6-04 海と、待ち合わせ場所
ミサゴさんたちと別れ、『野鳥公園』を出てからおよそ一時間後。わたしたちは、ようやく目的地へ到着した。
指で差された時は直線距離で見て、すぐ着くかなと思った。けど、海岸線沿いを歩いていたら、思った以上に時間が掛かってしまった。まぁ、途中で鳥を見たりもしていたからね。
「ふぅ、やっと着いた」
森の手前まで来て、木陰で一休みする。ちょうどいい倒木があったから、そこへ腰を下ろした。
初めて来た場所だ。緩やかにカーブしている海岸線で、この森だけポコッと凸の字みたいに海へ飛び出している。周囲は民家も田んぼもない。雑草が茂る空き地が広がり、さっき歩いてきた車一台通れる細い道があるだけ。
「ミサゴさんとカワセミくん、まだ来てないみたいだね。トキ、カーくん、大丈夫? 暑くない?」
スマホで時間を確認すると、意外にもまだお昼前。朝早くに家を出たから、午前中が長く感じる。それでも、しだいに強くなる日差しは日なたを照りつけていて、額の汗を拭いながら二羽に
すると……。
「あ、暑い……? なな、なに言ってんの?」
わたしの隣に座り、まるでそこだけ真冬のように、両腕を抱えてガタガタしているカーくんが言った。その隣では、木に背をもたれ休んでいるトキがいる。腕を組んで震えながら、コクコクと
「だから、トキもカーくんも、そんなに怖がらなくて大丈夫だって。ミサゴさん、良い人、じゃなくて良い鳥だし、襲って食べたりしないから」
「で、でも、『狩る』って言ってたじゃねぇか!?」
ここに来る途中に、何度も言って聞かせたことを言う。けれどもカーくんはさっきのことが相当応えたのか、全然信じてくれない。その隣で、トキもコクコク頷いている。
「だからそれは、ちょっとカーくんに注意するためだって」
「注意ってレベルじゃなかっただろ!? ゼッテー食おうとしてただろ!?」
コクコク頷くトキ。
「だからそんなことないって。カワセミくんも、安心してたでしょ?」
「安心できねぇ! つーか、カワセミだって、もう帰って来ねぇんじゃねぇか!?」
コクコク頷くトキ。
「だーかーら、大丈夫だってば!」
ていうか、トキ、なんかしゃべってよ……。
二羽の様子に、ため息が漏れる。猛禽は天敵だというのはわかる。でもわたしは、二羽に同情するよりも、理解してもらえないミサゴさんに対して申し訳なく感じてしまう。本当に、優しくて格好良くて、良いお兄さんなのに。
「つーか、ななは、なんであんな危ないやつと知り合いになってんだよ?」
なおもブツブツと言うカーくんが、
「だから、危なくないってば。ミサゴさんは、わたしが中学の頃からずっと会ってたんだからね」
「中学って、オレがななに会い始めた頃か?」
「そういえば、カーくんと会ったのと同じ年だったかな……。ミサゴさんに会ったのは冬で、カーくんに会ったのは秋だから……、カーくんに会った後だね」
「それなら、なんでオレに言ってくれなかったんだよ!?」
「えぇー、だってその時、カーくん鳥だったでしょ? 別に、言うほどのことじゃなかったし……」
それにミサゴさんのことは、家族のみんなにも、ゆうちゃんや他の友達にも話していない。べ、別に隠していたわけじゃないけど、鳥ほど重要なことじゃないと思っていた。当時は、人の姿をした鳥だなんて思いもしなかったし。
「ったく、どいつもこいつも、オレが見てない
カーくんがなにか言って、トキのほうを
「で、そもそもあいつ、なんでヒトの姿になってんだよ?」
カーくんがこちらへ向き直り、口を
「わたしもわかんないんだよね。なんでなんだろう?」
腕を組み、首を傾げて考える。
確か鳥は、恩とか情とか恨みとか、なにか強い想いを感じた時に、姿を変えて、相手のもとへやってくるんだよね。ということはミサゴさんも、人に対して強い想いを感じて、姿を変えたのかな。一体、だれになにを……?
