きかった。

 汗まみれでビジネス用のスーツを着たまま、優しく「お帰り」といったばかりの彼女の腹に、彼は手を当て、彼女の動きを止めた。そしてゆっくりとそこを愛撫した。

「よしよし」

 と彼女の腹を撫しながら、彼はそう言って、そして彼女へと目が合い、彼の口元に笑みが浮かんだ。子供を愛する彼の温かい気持ちが伝わった。その気持ちに対し、安心感と安定感が感じた。これで、家庭暴力の心配などはもはやないと確信できたからである。

 疲れた彼のために、まだ体が快適に動ける彼女は、電話を受けたときに、お風呂に入るお湯など家事の支度を整えた。彼はそのまま、お風呂に入った。その中で、浴槽に浸り、疲れた体を癒した。そして天井に仰向いたまま、これから子供が生まれてからの幸せを妄想しながら、独り言で「いいなぁ」と呟いていた。

 お風呂を上がったら、彼は彼女を横に、ぐっすりと寝たのである。いい夢を見て、朝に起きると、元気に仕事に出る。その続きの日々もそうであった。


 ところが、時は流れ、赤ん坊は生まれた。生まれたままの泣き虫、そしてそれからの何か月で、夜も朝も昼も、時に大きく、時に小さく、赤ん坊はいつも泣いていた。そんなある週末の朝、子供を慰めるための徹夜で、その疲れを感じた彼は、彼女とこの子供の止めづらい泣哭について話していた。

「うるさい。こいつって、子供って皆こんな感じなの」

「そうだよ、貴方の子供だ。貴方に似ているし」

「俺に似ているものか。俺が赤ん坊のころあまり泣いてなかったんだぞ」


 ふざけるつもりで言ったわけだが、彼は少々悩んでいた。近所にも迷惑をかけた。なんせ、よく近所の子供たちの勉強への邪魔にもなったからである。

「とりあえず、この泣き虫はなんとかしないと。近所の迷惑にもなったし」

 と言いつつも、二人はその解決の方法が見つからず、その次の一年も同じく困っていた。無論日々の泣く回数は時間が過ぎるにつれ、少なくなったが、この赤ん坊はどうやら大器晩成であった。彼がそのことを知ったきっかけは、大体同じころに生まれた、妻の友達の赤ん坊に比べてからであった。妻の友達の赤ん坊は、生まれて5か月で、すでに泣かなくなった。

 その事実を知っている彼と彼女は少々心配になった。もしかしたら大人になってもこのままなのかと不安が過る。その上、その子供のことが苛立たしく感じた。


 ちなみに、この一年間の間に、このような出来事もあった。


 もうすぐ家を出て、仕事に行く時間であった。なんとなく泣き出した赤ん坊はそのままアラーム音よりも効果的で、一時間前から彼を起こしたのである。彼は子供が泣き止むまで子供を撫でた。おしゃぶりを加えても、赤ん坊はそのまま口から外して泣き続けるから、しょうがなくなでるしかなかった。なんせ、彼の赤ん坊は撫でられることで泣き止むことが最も効果的だと彼は気付いたからである。

 そして泣き続けることは、台所から彼女が朝飯を作る鍋からの音が聞こえるので、赤ん坊はその音で泣き出したかもしれなかった。だが彼がいる間には、彼女は家事をしながら、子供の面倒を見ることができた。彼女を愛する彼は、そのため、近所に迷惑をかける子供の面倒を見る事と飯づくりがスムーズに行けるよう、コンビとして彼女と役割を決め、飯づくりが下手なせいで、それを彼女に任せた。


 ようやく泣き止んだ赤ん坊はぐっすりと眠った。セーフだと思い、こっそりと音を立てずに部屋を出て、パジャマから仕事用の衣装に彼は変えた。小さな家で音がどの部屋にも届きやすい事を意識しながら、食べ終わったご飯の皿もゆっくりとテーブルから取り上げ、朝飯のベーコンとチーズを食べ終わった彼は、ゆっくりと家を出るドアまで足を運んだ。靴も手に取ったまま歩いていたのである。すべての行動は慎重に、そして音をできるだけ立てないように済ませた。

 しかし、ちょうど外へゴミを捨てに行った彼女は彼より先に家を出ていた。5分間以内にもどるはずだが、彼が出たとたんに、赤ん坊が泣き出した。いつもなら、彼女がすぐ帰ってくるはずだし、それに子供はそれまでには泣かなかった。だからといって、今日はそううまくいかなかった。


