13-12.5-03 腰みのフィーバー
「はー、はー……、死ぬかと思った……」
うっすらと雪の積もる砂浜に投げ捨てられ、わたしは涙目になりながら息を切らせていた。首が絞まりそうだったし、手足は宙ぶらりんだったし、下は極寒の海だったし。隣に降り立ったメイド服に向かって頬を膨らませる。
オオタカが全然気にしていない様子で、なにげなく辺りを見回した。
「はぁー……。トキ、どこにいるんだろう?」
注意しても聞く耳を持たないだろうと諦めて、わたしも立ち上がり、周囲を見回す。
ここは砂浜で、すぐ隣はうっそうとした森が広がっている。風で木々の擦れる音が響くけど、あとはなんの鳴き声もしない。道なんてなくて、入っていくには勇気がいる。
「ねぇ、オオタカ? ここまで来たんだし、一緒にトキを探しに行かない?」
「断る」
「そんなこと言わないで。猛獣とか出てきたらどうするの?」
「出るわけないだろ。バカか」
「バカって言わないでーっ!」
手をぶんぶん振って抗議する。
と、オオタカがなにかに気づいたのか、森のほうへ視線を送り、目をすがめた。
わたしもそっちのほうを見る。
ガサガサと音がしたかと思えば、前方にある枝葉が揺れだした。
次の瞬間。
「タァァァァアアアアアアアアアアーーーーーーーー!!」
絶叫とともに現れたのは、上半身裸で腰みのをつけた、ト、トキっ!?
「タァー! タァータァー! タタタータァ、タァータタァー!!」
腰を揺らし、翼を開閉させながら、まるでどこかの民族舞踊のように踊り狂う。ほぼ裸の格好が野生の血を思い出させたのか、日本語を忘れてしまったようだ。というか、鳥のトキも、こんな鳴き方しないと思うんだけど……。
「タァァァァアアアアアアアアアアアアーーーーーーーー!!」
なんて呆気にとられて見ていたら、トキが両手を挙げながら襲いかかってくる!?
「きゃぁぁぁあああああああああああ!?」
こんなのいつものトキじゃない! わたしは思わず腕をかざして悲鳴をあげた。
その刹那、前にメイド服がやってくる。ワァオ! 見ると、後ろは翼を出すためにぱっくりと腰まで開いて背中が露出している。そんなセクシーな服を翻しながら、オオタカが飛びかかってくるトキに華麗な回し蹴りをきめた。
「タァァァァアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーー!?!?」
蹴り飛ばされたトキは砂浜の上を勢いよく転がっていく。海辺の岩にガンッとぶつかって、そのまま動かなくなった。
「オオタカ!? なんで蹴っちゃうんですか!?」
「蹴りたくさせたのはあいつだ」
「そんな言い訳しちゃダメ!」
相変わらず他人のせいにしてばかりのオオタカに注意を入れて、わたしはトキのそばへと近づいた。五歩ほど距離を置きながら、様子を窺う。
「うぅ…………、う~ん………………。……はっ」
目を回しながら唸っていたトキが、意識を取り戻し、自分の姿を確認する。
「俺はなぜこんな姿でここに……? そうか、あいつらに連れられて……」
「ト、トキ? 大丈夫ですか?」
いちおう日本語が話せるようになったみたい。わたしは恐る恐る声を掛けた。
トキが顔を上げる。わたしの姿を見て、ボンッと顔から蒸気が噴き出した。
「な、なな!? なぜここに!? ……み、見るな! 今の俺を見るなーっ!」
顔を真っ赤に染めながら、腕を組んで胸を隠し、その場に縮こまる。
そういえばトキ、水着姿を見られるのも恥ずかしくて苦手だったね。
わたしはさらに五歩ほど身を引きつつ、なんでもないふうに優しく声を掛ける。
「お、落ち着いてくださいトキ! このマフラー貸してあげますから!」
以前プレゼントしてくれた薄紅色のマフラーをトキに渡す。トキはそれを肩にゆったりと掛けて胸もとを隠し、なんとか落ち着いたらしい。立ち上がり、大きな息をひとつ吐いて、まだほんのりと色づいた顔をわたしへと向ける。
「すまない、なな。助かった」
「助けたかはよくわかんないですけど、いつものトキに戻ってよかったです」
マフラーに腰みのという外見は正直変だけれども仕方ない。大事なのは中身だ。
「それで、トキはどうしてそんな格好でここにいるんですか?」
「それは――」
トキはここに来た経緯をかくかくしかじかと話し始めた。
「……なるほど。つまり、今日の朝、トキが寝ていたところに黒ずくめの怪しい三羽が現れて、無理やりここまで連れてこられたんですね?」
「あぁ、そうだ。気がついたら、身ぐるみを剥がされて、この島にいたんだ」
話をまとめてみると、トキはこくりと頷いて、言葉を続ける。
「黒ずくめの一羽が言っていた。これは『順化特訓~無人島サバイバル編~』だと。だから仕方なく、まずは腰みのを作り、小さな虫を食べてなんとか生き延びていたんだ」