「まさか、なな? あいつが鳥の時に、なんかしたのか!?」
「えっ? 覚えてないけど、たぶんしてないよ? ミサゴは、いつも『野鳥公園』で観察するくらいだったし」
ミサゴを助けて恩を売ったこともないし、知り合いのミサゴがいたわけでもない。近づきすぎたこともなく、いつも遠くから双眼鏡で
「そもそも、初めて人の姿のミサゴさんに会ったのは、偶然だったし。わたしに対してなにかあるようにも、見えなかったよ?」
本当に、ミサゴさんとは『野鳥公園』で会って、一緒に鳥の話をするくらいだった。仲は良いけど、恩返しとか、なにか特別なことをしてもらったことはない。だから、ミサゴさんが人の姿になった理由は、たぶん、わたしではないと思うんだけど……。
「んんん~……、わかんねぇ……。恩を返すならとっとと返して、もとの姿に戻っちまえばいいのに……」
カーくんが頭を
「ん?」
すると、トキが久し振りに声を出して、道路のほうを見た。車のエンジン音が聞こえてきて、わたしとカーくんもトキが向いているほうを見る。
わたしたちが歩いてきた道からやってきたのは、一台の軽トラック。
しかも猛スピードで、こっちに突っ込んでくる!?
「タァッ!?」
「ガァッ!?」
「きゃっ!? ちょっとトキ、カーくん!?」
トキとカーくんがびっくりして、倒木の後ろへ飛び退き、身を隠す。わたしの背に回り込んで、まるでわたしを盾にしているみたいなんだけど!?
わたしも立ち上がって逃げようとした。けどその前に、車が目の前で止まる。
フロントガラスの向こう側にいたのは、ミサゴさんとカワセミくん!?
「待たせてごめんな、お嬢ちゃん?」
「ななー! ただいま!」
運転席から、大きな紙袋を持ったミサゴさんが降りてくる。助手席からカワセミくんも降りてきて、わたしにギュッと抱きついた。
一方のわたしは、ツッコミたいところ満載で、車とミサゴさんを交互に見る。
「えっ? えぇっ!? ミサゴさん、車なんて乗ってたんですか!?」
「ついこの前買ったんや。中古やけど、ええ乗り心地やぞ?」
「で、でも、免許とか?」
「ちゃんと取ったわ。春からずっと休みの日に車校通っとったんや」
「へ、へぇ……」
そっか、だから最近『野鳥公園』へ行っても、ミサゴさんに会えなかったんだ。
カーくんがコンビニでバイトしていた時も驚いた。けど、まさかミサゴさんが免許取って軽トラ乗り回していたなんて……。鳥って、わたしが思っているよりも、すごいのかもしれない。
と、びっくりしているわたしの肩越しへ、ミサゴさんは視線を移す。
「それでお前ら、さっきなんでお嬢ちゃんの後ろに行ったんや。そこは前に出るところやろ」
わずかに目を細めて、低い声で言う。
後ろを振り返ると、小さな悲鳴を上げて、肩を上げたまま固まっている二羽がいた。
「ほんま、頼りないやつらやな……」
わたしとミサゴさんは、同時にため息を吐く。
「ミサゴさん、それで、どこでカワセミくんの特訓するんですか?」
「ししょー、はやくとっくんしたーい!」
「そうやったな。こっちや?」
ミサゴさんは、森の中には入らずに、森と空き地の間を歩いていく。雑草が茂る中、獣道のように、人一人通れる道があった。わたしとカワセミくんは、ミサゴさんの後ろをついていく。さらに距離を取って、トキとカーくんもついてきているらしい。
しばらく行くと、道の行き止まりまで来た。
「ここはな、昔、海水浴場やったそうや。さっきあった空き地が駐車場で、当時は満車になるくらい
目の前には、青い海と、砂浜。
辺りに人は、だれもいない。まさにわたしたちだけの、プライベートビーチが広がっていた。
「ここなら人も滅多に来んから、カワセミの特訓にはもってこいやろ?」
こちらへ振り返り、ミサゴさんが笑みを浮かべて言う。
カワセミくんは翼を出して、パタパタとその場で羽ばたかせる。どうやら、やる気満々のようだ。
カワセミといえば、渓流の鳥。川で魚を捕るイメージがある。でも、実際は海で魚を捕ることもあって、時には海岸沿いで見られることもあるらしい。
「それじゃあ、わたしたちは日陰で応援してますね?」
「いや、ちょい待て?」
邪魔をしないよう、わたしたちは隅っこでカワセミくんを見守っているつもりだった。けれどもミサゴさんはわたしを呼び止め、持っていた袋をガサゴソ
「これがお嬢ちゃん。で、こっちがお前らや」
中からビニール袋を取り出して、わたしと、後ろのトキとカーくんに投げ渡した。
「さっき驚かせた
なんだろう? わたしは袋を開けて、中を
そして、固まる。
「こ……これって……!?」
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