おまけ 8-12 「ただいま」
駅に着くと、お父さんとお母さんが車で迎えに来ていた。
「別に一人で帰れたのに。なんで来たの?」
「だって、雨が降ってるじゃない? 荷物もあるだろうし、大変だと思って」
「今日は仕事も早く終わったからな。買い物ついでに、母さんと一緒に来たんだ」
車の後部座席に乗って
過保護な親……。そう思いながら、あたしはため息で返す。
「ひらり、修学旅行どうだった?」
「楽しかったか?」
車は駅を出て、さびれた街並みを抜け、山と田んぼだけの道を進んでいく。ぼんやりと雨に濡れる窓を見ていたら、二人が話しかけてくる。
前を
「別に」
「そう?」
「あと、行く前も言ったけど、お土産買ってないから」
「ひらりの好きな物を買ったならいいさ。代わりに、お父さんとお母さんがお土産買ってきたぞ?」
隣に置かれたレジ袋を
旅行に行ったのはあたしなのに、なんで二人がお土産を買ってるのよ。
「なにそれ。意味わかんないんだけど」
しかもこれ、あたしの好きな、あんこで包んだお
前の二人も、顔を見合わせ、クスリと笑ったように見えた。
本当に、過保護で気を遣いすぎる親だ。
高一の頃、学校に行けなくなった時も、面倒な心配ばかりしていた。そのせいで傷つけられて、言葉も交わさずにぎくしゃくした時期もあった。
けど、今なら少しだけ理解できる。二人だって、あんな状況は初めてで、戸惑っていたんだろう。あたしだって苦しかったけど、二人だって苦しかったのだろう。
今は、仲が良いとはいえないけど、少しずつ、互いに関係を直している。ムカつくこともあるけれど、少しずつ、気持ちを伝えるようにしている。
「着いたわよ、ひらり」
「お疲れ。荷物は持って行くぞ」
「あっ……。勝手に中、開けないでよ」
家に着き、二人が車を出る。お母さんは後部座席の左側のドアを開けて、レジ袋を持って行く。お父さんは右側のドアを開けて、旅行
「ありがとう」と心の中で返し、あたしも車を降りる。
雨はいつの間にか止んでいた。
あたしの家はド田舎にあって、周りは雑木林に囲まれている。民家も隣接していなくて、お隣さんまでは少し歩かないといけない。敷地に伸びたカラスザンショウの木から、鳥が一羽飛んでいった。スズメ、いや、シジュウカラっていう名前だっけ。
「ただいま」
そんなことを思っていると、お父さんが玄関の
「ひらりも、早く入りなさい」
「命令しないで。先に行ってて」
そう言って、あたしは玄関の横を通り過ぎる。お母さんは心配そうに顔を覗かせていたけど、そのうち戸を開けたまま中へ引っ込んだ。
家の前には、二人が手入れしている庭がある。花や低木が植えられていて、一画にはホオズキが、枯れて網目状になった皮から赤い実を覗かせていた。
その庭を横目に、あたしは軒下にしゃがみこむ。足もとの地面が、少しだけ盛り上がっている。
その膨らんだ土の上へ、そっと、手を置いた。
「ただいま、ミヤマ」
だれにも聞こえないように、ささやいた。
彼の身体に触れた時のように、ただの土を、優しく
「丸二日振りになるのかな。初めてだったね、こんなに会わないの」
いつもは、一日も欠かさず、この土に話しかけていた。
墓石も墓標もなく、お墓とは言い難い。きっとこの下には、もうなにもない。
それでも、あの日から、毎日話しかけている。
「もう、一年になるんだね……」
彼があたしの前にやってきたのは、去年の夏の終わり。そして、ちょうど一ヶ月経った、一年前の今日、彼はあたしの前から姿を消した。
勝手に来て、勝手に消えて。まるで
けれども彼は、あたしの心を救ってくれた。
「あっ、そうだ。これ、旅行中に買ったの」
あたしは服の下から、付けていた物を取り出して、手のひらに置いた。
修学旅行中に買った、
「ミヤマに似てたから、衝動買いしたの。けど、これのせいで大変な目に遭ったわ」
修学旅行なんて、本当は行きたくなかった。友達付き合いも上手くできないし、周りから面倒な目で見られるのも嫌だった。でも、親の心配もあったし、北海道の虫に会えたらまぁいいかなと思って、半分仕方なしに行くことにした。この蝶のペンダントを買えて、収穫は十分と思っていた。
けど、その後。まさかあんな騒動になって、あんな友達ができちゃうなんてね。
『――ひらり』
ふと気付くと、辺りに霧が立ちこめてきた。
視界に、ふわりと黒の布地が見えた。
顔を上げ、上を向く。
そこに立っていたのは……。
「ミヤマ……」
黒の和服を身に
彼は柔らかな笑みを浮かべて、あたしへそっと手を伸ばす。
『きれいだよ』
その手が、
彼の姿は、解けるようにして消えてしまった。
「ミ……」
思わず手を伸ばした。けれどもあるのは、雨上がりに立ちこめた白い霧だけ。
あたしは苦笑を浮かべた。わかっている。さっきのは本当の彼じゃない。あれはただの、あたしの中にある彼の幻影。
それでも。苦笑を微笑に変え、あたしは立ち上がる。ペンダントを服の中へ戻し、服の上から胸に押し当て、前を見据えた。
「ミヤマ、聞いてくれる? あたしね、友達ができたの。まだ、よくわかんないけど……、でも、すごくいい人たちで、すごく、変な人なの。あたしみたいにね」
言って、肩をすくめる。周りにはだれもいないのに、なに一人でしゃべっているんだろうって、自分で可笑しくなる。
けれども、伝えずにはいられない。
短い間だったけど、夢みたいな時間をくれた彼へ。それからもずっとあたしを、心の中で支えてくれた彼へ――。
「だから、あたしはもう、きっと大丈夫よ」
言って、まぶたを閉じる。彼の微笑む顔が、見えた気がした。
「ひらりー。早く入らないと、風邪引くわよー?」
「引かないわよ。今、行くー!」
家の中からお母さんの声が聞こえて、あたしは玄関へ向かう。
胸の上で揺れる、確かな羽を感じながら。
心の中では、新しくできた友達――ななとゆうのことを思い浮かべていた。
* * おまけのおまけ① * *
その頃、ゆうは――。
「あっ、ひらりちゃんからメッセージが来てる」
『さっき駅でななに飛びついてた人いたんだけど、だれ? 彼氏?(写真付き)』
「こ……、この前髪赤い人、それに黒ずくめの人と、小さな子ども……。ひらりちゃん、見ちゃったんだ……」
――あの、宇宙人さんたちを!!
* * おまけのおまけ② * *
その頃、ななは――。
「そういえば、カワセミくん。地震が起きた時、『カーくんが落とした』って言ってたけど、なにがあったの?」
「あのね、カーくん、ボクのことだっこしてたのに、ゆれたとたんにボクをおとして、トキにだきつ、」
「あぁああああーっ!? カワセミ! 言うな! それだけは言うんじゃねぇー!!」
「えっ、トキ? カーくんになにされたんですか?」
「……なにかはされたが、言いたくはないな」
「えぇっ、意味深!?」
おまけ 終
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