6-03 夏と、止まらない戦い(?)
ビジターセンターの一階。入り口を入って、階段を上らずに進んだ奥、つまり階段の裏側にわたしたちはいた。
壁にはポスターなどの掲示物が貼られている。海側には窓もあって、二階より広く見渡せないけど、外の様子が観察できる場所だ。
窓を横目に、わたしたちとミサゴさんは向かい合って立っていた。
「なるほどな。トキとカワセミ、あとハシボソか……」
わたしはミサゴさんに、トキたちのことを話した。どんな理由でやってきたのか、どうやって暮らしているのか、そして大事な、それぞれの鳥の特徴も。
「まさか、お嬢ちゃんにちょっかい出しとんのかと思うたけど、仲良うやっとるみたいやな?」
鳥たちへ視線を向けながら、ミサゴさんはそう言って、目をすがめた。
トキはわたしの半歩後ろで、
カワセミくんはさっきと同じで、わたしの足にしがみついている。
カーくんも、ミサゴさんに抱えられたまま。
そしてわたしは。
「はい! それで、ミサゴさんはどうして人の姿になったんですか? いつからなったんですか? どうやって暮らしているんですか?」
つい早口になりながら、ミサゴさんに詰め寄って質問をした。今まであんまり
一方のミサゴさんは、わたしが近づいた分だけ距離を取った。
「お嬢ちゃん」
改まったような声に、ハッと我に返る。
ミサゴさんはじっと
そういえば、ミサゴさんとちゃんと目が合ったの、今日初めてかもしれない。会った時も説明している時も、ずっと鳥たちを見ていた。わたしからは、目をそらしているようにも見えた。
ゆっくりと息を吐いて、口が開く。
「ごめんな……」
その言葉に首を傾げる。
ミサゴさんの口が、続けて動こうとした、その時。
「てめぇっ!! いい加減に放しやがれっ!!」
ミサゴさんに抱えられているカーくんが叫んだ。というか、ずっと文句は言っていた。けど、だれも耳に入れていなかったから、怒りが限界に来たみたいだ。
「カーくん、静かにして? 何度も言ってるけど、ここ『野鳥公園』なんだからね?」
「嫌だっ!! 放せっ!! 放せこの
注意するけど、もはや意固地な子どもみたいになっている。ミサゴさんの足をポカポカ
ミサゴさんは、あまり効いていないみたいだけれど、面倒くさそうに
「すみません、ミサゴさん。いつもは、もうちょっと聞き分けがいいんだけど……」
たぶん今は猛禽が目の前にいて、興奮しているんだと思う。さっき二階で鳥を見ていた時もそうだった。
ミサゴさんはカーくんへ目を落としながら、大げさなため息を吐いた。
そして。
「しゃーないな……」
パッと腕を放す。
ゴンッ!
「いてっ!?」
カーくんは、そのまま床へ身体をぶつけた。
「な、なにしやがるんだっ!!」
「お前が放せ言うたやろ? ほら、放したんやから、静かにするんや?」
倒れたカーくんを見下ろしながら、ミサゴさんが言う。
それでもカーくんは烈火のごとく怒ったまま。立ち上がって、わたしとミサゴさんの間へ割り込んだ。
「てめぇの言うことなんか聞くかよ!! 言っただろ! 今すぐオレとななの前から消えろって!!」
「ちょっ、ちょっとカーくん、これ以上大声出したら、他の鳥が……」
窓の外で、やってきたカワウが飛び立っていくのが見えた。わたしはカーくんの横に立って、止めようとする。けど。
「ななは下がってろ!! おい、猛禽野郎!! てめぇが今すぐ出て行かねぇなら、オレの群れ呼んで、総出で追い払ってやるだけだ!!」
わたしの声にまったく耳を傾けない。ミサゴさんを
まさか、ここで群れを呼ぶつもり!?
