13-11 最後の一

 ツッコミに疲れた。いったん深呼吸して、状況をおさらいしてみる。

 それぞれの得点は、カワセミくんとミサゴさんとオオタカが三点、カーくんが一点、そしてトキが〇点となっている。

 トキ……、クイズでも弱すぎる。早押しについていけないのかな。いや、あの様子だと、わたしの鳥レクチャーを全然覚えていないみたい。


「もうお前らに勝機はないやろ? あきらめたらどうや?」

「うるせぇ猛禽もうきん野郎! まだ終わってねぇぞ!」


 ミサゴさんの挑発に、カーくんが歯をきだして威嚇する。

 ちょっと考えれば、得点的にもう追いつけないのは明らかなんだけどね。


「あと、一問」


 それでもトキは、ミサゴさんやカーくんの言葉を気にせず、気持ちを切り替えるように首を左右に振った。ボタンに手を添え、やや前屈みになって集中する。

 わたしを一生懸命に見つめるその表情は、まだ諦めていなかった。


「第十問……」


 だからわたしも、諦めない。

 トキを信じて、けに出る!


「最後はボーナス問題! これに正解すれば百点獲得だよ!」


 その言葉に、トキのひとみが大きく見開いて輝きを増した。


「ひゃ、百点!? ってことは、これを当てれば勝てるんだな!」

「なな……、それってズルくない?」

「今までのクイズはなんやったんや……? てか、さっきのサービス問題ちゅうのもなんやったんや……?」


 カーくんもパァーッと顔を明るくして喜ぶ。一方、カワセミくんとミサゴさんは半目になって小言をつぶやく。


「いいんです! この問題だけは、絶対に答えてほしいからっ!」


 ちなみにオオタカはあきれたような飽きたような顔をして、あらぬ方向を見ていた。

 わたしは右手の人差し指を天へと突き出し、最後の問題を叫ぶ。


『ずばり! わたしの好きな鳥は、なに?』


 ……。

 …………。

 ……………………。


 さっきまですぐライトが点いていたのに。だれも押さない。なんの音もしない。


「な、なな……」


 静かすぎる空気を最初に震わせるのは、いつもカーくん。


「ひでぇだろ、その問題! なんだよ! 答えなきゃ勝てねぇけど、答えたら認めちまうじゃねぇかー!!」


 顔を真っ赤にして頭をきむしり、ガァガァとわめきだす。


 バンッ!


 その時、激しくボタンをたたく音が響いた。

 ライトが点いたのは、白。


「落ち着いて考えてみぃ。お嬢ちゃんは、『好きな鳥は、なに?』言うたんや。つがい対象やなくて、単に自分の好きな鳥をいとるだけや」


 ミサゴさんが冷静に言って、わたしへと視線を向ける。勝ち誇ったように腰に手を当てて鼻息を鳴らした。


「いつも言うとったな? お嬢ちゃんが鳥の中で一番好きなんは、カワセミや!」


 ブブー。


「なんやて!?」


 不正解音が鳴り、ミサゴさんは目と口を開けたまま固まった。


「ななの、好きな鳥は……、ボクじゃ……ない……?」


 さらに、とばっちりを食ったかのようにカワセミくんも固まる。口がパクパクと揺れ動き、目はみるみるうちに潤んでいく。

 目もとにたまった涙があふれだす、寸前。


「あああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああーーーっ!!」


 ミサゴさん、カワセミくんを泣かせちゃったー!?


「カ、カワセミ? せやから落ち着くんや? お嬢ちゃんの言うとるのは、」

「ああああああああーーーっ! ししょーのバカ! バカバカバカ! 大っ嫌い!!」

「なんでワシなんや!?」


 台に突っ伏し号泣する弟子をなだめようとして、師匠が八つ当たりにあう。

 一方その頃、カーくんはあいかわらず頭を抱えてうめいていた。オオタカはもう答える気がないらしく、腕を組んだまま後ろの壁に寄りかかって羽繕いをしている。


 ピコンッ!


 混乱を極める中、赤のライトが一点の光を宿した。


「トキ?」


 カーくんがうめくのをやめ、カワセミくんも泣くのをやめ、鳥たちが一斉に赤の回答席を見やる。

 ボタンを押したトキは、息をゆっくりと吐く。そしてまっすぐにこちらへ視線を向けた。


「ななの好きな鳥は――」


「ななの好きな鳥は?」

「ななの好きな鳥は?」

「お嬢ちゃんの好きな鳥は?」

「…………」


 なぜか他の鳥たちが、ドスの利いた声で復唱してくる。

 トキはわたしを見つめたまま、ふっと、肩の力を抜いた。


「だれでもない」


 その答えに、周囲が水を打ったようになった。

 トキが微笑み、言葉を続ける。


「バードウォッチングをしているななは、いつも楽しそうにしている。きれいな鳥も地味な鳥も関係ない。珍しいかそうでないかも関係ない。どんな鳥を見ている時も、好きという気持ちを抱いている」


 聞きながら、思い出がよぎった。

 観察した鳥たちのこと。バードウォッチングを通して出会った人たちのこと。そばにいてくれた鳥たちのこと。

 胸にぽかぽかと、温かい気持ちが沸きあがってくる。


「ななは、鳥が好きなんだ。すべての鳥を、愛しているんだ」


 どれが一番か、順番なんてつけられない。

 胸に抱いていた答えは、まさにそのとおり。


「正解ですっ」


 ピンポーン!


 軽やかな音とともに、トキの頭上にある得点パネルが【100】という数字を示して点滅する。

 どこからか紙吹雪が飛びだして、まるで花びらが踊るように一面を舞う。


 回答席や司会席がどこへともかく消えていき、辺りが雪の積もる丘へと戻っていった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る