13-12 俺たちの戦いは

「ななっ」

「トキっ」


 トキが翼を広げ、わたしのもとへ羽ばたく。

 わたしもトキのもとへ駆け出した。

 けれども、足もとは雪。すっかり忘れていて、足をとられてつんのめってしまう。


「あぁ!? ……っ?」


 倒れかけたところで、顔に柔らかなストールの生地が触れる。トキが目の前に降り立ち、肩をつかんでそっと受け止めてくれた。


「大丈夫か?」

「はい。ありがとう」


 支えられながら身体を起こす。

 青空の下。トキの顔は晴れやかで、優しい微笑みをこちらへ向けている。

 至近距離で見るその顔は、いつも胸をドキドキと高鳴らせる。


「そうだ。これを――」


 トキが着ているロングコートのボタンを外して、懐からなにかを取り出した。

 きれいに折りたたまれた薄紅色のマフラー。わたしのために編んでくれたのかな?


「ななに、受け取ってほしいんだ」


 わたしはうれしくって、両手を差し出した。

 けれどもトキはマフラーをわたしの手におかず、自分の手のひらにおいて丁寧に開き始める。

 大切に包まれるようにして、中から細長い物が出てきた。

 茶色くて、先が二つに分かれていて、そこらへんに落ちていそうな、木の一部……?


「なんですか、それ?」

「枝だ」


 そう言って、トキはほおを赤らめた。

 まるで宝石を扱うように慎重に、下からすくうようにして枝を手にする。


トキ俺たちには、気になる相手と枝を渡し合う習わしがある」


 そういえば、『枝渡し』という求愛行動があるって図鑑に書いてあった。

 トキは恥ずかしそうに目をそらす。


「春の終わりに一度、ななが俺に枝を渡してきただろう? 実はあの時から、ななのことが気になり始めたんだ」

「えっ!? じゃあトキも……。てか、そんな前から!?」

「あぁ。……でも、俺は鳥で、ななはヒトだ。自分の気持ちが、よくわからなかった……」


 トキはうつむき、枝へと目を落とした。

 トキは鳥で、わたしは人。その変えられない事実には、わたしも苦しんだ。わたしも自分の気持ちがわからなくなった。トキも同じ想いを、それもずっと前から感じていたなんて。


「だが、もう想いは決まった」


 トキが顔をあげる。マフラーは腕にかけ、両手で枝を持って胸の前まで持ちあげる。

 頬を真っ赤に染めながら、潤んだひとみがまっすぐにわたしを見つめた。

 

「俺は、ななが好きだ」


 そう言って、枝を差し出す。

 わたしは両手を枝の前へ出した。

 トキの指もわたしの指も、小さく震えちゃっている。


「わたしも、トキが好きです」


 そう言って微笑みながら、枝を受け取った。

 その瞬間、トキは目を真ん丸に見開いて、それから目尻めじりあふれんばかりの涙を溜めて、幸せそうに微笑んだ。後ろにある冠羽かんうが、ピンピンッピンピンッ、あっちこっち跳ね回っている。


「ぷっ」


 ダメだ、もう耐えられない!

 わたしは可笑しくって可笑しくって、吹き出してしまう。

 枝を大切に握ったまま、両手でお腹を押さえ、大きく笑い声をあげた。


「ははは、ははははははっ!」

「…………?」


 トキがまた目を丸くして、きょとんとこっちを見つめる。

 ごめんね。真剣にやっているのに、笑っちゃって。

 謝りたいけど、上手く言葉が出ない。顔が熱くて、涙が出てきて、お腹も痛くなってきちゃった。


「ははは、ははははははっ!」

「……ふっ、ははは」


 そうこうしているうちに、トキも吹き出す。つられるように笑いだす。


「ははは、ははははははっ!」

「ははは、ははははははっ!」

「「ははははは、ははははははははっ!!」」


 互いの赤くなった顔を見ながら、互いに声をあげて笑う。

 こんなに笑ったのは、いつぶりだろう。

 こんなに笑うトキを見たのは、初めて。


「ななっ!」

「わぁっ!?」


 トキがこらえきれないというように、わたしに抱きついた。勢いのまま抱きあげ、踊るようにその場をくるりと回る。

 足が雪に着くと、ギュッと身体が抱きしめられる。


「ありがとう」


 耳もとで、震えた声が聞こえた。頭に手がおかれて、翼も包みこむように覆いかぶさる。


 温かくて、優しくて、溶けてしまいそう。


 トキがやんわりと腕を解き、わたしの肩へ両手をそえる。潤んだ瞳にわたしの姿を映し、「なな」と声を出さずに唇を動かして、顔をそっと近づける。


「え?」


 わたしはちょっとびっくりして、身を引いた。

 トキは動きを止め、こちらを見つめたまま微笑む。


トキ俺たちには、互いのくちばしを交差する愛情表現がある。ヒトにも、よく似た行動があるだろう?」


 それって、キスのこと?

 カーッと、顔が熱くなる。でも、トキの優しい顔を見て、すぐに気持ちが整った。


「トキ」


 わたしは少しあごをあげて、背伸びをする。トキが肩を引き、またゆっくりと顔を寄せる。

 互いに目を細め、唇が触れ合おうとした。


 その時。


「ちょっと待ぁっったぁぁぁぁあああああああああーーーーー!!」


 式場に響くがごとく声が聞こえた。

 横から黒い塊が飛んできて、トキに突撃する。そのまま、ソリ遊びが楽しめる斜面へ――。


「タアアアアアアアアアァァァァァァーーーーーーーッ!?!?!?」


 絶叫がこだまする。トキとカーくんが熱い抱擁を交わしながら、ゴロゴロと雪の上を転げ落ちていった。


「テッメェ!!  どんだけ見せびらかしてぇんだ!! イチャイチャしてんじゃねぇー!!」


 一番下まで落ち、カーくんが雪まみれになった身体を起こしてトキにまたがり、胸倉を掴んで激しく揺さぶる。トキは目を回して伸びていて、されるがままに頭を揺らしている。


「トキずるいー! さっきのクイズはなしーっ!」

「やっぱりあかん! ワシはお前をお嬢ちゃんのつがいに認めんからな!」


 続くようにカワセミくんとミサゴさんも翼を羽ばたかせ、わたしの横を通り過ぎて斜面の下へ飛んでいった。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れて、頭を抱えた。

 クイズまでやったのに、結局こうなっちゃうのね……。


「うるさいな」


 オオタカが隣にやってきて、面倒くさそうに眼下を眺めた。

 わたしは苦笑いを返して、肩をすくめる。それでも、騒ぎ合う鳥たちへ視線を戻せば、自然と顔がほころんだ。

 まぁ、わたしにとってはこの光景が、かけがえのない日常なんだよね。


「こらーっ! みんな、ケンカしないのーっ!!」


 空はいつのまにか雲一つない晴天で、足もとの雪がきらきらと虹色に輝く。

 わたしはいつものセリフを叫んで、斜面を降りていく。

 にぎやかで、大好きな、人の姿をした鳥たちのもとへ、駆けていった。

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