「そ、そうだったんですね……」
トキが腰みのになったのも、タァーしか言わなくなったのも、全部黒ずくめの鳥たちのせいだったのね。あとでしっかりお説教しないと。
そう思いつつ、わたしは首を傾げて訊いてみた。
「でもトキ? トキは鳥なんですから、すぐに飛んで帰れますよね?」
よくマンガとかで、無人島に流れ着いて助けが来るまでサバイバルしていましたという展開があるけど、トキは鳥。翼があるから、島なんてすぐに脱出できるだろう。
「それが、できないらしいんだ」
「できないらしいって、どうして?」
わたしが訊き返すと、トキが真顔で話し始める。
「黒ずくめの一羽が言っていた。この島の周囲には海の主の大ドジョウがいると。もしも安易に空を飛んで脱出しようとすれば、そのドジョウに見つかり、ガブリとやられてしまうらしい。だから夜にならなければ家には帰れないと」
わたしは目が点になって固まってしまった。
ツッコもうとする前に、トキがわたしを見ながらハッとなにかに気づく。
「ななたちは、どうして大ドジョウに襲われなかったんだ!?」
「トキ! それ絶対に嘘ですから!!」
「な……、なにぃ!?」
今度はトキの目が点になって、固まってしまう。
「だいたい、ドジョウは川の魚で海にはいませんよ。そもそも大ドジョウがいるならこの島にどうやって来られたんですか!?」
「そ、そうか……。てっきり、オオタカが護衛でもしていたのかと……」
「おれに話を振るな」
後ろで羽繕いをしていたオオタカが冷たくツッコミをいれる。
ところでトキ、メイド服を見ても驚かないね。たかさんと同じで、もう見慣れている光景なのかな。
オオタカが翼を開き、わたしたちを横目で見ながら呆れ顔で口を開く。
「あとはそいつに送ってもらえ。おれは行く」
「えっ、オオタカ!?」
言うや否や、地を蹴って空へ飛び立つ。フリルのついた長い裾をなびかせながら、あっという間にたかさんの家のほうへ飛んでいってしまった。
「はぁ……。わたしたちも行きましょう、トキ?」
ここにいる理由なんてないし、早くトキに服を着せてあげたい。
けれどもトキはどこか不安そうな顔をして、お腹に手を当てる。
「すまない、なな。すぐに帰りたいのは俺も同じだが、腹が減って力が出ないんだ。もう少し食べ物を探してくる」
「あっ、それなら、いいのがありますよ?」
「ん?」
トキが首を傾げる。わたしは今日が何の日か思い出して口もとをほころばせながら、持っていた紙袋の中へ手を入れた。
「はい、トキ」
ピンクの風呂敷に包まれた四角い箱を渡す。
トキはそれを受け取ると、正座をして膝の上に置き、まるでお弁当を食べる時のように風呂敷をほどいて広げた。中からでてきた透明なタッパーを見た途端、感嘆の声をあげる。
「これはっ!?」
「そ、その……、今日は、バレンタインっていう、女の子が好きな男の子にチョコをプレゼントする日なんです。でもトキ、鳥だからチョコは食べられないでしょ? だから、代わりに……」
「それでミミズをこんなに!?」
トキの目がどんどんと輝きを増していく。
一方のわたしはどんどんとその場から遠ざかり、必死に目をそらしていた。
「本当は、トキの一番好きなドジョウをプレゼントしたかったんですけど、この時期だとなかなか見つからなくて……」
「いや、これもご馳走だ。こんなにたくさん……大変だったろう?」
「い、いえっ! ちょっと裏庭を掘って、捕まえただけですから……」
本当のことを言うと、一週間くらいかけて裏庭を穴だらけにして捕まえたミミズだった。真冬に一人、スコップ片手に掘りながら、見つけるたびに悲鳴をあげていた。思い出しただけで鳥肌が立ってしまう。
それでも。トキは頬を染め、口の端からよだれが出そうになるほどタッパーを眺めている。そんな嬉しそうな表情を見ていたら、やっぱり、苦心して捕まえて良かったと思う。
「ささっ、トキ? わたしはあっち向いてますから、早く食べちゃってください?」
「あぁ。もったいないが、ありがたくいただくとする」
そう言って、トキは優しく細めた目をわたしへと向ける。頬の染まった幸せそうな表情に、きゅんと胸がときめく。
でもその直後、その顔の下にある手が躊躇なくタッパーのふたを開けた。露わになる五匹のミミズ。
わたしはとっさに百八十度回転した。トキの優しい笑顔がうにょうにょとうごめくミミズに侵食されないよう、海のほうをのんびりと眺めて気分を紛らわせようとした。
と、その時。
「ちょぉぉぉっっっっっと、まぁっっっっったぁぁあああああああああ!!」
式場に響くがごとく雄叫びが聞こえた。
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