「カーくん、それはダメ! 絶対ダメっ!」
今の時期は、やってくる鳥こそ少ないけど、ビオトープにはよく小鳥がいる。巣だってあるかもしれない。それなのに、カラスの大群がやってきたら、どう影響が出るかわからない。
助けてほしくてトキのほうを見る。けど、いつの間にか部屋の隅っこにいて、両耳を
「どうした! ビビってんのか!? 止めてほしけりゃ、さっさとここから出て行くんだな!!」
わたしはミサゴさんを見た。目を閉じていて、右手につけている軍手を外し、床に捨てた。
「覚悟しやがれ!! 猛き――」
カーくんが言葉を並べ立てていた、その時。
ミサゴさんの目が開く。
足を一歩踏み込み、右手がものすごいスピードでカーくんに向かう。
「んっ!?」
怒声が、止まった。
一瞬の出来事で、なにが起きたか見えなかった。
ただ、今、目の前に見えるのは、片手を上げたまま、動きを止めたカーくん。
そして、カーくんの首を、
「ええ加減にせぇ。お嬢ちゃんが困っとるやろ」
冷たい眼光を宿したミサゴさんが、低い声で言う。
「力を見せつけたいんやったら、自分の力量わきまえてからやれや。
ミサゴさんの右手が、ゆっくりと握られていく。カーくんの首に触れる。
その手の爪は、まさに猛禽の爪で、鋭く
「ワシは魚を食うけど、他のもんが食えんわけやない。カラスの一羽、その気になれば、いつでも狩れるんやぞ」
鋭利な爪の先が、ゆっくりと、首の皮膚を
「っぁ――」
カーくんが、声にならない悲鳴を上げる。顔の血の気がみるみる引いていく。仲間を呼ぼうと上げていた手が、震えながら、ぎこちなく下がっていく。
ミサゴさんがそれを見て、スッと首から手を離した。
「わかったら、静かにせぇ」
カーくんは腰が抜けたように、その場に
「は……、はい……」
全身を震わせ、奥歯をガタガタ鳴らしながら、返事をした。
ちなみに隅っこでは、顔面
ようやく建物の中が静かになる。わたしは胸を
「ミサゴさん、あ、」
「ごめんな、お嬢ちゃん……」
わたしの言葉を遮り、またミサゴさんは謝ってきた。さきほどまでとはまるで違う、ささやくような弱々しい声。
ミサゴさんは自分の手を見つめながら話を続ける。
「これがワシの、本当の姿や。今まで隠しとって、ごめんな……」
そう言って、その手をギュッと握りしめた。
「怖いんやったら、ワシはもう、お嬢ちゃんとは……」
わたしはキョトンと首を傾げる。
「ミサゴさん? わたし、怖いなんて思ってませんよ?」
「……は?」
ミサゴさんは顔を上げて、間が抜けた声を出した。
わたしはカーくんを背に、ミサゴさんの真正面に立った。さっき言い損ねたことを改めて口にする。
「ありがとうございます、カーくんを静かにしてくれて。すごいですねミサゴさん。やっぱり猛禽は、人の姿でも強くてカッコいいです!」
今でも胸が、ドキドキとときめいている。まるで、カッコいいアクション映画を見たみたいだ。
一方のミサゴさんは、まだポカンと口を開けていた。
「お嬢ちゃん……、驚かんのか……?」
「えっ? それは、最初はビックリしましたよ? 知り合いが鳥だったなんて。でも、なんかもう慣れてますし。それに……」
わたしはミサゴさんを頭の上から足の先まで見てみる。背中に翼はあるし、手の爪も鋭い。けれども、それ以外はやっぱりどう見ても……。
「ミサゴさんは、お兄さんですから」
そう言って、自然と笑みが
さっきのカーくんとのやりとりだって、本気でやったわけじゃないってわかっていた。だってミサゴさんは、優しくて気さくで、話しているだけで楽しいお兄さんだって、わたしは一番知っているから。
「そうか……」
ミサゴさんは握りしめていた右手を開いて、肩の力を抜く。そして、優しげな微笑をわたしに向けてくれた。
「ほんま、お嬢ちゃんは鳥好き鳥頭やな?」
