13-12.5-02 ドキドキ! バレンタインデー

 二月十四日。バレンタインデー。

 今日は、女の子が好きな男の子にチョコレートを渡す日。いつもはゆうちゃんと友チョコを交換する程度だったけど、今日のバレンタインは特別。

 だって、わたしにも好きなひとができたんだから。

 ……まぁ、人じゃなくて、鳥だけどね。


「トキ、いるかなー?」


 学校から帰ったわたしは、いったん家に寄ってプレゼントを持ってからミサゴさんの家へと向かっていた。

 坂の手前までやってきて、ミサゴさんの家を見上げる。今トキはあそこで、カーくんやカワセミくんたちとともに、野生に帰っても生きていけるための特訓を泊まりがけでしている。


「来てみたはいいけど、どうしよう? ミサゴさんからは『人慣れしたらあかん』って出禁にされてるんだよね……。トキ、タイミング良く出てこないかな?」


 なんて独り言を零しながら、紙袋を抱えてミサゴさんの家をキョロキョロと見回す。車は停められているけど、雨戸は全部閉まっていて静かだ。留守なのかな?

 と、疑問に思いながら坂を上り始めようとした時。


「やぁ、田浜さん。こんにちは」

「あっ、たかさん。こんにちは!」


 後ろから車がやってきて、すぐ隣の家に停まる。窓から顔を出したたかさんと挨拶を交わした。


「美砂君に会いに来たのかい?」

「あっ、は、はい。たかさんは、今日はどうしてここに?」


 わたしはまだトキたちのことを話していない。軽くごまかして、話題を変えた。

 たかさんは車から降りて、バックドアを開ける。中に詰まれていたのは、大量のレンガや堆肥袋。


「今日は庭に花壇を作ろうと思ってね。さっきホームセンターで買ってきたんだよ」

「へぇー! いいですね!」


 でも、これだけのレンガや土を運ぶのは、一人じゃあ大変そうだ。「わたしもお手伝いしましょうか?」と言いたいところだけど、今日は大事な予定があるんだよね。

 わたしの気持ちを察したのか、たかさんは朗らかな笑みを浮かべ、言葉を返した。


「大丈夫だよ。僕一人じゃないから。たぶん」


 たぶん? 首を傾げるわたしを横目に、たかさんは親指と人差し指で輪っかを作り、それを口にくわえて「ぴゅー」と小気味良い音を鳴らした。

 まさか口笛で助っ人を呼ぶのかな? わくわくしていたけど、辺りはしんと静まり返り、なにも起こらない。


「まぁ、僕じゃあ無理なんだけどね」


 たかさんがこっちを見て、恥ずかしそうに頬を掻く。たかさんってこんな冗談も言うんだと、わたしも笑みを浮かべた。


 と、その時。


「しずくの真似をするな」


 バサリッ。と、わたしの背後で羽音が鳴った。

 振り返ると、頭上から人影が舞い降りた。黒と白の長いスカートがふわりと広がり、立ち上がるとフリルのついた裾がすぼまって揺れる。胸もとには大きくて黒いリボンがひとつ。

 一瞬、どこの可愛い女の子かと思ったけど、横斑の入った白い翼と、不機嫌そうな切り目は……。


「オ、オオタカぁっ!?」

「うるさい黙れ」


 この冷たいツッコミ、間違いない。

 目の前に、メイド服を着たオオタカがやってきた。


「オオタカ君。その言葉づかいは良くないよ」


 たかさんがたしなめると、オオタカはふいっとあらぬほうを向いた。

 って、いやいや、たかさん!? オオタカが鳥だというのは前から知っていたみたいだけど。なんでこのメイドスタイルに動揺しないんですか!?


「悪いけど、ちょっと手伝ってくれないかな?」

「…………」


 オオタカがこっちを見て、リボンを揺らしながら腕を組んで嫌そうな顔をする。


「花壇を作るから、車の中にあるレンガや土をこっちに運んでほしいんだ」

「…………」

「しずくが見たら、きっと喜ぶと思うんだけど」


 最後の一押しで、オオタカが折れたように息を吐く。すたすたと車の後ろまで行って、なにも言わずにレンガを抱え、指定された場所へ運んでいく。

 オオタカが他人の言うことを聞くなんて。しずくさんのお父さんだから、逆らえないのかな。

 って、そんなことよりも! ひらひらと揺れるリボンやスカートを見ながら、わたしはたかさんに訊いた。


「あ、あの、たかさん。あの服って……?」

「あぁ。あれは、美砂君に頼まれて、僕が持ってきたものだよ」

「ミ、ミサゴさんが!?」


 驚きのあまり、声が裏返ってしまった。

 ミサゴさんにそんな趣味が……って、信じたくない!


