13-06 黒幕

 会話がやみ、辺りが静まり返る。どこかの枝にのっていた雪が、溶けて崩れて地面に落ちた。

 ミサゴさんはわたしを見つめて、なにも言わずに悲しそうな微笑を浮かべる。


「なんでオオタカを使ってまで、トキを……、カーくんやカワセミくんまで、どうしてみんなを鳥に戻そうって考えてたんですか?」


 そんな顔して、ごまかさないでください。

 わたしは一歩踏み出し、声を強めてもう一度いた。


 ミサゴさんはやさしい。けど、たまに考えていることがわからなくなる。

 どうして、しずくさんを失ったと思って苦しんでいたオオタカを、助ける振りして利用しようとしていたの? なんでそこまでして、しかもわたしに黙って、トキやカーくんやカワセミくんを鳥に戻そうと考えてたの?


「お嬢ちゃんの前では、話したくなかったんやけどな……」


 ミサゴさんがつぶやいて、困ったように頭をいた。


「そもそもトキ、お前はなんでワシの忠告を聞かんかったんや?」


 こちらの質問に答えず、視線を移して話を変える。

 わたしはイラッときて、顔をしかめた。

 トキも同じような顔をしながら、ミサゴさんをにらむ。


「あれは忠告ではなかった。ただの脅迫だ」


 忠告? 脅迫?

 話を引き戻そうかと思ったけど、わたしは首を傾げた。


「トキ? ミサゴさんとなにかあったんですか?」


 訊くと、トキもこちらへ顔を向けた。


「秋の終わりの、ななが親のところへ行った日だ。家にミサゴが来て、俺に言ってきたんだ。雪が降るまでに鳥の姿に戻れと」

「えっ、そんなことあったんですか!? なんで言ってくれなかったんですか?」

「すまない……。俺自身、しばらく悩んでいたんだ。ななに相談しようと決め、何度か言おうとしたが、その時に限ってなながいつも逃げていったから……」

「わたしが逃げてたって……あっ!」


 そういえばトキ、わたしに聞いてほしいことがあるって話しかけようとしていた。でもわたしは、トキと面と向かうのが恥ずかしくて、お別れを告げられるんじゃないかと辛くなって、話を聞かないよう逃げていたんだ。


「そっか、聞いてほしいことって、お別れの話じゃなかったんだ……」

「お別れ? 相談したかっただけで、鳥の姿に戻ると言いたいわけではなかった」


 わたしの独り言に、トキが不思議そうな顔をしながら答えてくれる。


「はっ? テメェがななに話したいことって、こく……はく、じゃ、なかったのか……」

「カラス? なにを言っているんだ?」


 カーくんがボソボソとなにか言った。わたしもトキも聞きとれなくて、首を傾ける。抱かれているカワセミくんだけが、にやにやと楽しげな笑みを浮かべていた。


「やっぱりな、トキ……。お前は自分で決めんと、お嬢ちゃんにすがろうとしとったんやな。鳥のくせに、ヒトに甘えとったんやな」


 その声に、トキが真顔になって視線を移した。

 ミサゴさんの顔からも微笑が消えていて、淡々と言葉を続ける。


「初めに出会った頃はええと思った。お前らはお嬢ちゃんを大切にしとって、お嬢ちゃんもお前らを大切にしとった。そばにいて楽しく過ごすことが恩返しなら、その時間を大事にすればええ。ワシはそう思うとった」


 眉間みけんにしわを寄せ、ミサゴさんは目をすがめる。


「けどな、お前らは居すぎなんや。特にトキは、秋に行方不明扱いになっとった。鳥のお前には関係ないかもしれん。けど、いずれお嬢ちゃんが知ればどう思うか……。あの時に忠告したはずやろ」


 まさか、ミサゴさん……。

 わたしは、二日前にたかさんからトキが行方不明だと聞かされた。それよりも前に、本当はミサゴさん、知っていたんだ。トキも、ミサゴさんから聞かされていたんだ。


「けど、お前はいっこうに鳥の姿に戻らんかった。怪我けがやって、治っとるのにうそついとるのはバレバレやった。言うてもダメやったら、追い出すしかない。そうワシは思うた」


 トキは黙って話を聞いている。

 カーくんがフンっと鼻息を鳴らして、ミサゴさんにがんをつけた。


「それでオオタカを拾ってきて、飼いならそうとしたってか?」


 ミサゴさんがカーくんを一瞥いちべつして、短く息を吐く。


猛禽もうきんが住み着いたてうわさは聞いとったんや。同じ仲間なら、頼めば協力してくれると思うて探しとった。まさか、見つけたやつが最初からヒトの姿しとって、こんな面倒なやつやとは……、だれも思わんやろ……」


 愚痴っぽくつぶやき、頭を掻く。

 後ろにいるオオタカはすでに会話の外で、見向きもせずスマホに目を落としている。


「けどな、こいつと出会でおうて、改めてわかったんや。やっぱり、鳥とヒトは近づきすぎたらあかん。いずれ不幸にさせるだけや」


 ミサゴさんが頭から手を下ろす。感情を押し殺した顔で、一気に言葉を続ける。


「はっきり言わせてもらう。鳥とヒトは、生き方が違う。お前らがヒトと関わりすぎれば、ヒトが傷つくことがある。それに、お嬢ちゃんはまだ高校生で、将来があるんや。大学に行くかもしれん、就職するかもしれん、この町から出ていくかもしれん。道はたくさんあったほうがええのに、お前らが居続けることはその足枷あしかせになるんや」


 すがめた眼光が、トキを突き刺す。


「大切に思うとるなら、お嬢ちゃんを傷つけたくないやろ。後悔してほしくないやろ。それやったら早く鳥に戻って、鳥としての生き方をするべきやろ。それなんに戻りもせず、ましてだましてまでお嬢ちゃんに甘えとったお前を、ワシは認められん」


 冷たく言葉を押しつけて、口をつぐんだ。無言でトキに返事を促す。


 ミサゴさんはたぶん、わたしに傷ついてほしくないって思っているんだ。

 進路で悩みながら、トキたちとずっといたいって願っていた。トキが行方不明扱いになっていると知って、自分を責めて後悔していた。そんなわたしをそばで見てきて、まして、オオタカと関わっていたしずくさんが事故に遭ったのを見聞きして……。


 それでも、わたしは腹がたった。言い返したいことがたくさんあった。

 両手を握りしめ、トキをかばうように前へ出ようとした。


「ミサゴさん! ……っ?」


 その時、伸びてきた腕に行く手を阻まれる。


「いいんだ、なな」


 横からトキが腕を伸ばし、わたしを庇うようにやんわりと下がらせた。


「ミサゴの言っていることはわかる」


 本当は怖いのかな。冠羽かんうがはねて、指がかすかに震えている。

 それでもトキは顔を上げ、話を始めた。

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