「はい! って、今トリアタマって言いました!? ミサゴさんそれ、悪口ですからね?」
「冗談や、冗談」
そう言って、ミサゴさんは肩をすくめて笑う。わたしも思わず吹き出してしまった。
今日のミサゴさん、最初に会った時、なんだか冷たくて重い雰囲気だった。けど、やっといつもの調子に戻ったみたいで、内心ほっとする。
と、その時。
「ん?」
ミサゴさんの足に、なにかが抱きついた。
そこにいたのは、さっきまでわたしにしがみついていた、カワセミくん。
顔を上げ、キラキラと輝く目をミサゴさんへ向けて、一言。
「ししょーっ!」
「えぇーっ!?」
驚くわたしを尻目に、カワセミくんはミサゴさんから手を離す。一、二歩と後ろへ下がり、ビシッと背筋を伸ばした。
「ししょー! ボクを、でしにしてくださいっ!」
「ちょっ、ちょっと待って、カワセミくん? 急にどうしたの?」
「だって、ししょー、つよくてかっこよくて、それにお魚とるのもじょうずだったから! ボク、ししょーのでしになりたい!」
わたしへと振り返り、目を輝かせて語る。そういえば、ここで鳥のミサゴを見た時も、すごいすごいと興奮していたのを思い出す。
「そういや、このカワセミ、まだ自分で食べもん捕れんって、さっき言うとったな?」
「そうなんです。巣立ってすぐに親鳥とはぐれちゃって……。練習もしてるんですけど、わたしたちもなかなか上手く教えられなくて……」
今までも、動画を見せたり、みんなで川へ行って狩りの練習をしていた。けれどもカワセミくんは、まだ自分で食べる分の魚を自力で捕ることができない。十回やって、一、二回成功するかしないかくらいだ。
すると、ミサゴさんは腕を組んでなにか考える素振りを見せる。そして、手を横腹に当てて、口を開いた。
「よっしゃ、わかった。ほんならワシが、魚捕りの師匠になってやるわ」
「ホント!?」
「あぁ。ただ、ワシは厳しいからな? 覚悟するんやぞ?」
「は、はいっ!」
緊張ぎみながらも、
「良かったね、カワセミくん」
「うん!」
カワセミくんは、満面の笑みを浮かべながら、大きく
「ほなカワセミ、せっかくやから今から特訓するか?」
「はいっ! おねがいします!」
「お嬢ちゃんは、どうする? ちょっと遠いけど、ええ練習場所があるんや」
「わたしも行きますよ。今日は一日暇ですから」
「そうか。ほんなら、先にあそこまで行っとってくれるか?」
言いながら、窓の外を指差した。この辺りは内湾で、海岸線が緩やかにカーブしている。指を差された方向には、海に突き出る形でこんもり茂った森が見えた。
「あそこの、森のところですか?」
「そうや。ワシは準備してから向かうわ。カワセミも一緒に行こか?」
「はいっ!」
ミサゴさんは出入り口のほうへ歩き出す。カワセミくんも返事をして、その後をついていく。
と、ミサゴさんは足を止めて、思い出したように首だけこちらへ振り向いた。
「で、お前らは、どうするんや?」
視線の先は、わたしの後ろ。すっかり忘れていた、腰を抜かしたカーくんと、隅で震えているトキ。
「は……はぁ? な、なんで、猛禽に付き合わなきゃなんねぇんだよ……」
カーくんが未だにビクビク震えながら言う。その後ろでトキもコクコク頷いている。
すると、ミサゴさんの片目が少し細くなった。
「まさか、お嬢ちゃんを一人であそこまで行かせる気や、ないやろな」
「はいっ! 行きます! ごめんなさい! すみません! 許してください!」
「静かにせぇ言うたやろ」
「はぃぃぃっ」
ミサゴさんはわたしに目を移して、微笑む。
「ほんならお嬢ちゃん、また後でな?」
「はい。カワセミくんのこと、よろしくお願いします」
こうして、わたしたちはミサゴさんと別れ、目的地へと向かった。
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