「その、話せば長くなるんだけど――」


 突然首を振り出したわたしを不審に思ってか、たかさんは詳しい話をしてくれた。


 オオタカは狩りをして食事を済ませると、いつも服が汚れてしまうらしい。それで服を洗わせている間に、別の部屋着をミサゴさんから与えられていたそうだ。これが全然気に入らないものばかりだから、いつも着終わるとボロボロに裂いて捨てていたらしい。我慢できなくなったミサゴさんがたかさんに相談したところ、しずくさんの部屋から、以前使っていたらしい服を何着が持ってきてくれたという。それをオオタカに見せたところ、選んだのが、今来ている服だそうだ。


「ってことは、つまり……」


 わたしは首を捻り、視線を移した。

 黙々と作業をしていたオオタカが、こっちを向いて一言。


「しずくの家ではいつもこれを着せられていた」


 なんてもの着せていたんですか、しずくさんーっ!?


 オオタカは恥ずかしがることもなく、堂々と裾のフリルを揺らしている。

 ミサゴさんのあげた部屋着は気に入らないのに、メイド服を着ることに抵抗はないんだ。しずくさんはいったいどうやってこの服を気に入らせたんだろう。


 そうこうしているうちに、車からの荷下ろしが済んだようで、オオタカが無言でたかさんを睨む。


「ありがとうオオタカ君。次はレンガを並べて土を盛るんだけど、ちょっと待ってね。今、図面を持ってくるから」


 たかさんは慣れたように言って、家の中へと入っていってしまった。


 ふたりきりになって、わたしはここに来た目的を思い出す。衝撃的な出来事に呆然としてしまったけど、今日はトキに会いに来たんだった。オオタカのそばへ言って、こっそり訊いてみる。


「ねぇ、今トキってミサゴさんの家にいる?」

「あいつらならいない」

「じゃあ、どこにいるの?」


 オオタカは横を向き、あごでクイッと海のほうを指した。見えるのは、海の上にぽつんと浮かぶ小さな島。


「もしかして、あそこの島?」


 オオタカがわたしのほうへ向き直り、こくりと頷いた。

 こんもりと木々の茂った小島。おそらく無人島だろう。もちろんわたしは行ったことない。あんな島で、トキはいったいなにをしているんだろう?


「いつ帰ってくるかわかる?」

「知らん」

「それじゃあオオタカ。わたしをあの島に連れて行ってくれない? どうしても今日、トキに渡したい物があるの」


 両手を合わせてお願いした。オオタカなら五分もかからずにわたしを抱いてあそこまで飛んでいけるだろう。

 オオタカが嫌そうに顔をしかめた。たかさんと違って、わたしの言うことはタダでは聞いてくれないかな。だったら。


「実はこの前、しずくさんのお見舞いに行ってきたんだよねー」


 わざとらしく独り言を言って、わたしはオオタカの顔をちらと窺った。

 しずくさんの意識が戻ってからもう一ヶ月。今は病院を退院して、たかさんが現在住んでいる家で暮らしている。わたしがお見舞いに行った時は元気そうな様子だったけど、まだ精神的に安定しないことがあるらしく、オオタカはたかさんの判断でしずくさんと会うのを止められているそうだ。


「お願い! 後で、その時に撮ったしずくさんの写真見せてあげるから!」


 わたしはオオタカに詰め寄り、下から見上げるようにして懇願した。

 狙いどおり、ひそめていた片眉がピクリと動く。橙色の瞳をわたしからそらし、大げさなため息を吐いた。


「その顔はやめろ。しずくを思い出す……」


 小さくなにかぼやいたかと思えば、不意にコートの後ろ襟を掴まれた。


「へっ?」


 オオタカが地面を蹴り、空へ飛び立つ。と同時にわたしの足も地面から離れる。後ろ襟だけを掴まれたまま、島へと運ばれていく。


「ちょっ、ちょっと待って!? この姿勢は怖い苦しい辛い! 前みたいにお姫様だっこー、」

「うるさい黙れ」


 慌てふためくわたしの言葉を一刀両断して、オオタカは小島へと風を切って飛んでいく。

 たかさんが図面を持ってだれもいない裏庭に戻ってきたのは、少し経ってからだった。

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