第9話 それぞれの想い……

9-01 一緒におでかけ(ななside)

 ななの部屋の本棚に、『つるの恩返し』という絵本があった。

 ボクはその絵本を借りて、みんなにねだって読み聞かせてもらった。


 トキは、ゆっくり味わうように読んでくれて、最後に「やはり美談だ……」って息をこぼした。


 カーくんは、面倒くさそうに読んでくれて、最後に「ただの作り話だ!」って鼻で笑った。


 ななは、優しい声で読んでくれて、でも、鶴がはたを織り始めると寂しそうになって、最後に「こんなことしなくていいのに……」ってつぶやいた。


 ボクは、ちょっと鶴がうらやましかった。


 ボクは鶴のように大きくなくて、機も織れない。

 トキのように針と糸も扱えないし、カーくんみたいに料理もできない。


 そんなボクには、一体、なにができるんだろう。


 ななはきっと、「なにもしなくていい」って言うだろうけど。


 でもね、そんなの無理だよ。


 だって、ボクは――。



   *   *   *



「ねぇ、ななはボクのこと、好き?」


 手をつないでいたカワセミくんが、唐突にいた。

 わたしは、松の木で雪づり作業をしている職人さんたちを見ていた。木の根もとに柱を立てて、そのてっぺんから縄を何本も伸ばし、枝を吊るしている。松を覆う縄は、まるで傘みたいだ。こうすることで、雪が積もった時、枝が折れるのを防ぐらしい。

 秋の終わり、この庭園で行われる作業は名物になっていて、辺りには観光客が集まっていた。


「もちろん、大好きだよ」


 わたしはカワセミくんへ目を落として、答えた。

 職人さんたちに背を向けて歩き出す。地面に敷かれた小石が、ジャラジャラと心地よい音を鳴らす。


「だって、カワセミはわたしの一番好きな鳥だから。可愛くて、きれいで、いつまで見てても飽きないよ?」


 道を進んでいくと、大きな池が見えてきた。池のたもとには観光客がいて、二股の灯籠とうろうにカメラを向けている。

 その人だかりを横切ろうとして、足を止めた。池のほうから翡翠ひすい色が飛んできて、そばの木の枝にとまる。わたし以外に気付いている人はいないらしく、小声で叫ぶ。


「カワセミだっ。カワセミくん、見て見て、あそこにカワセミがとまったよ」


 通行の邪魔にならないよう、池のそばでしゃがんで、小さく指を差す。

 よく見ると、くちばしの下が赤い。メスだ。カワセミは、オスはくちばし全体が黒いけど、メスはまるで口紅を塗ったように下くちばしが赤く染まっている。


「可愛いね。もしかして、カワセミくんのことが気になってきたのかな?」


 枝にとまっているカワセミは、くちばしをこっちにちらと向けた。わたしたちを見ているのかな?


「ちがうよ……」


 と思ったら、すぐに飛び立ち、池の向こうへ飛んでいってしまった。

 カワセミくんへ目を向けると、肩をすくめてかすかに笑みを浮かべていた。そして、口もとは緩めたまま、わたしの目を射抜くように見つめる。

 と、その時。


「ななー、カワセミー、おまたせー!」


 背後から声が聞こえ、わたしたちは振り返る。


「カーくん、おかえり。って、なにその袋!? もう、遅いと思ったら、買い物してたの?」


 トイレに行くと言って戻ってきたカーくんの手には、ビニール袋が握られていた。中にはお土産らしき四角い箱や、駄菓子らしき袋が入っている。近くに売店があったから、寄ってきたのかな。


「だって、試食していいって言われたんだぜ? うまかったから、家に帰ってから食おうと思ってさ。あと、店の中で団子も売ってたんだ。一緒に食いに行こうぜ?」

「えっ!? うぅ~ん、でも、もう時間だから、そろそろ出口に行かないと」


 今はお昼前。お腹も空いてつい誘われそうになったけど、スマホの時計を確認して言った。

 カーくんが「えー」と、肩を落とす。けど、帰りに駅で好きなの買ってあげると言ったら、すぐに肩を踊らせた。

 わたしはカワセミくんの手を引いて、園内の出口へ足を向けた。カーくんも、カワセミくんを挟んで、わたしと並んで歩き出した。


「にしても、ヒトが多いな? さすが都会、地元とは大違いだぜ」


 カーくんは歩きながらクルリと身体を回し、辺りを見ながら言う。

 さっきの雪づりやフォトスポットの場所は、人の集まりができている。たまに団体客もすれ違っていく。歩きづらいほど混んでいるというわけではないけど、田舎の地元に比べればにぎやかだ。