 家の外に出た彼女は、なぜか長く時間をかけた。その後わかったのは、ちょうど、エレベーターに故障があったらしい。その時、14階に住んでいた彼は、彼女を待つしかなかった。階段に上る彼女はもともと一階まで行く必要はなかったが、どうやら今日ゴミ箱はすべて一階に移された。より大きく、自動的な新しいゴミ箱が設置される予定だったらしい。そのまま一階に行った彼女は、下りるときに故障のないエレベーターに乗ったが、上がる時にすべてのエレベーターが使えなくなった。停電だそうである。そのため、階段で14階に上るしか家に戻る方法がなかった。

 普段あまり運動しない彼女は足が遅く、そのまま時間をかけてしまった。やっと14階

に着いたら、彼女は足を速めた。何しろ、子供の泣き声が隣の家何個も隔てた階段のあたりから聞こえたからである。

 焦りながら、待ちに待った彼は、子供を慰め、家を出ることができなかった。そしてようやく彼女が戻ってくるのに気付いたら、彼はすでに電車に乗る時間を遅れた。そのまま仕事に行ったときに、上司にも言われ、その日は極残酷であった。


 子供を慰めること、それと、いろいろ子供の面倒を見ることが、二人はだんだん嫌だと感じた。

 彼女も無論いろいろ語り切れない事を沢山経験したわけだが、その後、二人の記憶にいつでも鮮明に残る出来事がその一年の間に、まだ一つあった。


 とある週末、彼女がおかずの調理中で、台所に赤ん坊用のベッドに寝そべった横にいた子供が泣き叫んでいた。どうやら赤ん坊に新しいおむつに当てたばかりなのに、勝手に糞を漏らして泣き出したらしい。

 それに気付いた彼女は、トイレに入ったばかりの彼を台所から大きい声で呼び寄せた。


「ちいちゃんが大変よ、俊介、速くきて」


 その声を聞いたばかりの時に、彼はちょうどズボンを脱ぎ、便座に座ったばかりの状態であった。腹が痛く、便座を使わないといけない彼は、明らかに赤ん坊より大変であったのに、そのままトイレを急いで出て、そして台所まで行った。

 ただ子供のおむつを変えるための呼び寄せであったが、彼は如何せん、腹の痛みを感じながらも、妻の要求に応え、赤ん坊に新しいおむつを当てるしかできなかった。それは、近所の人たちに言われる前に、その泣き声をなんとかして抑えたいと思っていたからである。それに、その時に、丁度ご飯調理中の彼女はその場を離れるわけにはいかず、彼がやらなければ、その泣き声は止まらない。

 その用事を済ませたら、彼はほっと息を漏らした。それから、痛みに耐えられなかった彼は腰を落としたまま、腹を手で押さえながらトイレに戻った。

「もう漏れる。我慢できん。いらつくなぁ!もう子供って災害よりも酷いわ、いずれ徹夜で突然死といっても過言じゃないだろう」

 とぶつぶつと呟きながら、便座を使っていた。そのことで、彼は自分のことをより大切にしなければならないと決意した。赤ん坊の泣哭のためだけでは、自分の体にも影響を与えるのを心配していたのかもしれなかった。だが、それ以前に、赤ん坊がいる前にあった二人だけの人生に戻りたかったのである。


 ところが、その一年後、赤ん坊は二歳になった。ある日、彼は仕事帰りで、お風呂を上がったらすぐに寝た。彼女もそうであった。普段テレビやニュースを見てから寝るはずの二人は、その一か月で様々な事で忙しくなって、毎日テレビを見なくなった。近所の人たちと普段話すことも、完全になくなった。子供が物心がつく前に、彼女は父親と母親の住む家によく訪ね、年を取った親たちが病気になって、その面倒をみていた。そこで、彼女は家に戻ると時間が遅くなり、彼のために飯づくりなど済ませたら、へとへとに疲れる。彼は仕事の業務が多く、手に負えないほど残業が多かった。その忙しさがそれほど暇をなくしたかもしれなかった。

 深夜であった。静かに眠っていた赤ん坊は突然小さな声で泣き出した。赤ん坊はすでに眠る中であまり泣かなくなったころである。

「ねー、貴方が行ってよ。私今日家事が多かったから、俊介、お願い」


 眠そうな目が少ししか開けなかった。深夜の暗闇の中で、彼は電気をつけるスイッチに手でなんとなく模索。時折物に足指がぶつかったりして、痛みで目が少々覚めたのである。そして、眠気のせいで、まだ少々酔っぱらったような気分で、彼は震えながら、子供の部屋に行った。  

