12-16 告白3

 オレはすかさずそばへ飛んでいき、カワセミの腕をつかんだ。ひざをつき、身体を支えるようにして抱き寄せる。


「大丈夫か?」


 あんな物騒なやつと本気でやりあったのか。周囲には羽根が散らばり、服もボロボロになっている。幸い、深手は負っていないみたいだ。


「ごめんな、遅くなっちまって」


 間に合ったが、ギリギリってところだ。

 オレは上着を脱いで、カワセミに羽織らせてやる。


「なんでだよ……」


 耳もとで、震えた声が聞こえた。ギリッと歯ぎしりをして、オレの腕を痛いくらいに握りしめてくる。


「なんでボクを助けたんだよ! ななにいいとこ見せたかったの? だったら、ボクがやられてるうちにななを助ければ良かっただろ! なんで、ボクなんか……」

「助けるに決まってんだろ」

「わっ!?」


 オレはカワセミを抱えて立ち上がった。カワセミがびっくりしたみたいな声を上げる。見えた表情は、涙目で、でも怒っているようにこっちをにらんで、それでも唇が震えている。

 オレはフッと鼻で笑って、その面倒くさい顔に言ってやった。


「お前がどう思っていようと、なんて言おうと、オレにとってカワセミはカワセミだ。ずっと一緒に暮らしてきただろ? 仲間っつーか、ななのいう『家族』みてぇなもんなんだ。だから、助けるのは当たり前なんだよ」

「なんだよ、それ……」

「なんでもかんでも、それなんだ!」

「意味わかんない! バカじゃないの!」

「はぁ!?」


 カワセミがオレの胸ぐらを掴んで怒鳴った。身体を起こし、詰め寄ってくる。


「ボクはカーくんをハメたんだよ! トキだって追い出したんだよ! バカにして、挑発して、あれだけ利用したんだよ! もう後戻りできないくらいに……、覚悟して、全部……切り捨てた、はずなのに……」


 途中から、カワセミのひとみに涙があふれた。ほおを伝って、ポタポタと落ちていく。オレの胸に頭突きを入れて、こらえていたものが吐き出される。


「そうまでしないと、ボクなんかがカーくんやトキに勝てないって思ったんだよ……! それだけなながほしかったんだよ……! ななを独り占め……したかったんだよ……!」


 カワセミはむせび泣き、こぼれる涙が服を湿らせていく。

 そういやカワセミは以前、自分にはオレやトキみたいに得意なことがないって言っていた。

 ライバルにかなう気がしなくて。それでもななが好きで。本気で好きになって。あきらめきれなくて。

 オレやトキがいなくなれば、自分が一番になれるって、思って……。


「わかるぜ、その気持ち……」


 カワセミの濡れた頬に、別のしずくが落ちて流れた。


「オレだって、なながほしいよ。独り占めしてぇよ。アイツにだけは、ゼッテェ負けたくねぇんだよ」


 さっきアイツに向かって叫んだ時の、息もできないくらい、どうしようもなく苦しい気持ちを思い出す。

 アイツさえいなければ、オレがななとずっと一緒にいられるんじゃねぇかって。アイツさえいなければ、オレがななを独り占めできるんじゃねぇかって。何度も何度も、心の奥でささやく声が聞こえていた。


「でもな」


 オレはカワセミの肩を掴んで、しっかりと抱き寄せた。


「オレ、また春になったら、花壇を作りてぇんだ」

「えっ?」


 カワセミがきょとんとした顔で声を漏らした。

 今は雪に埋もれている裏庭の花壇。覚えてるかってくと、カワセミはコクリとうなずいた。


「オレだけで作るんじゃねぇぞ? 今度はななと、お前と、それにアイツとも一緒に、前よりもっとすげぇ花壇を作りてぇんだ!」


 オレだけで作ろうとしたら、上手くできなかった。でも、カワセミとアイツと知恵を出し合って協力したら、ちゃんとした花壇ができた。ななを喜ばせることができた。

 一羽じゃできないことを、バラバラじゃできなかった笑顔を、初めて知った。


「だからオレはお前のこと、なにがあっても切り捨てたりしねぇからな。オレは、ななと一緒にいたいって気持ちと同じくらい、お前と、アイツとも、一緒にいてぇ。またみんなで一緒に、ななの家で暮らしてぇ」