「ここは有名な観光地だから、観光に来た人が多いんだよ」

「へぇー」


 カーくんが相づちを打って、なにかを思い出したようにプッと吹き出した。


「どうしたの?」

「いや。アイツが来てたら、面倒だったなと思ってさ」


 ニヤニヤと笑って、肩をすくめるカーくん。

 「アイツ」がだれかはすぐにわかり、わたしも肩をすくめて苦笑いを浮かべた。


「トキは、たぶん駅でギブアップしてたかもね」

「電車降りてすぐ、『無理だ、俺は帰る』とかゼッテー言い出してたぜ?」


 下手なモノマネに思わず吹き出してしまう。でも、どこを見ても人だらけだった駅を思い返せば、トキの反応は想像がついた。もしかしたら、電車で一時間半の道のりも無理だったかもしれない。


 と、わたしは下を向いて、カワセミくんをうかがった。さっきから黙って、ボーッと前を向いて歩いている。


「カワセミくん、どうしたの? 気分悪くなった?」


 カワセミくんはハッと顔を上げ、首を振った。


「ううん。なんでもないよ」

「なんだカワセミ? 今さら都会にビビってんのか?」

「ちがうよ! ボクはトキじゃないもんっ!」


 カーくんのからかいに、プクッとほおを膨らませる。可愛い。

 二羽とも、自分から行きたいって言って、ついてきたからね。初めての場所も、人の多い場所も、大丈夫みたいだ。


 わたしたちは庭園の出口に差し掛かった。

 足を止め、二羽の顔を交互に見る。


「カーくん、カワセミくん。ここからは別行動だよ。三時になったら、ここを出てすぐのところで待ち合わせだから。わかった?」

「「はーい」」


 出発する前、そして、ここに来る前まで何度も言ったことを、最終確認する。


「注意することは?」

「飛んだり、つついたりしねぇ!」

「鳥っぽいことはしない!」


 カーくんとカワセミくんは手を上げて答える。よろしい!


「お昼は二羽で適当に済ませてね? カーくんはお金持ってるんだよね?」

「うん、バイトで稼いでるからな。カワセミには魚買って、オレはなんか旨そうなもん食いに行くぜ?」

「でもボク、川があれば、じぶんでお魚とれるよ?」

「ダメだよ、カワセミくん。鳥っぽいことはしないってさっき言ったじゃない。ここは人が多くて、どこでだれが見てるかわからないから、川があっても狩りはしないでね?」

「はーい……」


 カワセミくんは肩をしゅんと落とす。

 するとすかさず、その頭にカーくんが手を置いた。


「元気出せよ、カワセミ。せっかく都会に来たんだからさ。普段は食えねぇような旨い魚、探して買ってやるよ?」

「おいしいお魚? たべたいっ!」


 頭をでられ、カワセミくんは元気を取り戻して顔を上げた。

 カワセミくんのことは、カーくんに任せれば心配ないかな。


「近くに市場があるから、魚も売ってると思うよ? あっ、来たみたい! それじゃあ、カーくん、カワセミくん、気を付けてね」


 ポケットにしまっていたスマホから、着信音が流れ出した。わたしは早口で鳥たちに言って、スマホを取り出す。


「おぅ、ななも気を付けろな」


 カーくんはそう言って、カワセミくんと手を握る。

 カワセミくんは、ずっと繋いでいたわたしの右手を、一度強く握り直した。


「なな、いってらっしゃい」


 笑顔でそう言って、手を離す。

 わたしは二羽に軽く手を振って、歩き出した。庭園の出口を通って、スマホの通話ボタンを押す。


「もしもし。今向かってる。……うん、すぐそこ」


 庭園を出ると、左右にはお土産屋さんが立ち並んでいる。道の向かい側には朱色の橋が架かっていて、奥に見えるお城跡に繋がっている。


 その橋のたもとに、一人の女性が立っていた。

 背はトキと同じくらいですらりとしている。ヒール高めのパンプスに、露出はしていないけど、身体のラインがわかるドレスみたいなワンピースをまとっている。上には薄手のコートを羽織り、肩にはキツネでも狩ったのか、フワフワなファーを掛けていた。髪はショートで、目には大きなサングラス、耳にはこれまた大きな輪っかのイヤリングをつけている。


 ……あんな人知らない。でも、耳に当てているスマホには見覚えがあって、母の日にプレゼントしたスズメのスマホカバーがついていた。


「えっと、今、目の前にいると思うんだけど……」


 わたしは疑いの目を向けながら、道路を渡り、その人のもとへ近づく。

 黒光りするサングラスがこっちに向き、深紅の唇が開いた。


「こら、なな。道路を渡る時はちゃんと左右見て。もう、危ないんだから」


 この声。格好はすっかり変わっているけど、間違いない。


「お母さん!」


 注意されたことも忘れて、わたしはスマホから耳を離して呼んだ。

 そばへ行くと、どこか懐かしい匂いが鼻をくすぐる。

 サングラスを外し、見慣れた顔が微笑んだ。


「久し振りね、なな。ちゃんとご飯、作って食べてる?」

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