10.5-09 再会

 その日の午後。

 たかさんとミサゴとオオタカは、車で一時間かけて病院へと行った。


 個室のカーテンを開けると、ベッドの上で一人の女性が横たわっていた。長い髪がきれいに整えられて、シーツの上に広がっている。点滴が繋がれており、単調な機械音が部屋を満たしていた。


「しずく!」


 空しい音に包まれていた部屋を、叫び声がかき乱す。オオタカが彼女の姿を見た途端、たかさんやミサゴを押し退けてベッドへ駆け寄った。眠っているしずくの肩をつかみ、揺さぶり出す。


「しずく! しずく、しずく、しずく!」


 何度揺すっても、閉じた目が開くことはない。


「オオタカ! やめろや!」


 ミサゴがその行動をたしなめた。無理やりにでも引き離そうとした時、たかさんが前へ歩み出る。


「乱暴しないでほしい。大丈夫。眠っているだけだから」


 オオタカの隣に立って、落ち着いた声で言った。

 オオタカは手を離すと、「騙したな」と言いたそうな目つきでたかさんを睨む。


「身体の怪我は、もう治ったんだ。でも、あの時からずっと目を覚まさなくてね。だから君のもとへも行けなかったんだよ」


 たかさんはしずくの頭にそっと触れ、乱れた髪を直しながら言った。

 オオタカの手が、強く握りしめられる。


「こんな動かないもの、しずくではない!」

「おい! オオタカ!」


 ベッドの足もとに立っているミサゴが怒声をあげる。不謹慎な発言をするオオタカを、今すぐ部屋から追い出したい気に駆られる。

 しかし、たかさんの目がミサゴを制した。再びしずくへと視線を向け、掛けられている布団の下へ手を入れて、彼女の腕を出す。


「優しく触ってごらん?」


 そう言って、しずくの右手を、手のひらを上にしてベッドの上に置いた。

 オオタカは戸惑ったようにたかさんを睨んだ。それから置かれた手へ視線を落とし、爪が当たらないよう、ゆっくりと触れた。


 その瞬間、オオタカの目が丸く見開く。肩が小さく震え出す。


「温かいだろう? この温かさが、しずくが生きている証拠だよ」


 たかさんの話を聞いているのかわからない。オオタカは黙って、目を閉じたままのしずくを見つめる。指をからませて握る。そして糸が切れたように、その場でひざまずいた。


「こんなもの……しずくでは……ない」


 両方の手が、彼女の右手を包み込む。それをひたいに当てて、俯いた。


「しずく……しずく……」


 何度も何度も、求めるように、足掻くように、震えた声を繰り返す。

 たかさんは何も言わず、そっと立ち上がり、その場を離れた。


「しばらく、ふたりきりにさせてあげようか?」


 耳打ちされた言葉に、ミサゴは不安そうな顔を向けた。


「けど……」

「大丈夫。なにかあったら、すぐに知らせが来るよ」


 たかさんはそう言って、ふたりの姿を見つめた。

 

 ミサゴも、しずくとオオタカの姿を見た。すると、自分でもわからない違和感に襲われた。先ほどまで、オオタカがなにかしでかさないかと警戒してばかりだった。だが、改めてしずくという女性の顔を見て、既視感が芽生えた。


 視線を彼女の手へと移す。オオタカの握る隙間から、傷の跡が見えた。


 ――あれは……。


「美砂君?」


 我に返ると、たかさんはすでに部屋の戸を開けていた。ミサゴは返事をして歩き出した。

 病室を出ようとして、振り返る。

 オオタカがうわごとのように名前を繰り返している。しずくという女性の右手の甲には、古傷の跡が、確かにあった。

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