 トキには絶対に言えない本音を、カワセミにだけ伝えた。

 やっとわかったんだ。どうしてオレが、トキの怪我けがのことを気づかない振りしていたのか。どうしてカワセミを止めることもできず、ななに求愛こくることもできなかったのか。

 オレは、変わりたくなかったんだよ。ななを想って、アイツと張り合って、カワセミを可愛がって。そんな、みんなと一緒にいる変わらない日々が、ずっと続けばいいって、いつの間にか思ってたんだ。

 オレがいつも通りにしていれば、みんなだって、いつも通りに戻るんじゃないかって期待していた。だからオレはなにもできずに、洗濯や掃除ばかりやっていた。

 結局、全部裏目に出てたけどな……。


「カーくん……」


 カワセミが涙でくしゃくしゃになった顔を、オレに向ける。

 ギリギリになって、気づけて良かった。いつも通りに戻るためには、変わらない日々に戻るためには、オレが腹を割って、変わらねぇといけねぇんだって。

 オレはニッと笑みを浮かべて、出会った頃より大きくなったカワセミの身体をさすりながら言ってやる。


「それにさ、カワセミは『なんか』なんかじゃねぇぜ? オレやアイツと同じくらいすげぇとこあるじゃねぇか? さっきだってオオタカ相手に、ななを守ろうって立ち向かったんだろ? めちゃくちゃカッコいいじゃねぇか」


 カワセミが目を丸くする。ちょっと大人びた顔から、んだ涙が溢れ出てくる。それを見られたくないように、オレの胸もとに目をこすりつけた。


「なにさ……カッコつけて……。カーくん、朝までヘタレだったくせに……」

「はぁ!?」

「だってそうでしょ? 指輪まで準備して、ななに求愛できなかったんでしょ?」

「お前、やっぱ見てたのか……」


 カワセミがプイッと顔を背ける。

 なんだよ、せっかく励ましてやったのに。つーか助けてやったのに、礼も言わねぇ。だれに似たんだか、可愛くなくなっちまったな。


「でもね、カーくん……」

「ん? まだなんか言いてぇのか?」


 カワセミがおどおどと目を泳がせる。潤んだひとみを上目遣いでためらいがちに向け、頬を淡く染めながら、小さく唇が動いた。


「ありがと」


 前言撤回だ。やっぱ可愛いぜ、こいつ。

 オレはカワセミの頭をわしづかみにして、クッシャクッシャにで回してやる。カワセミは口をへの字に曲げたけど、なにも言わずにされるがままになる。


「よしっ! じゃあ、ななを助けに行こうぜ?」


 オレは涙をぬぐって、カワセミの涙も拭ってやって、後ろを振り返った。マツの木の上から、心配そうにこっちを見つめているなながいる。だいぶ離れているから、なに話してたかまでは聞こえてないだろう。


「ななー! 今行くぜー!」


 大声を出し、手を振る。オレたちにとっては普通の止まり木だが、飛べないななにとってはあんなところにずっといたら怖いだろう。

 ななは安心したように肩を下げて、ほっと表情を明るくしたように見えた。幹から片手を離し、手をブンブン振り返してくれる。


「にしても、アイツはなにしてんだ? 全然来ねぇじゃねぇか……」

「カーくん? アイツって、もしかして……?」

「そういや、まだ言ってなかったな。アイツ――」


 と、カワセミとしゃべりながら、ななのもとへ歩き出そうとした。

 その時。


 バキッ!!


 木の割れる音が響いた。

 ハッとオレたちは、マツの木へ目を向けた。手を振った反動に耐えられなかったのか、ななの乗る枝が付け根から折れていた。

 足場を失い、翼のない身体は頭を下にして、折れた枝とともに落ちていく。


「「ななっ!?」」


 オレとカワセミは同時に叫び、翼を羽ばたかせた。

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