 おむつに異常なし、周りに音もなく、完全に静かで、風も窓辺から吹き込んでいない。その状況の中で、赤ん坊を起こす理由がどこにもなかったはずであるが、彼はとにかくその違和感を感じて、部屋の様子を看視していた。

 何か理由でもあるのかと頭の奥で考えながら、彼は手が赤ん坊の頭に当てながら、赤ん坊になでなでをしていた。だが、赤ん坊の泣き声がだんだん激しくなった。


 突然なことに、天井から何かが落ち、彼の頭に当たったのである。

「なんだこれ」

 見上げたら、天井に何かが裂け目が見えた。そして目を擦って、ちゃんと周りのものを見てみると、自分が酔っぱらったと思っていた彼は、だんだん状況を理解したのである。周りの物が激しい揺れで動いているのを目にし、彼は回りの変な様子に気付いた。しかも、眠気から覚めた彼は、だんだん足元に感じた揺れが激しくなった。

「洋子!!!まずい。本当にやばいよ、これ。起きろ!!今すぐだ!!」

 と喉がかすれるまで、彼は一所懸命に叫び出した。泣き声の激しい赤ん坊を胸に抱き上げ、一手で赤ん坊を抱えた。そのまま、彼女の寝ていた部屋にまで彼は素早く走り出した。そして、彼は彼女の手を引っ張り、彼女を起こしたのである。眠っていた彼女は突入した彼のことに気づいた。

「なによ?今更」


 疲れと眠気で彼女の六感が鈍く、目を少し開いたまま、ぼんやりとした風景に目を付けた。そしてだんだん彼女は気づいた。

「地震だ!!!揺れが強い!!この家は倒れる!!速く逃げよう!!」

「本当だ。大変」

 二人は走り出し、彼の財布とスマホだけ持ったまま、家を出て、そして階段に素早く下りた。その走りで、赤ん坊とともにアパートを安全に出ることができた。その後、避難所に二人は安全にたどり着くことができた。

 アパートはその後、古いせいで倒れ、二人はしばらくの間、新しい家を見つけるまで避難所に暮らしていた。

「ね、どうしてわかったの」

「いいや、こいつのおかげだ」

「どういうこと?」

「こいつって、すごく敏感だ。いろいろな事に怖がり、突然泣き出す。か弱い体で自分を守ろうとする叫びで思いを伝えた。彼女が気づいたんだよ、地震が起こったって」

「へー!!」

「俺らの命を拾った恩人だ」

「そうね」

「よく考えれば、子供は言葉が話せなくて、唯一の思いの伝え方は泣き声だ」

 夫婦二人にその真理にたどり着かせたのは、この出来事であった。そしてほかならぬこの赤ん坊であった。


 赤ん坊のことを嫌がり、赤ん坊がいない生活のペースに生活を調整しようとしていた夫婦二人は、後悔した。

 赤ん坊は物事に敏感であり、その敏感さは泣き声にしかならない。なぜなら言葉のできない赤ん坊は、叫び声という一つの思いを伝えるしゃべり方しかできないからだ。回りの物事に対して大人以上の敏感さを持っていながらも、その制限で大人にうるさく思われる。


 二人は反省し、子供をより愛するようになった。そして夫婦は夫婦らしく振舞う必要があるとわかったのである。

 赤ん坊が苛立たしいことを忘れるために、残業に浸った彼はその仕事に対する熱心を、赤ん坊に向けたのである。なぜなら、今までの仕事にいくら熱心でやっていっても、その赤ん坊がいなければ、とっくに地震で命をなくしたからである。そして二人は自分と他人よりも、赤ん坊を大切にしたのである。それ以来、赤ん坊とその泣き声を受け入れ、赤ん坊を優先に愛するマインドセットで二人は生活を送っていった。

「もし振り返ったら、きっと私たちの事をいい親だと思わせたいね」

「素敵な子供になってゆけ」


 避難所で二人は子供を抱擁し、避難所という狭い空間に、互いに向って言った。その苦しみを気にせず、命を拾われたことで、感謝の気持ちも含め、赤ん坊のためにどのような困難でも耐えられるようになった。まだ物心がついていない赤ん坊は、とにかく泣いていた。

 その後、彼と彼女は、赤ん坊とともに、幸せな三人家族で生活を送っていった。年を取って振り返る時、いつでも大人になった赤ん坊の泣き止まない頃を思い出していた。鮮明に残る命拾いの一夜、あの時のことが今まで、その風景を常に思い出してならなかった。

 

 二人はあの出来事で悟ったのである。


 赤ん坊は人間である。そして、うんざりとなっても、愛するべき家族である。

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