05 カラボの理由

小鳥ことりくーん! どこー! いたら返事してー!」


 町民センターの近くは人こそ少ないものの、隣に大きな駐車場があって、探す範囲が広い。トキと幹歩みきほくんには、建物周辺をお願いして、わたしと大翔たいとくんは駐車場を探すことにした。

 満杯になっている車の間を通りながら、辺りをキョロキョロ見回す。


「小鳥くーん! 小鳥くーん!」

「ねぇ、コトリって、もしかしてカラボのことかな?」

「うそー? もうすぐライブなのに、こんなところにいるわけないじゃん?」


 手を筒状に口へそえて叫んでいると、通りすがった人の声が後ろから聞こえた。

 思わず、ギクッと肩を上げてしまう。


「あの、ななさん、できればあまり大きな声は出さないでほしいです……」


 深々とキャップをかぶった大翔くんに、こっそりお願いされる。


「そ、そうだね。ごめん」


 アイドルを探すのって、思った以上に難しい。呼び回って探すわけにもいかないし、迷子の放送をさせるわけにもいかない。

 しかも、日が沈んで、辺りはどんどん暗くなっている。


「ライブまであと三十分か……。急がないと……」


 大翔くんは自分の腕時計をちらと見て、つぶやいた。

 急ぎ足で駐車場を歩きながら、車と車の間に小鳥くんがいないか確認していく。


「このライブだけは、絶対にみんなと歌いたいんだ……」


 わたしは隣を見た。

 身を屈めたり伸ばしたりしながら、必死に小鳥くんを探している大翔くん。


「ねぇ、大翔くんは、どうして人の姿になって、アイドルになったの?」


 くと、大翔くんは動きを止め、わたしのほうへ振り向く。


「あっ、ごめんね。こんなこと訊いてる場合じゃないよね。でも、気になっちゃって。シジュウカラって、いつもきれいな声でさえずってるのに、なんで人の姿になって、歌を歌ってるのかなって……」


 取り繕うように両手を振りながら、質問した訳を話す。

 その時、わたしたちの前を家族連れが通り過ぎていった。お父さんとお母さん、その間に小さな女の子がいる。

 大翔くんは、その子に視線を向けながら口を開いた。


「それは――」


 小鳥くんを探しながら、大翔くんは人の姿になった理由、そしてアイドルになったいきさつを話してくれた。


「あれは、三年前。僕が巣立って、一人前の成鳥になって、自分の縄張りでさえずりをしていた時でした。


『きみ、きれいな声だね?』


 僕の足もとで、声がしたんです。ヒトの、小さな女の子でした。


『あっ、黒いネクタイ。パパが言ってたよ。黒いネクタイをしている鳥は、シジュウカラっていうんだって。……あっ』


 彼女が近づいてきたので、僕は枝の茂るやぶの中へ身を隠しました。当時はまだ、ヒトには慣れていませんでしたし、ヒトの言葉もよくわからなかったので。

 彼女は僕を探しているように、身体を左右に揺らして、枝の間をのぞいていました。


『シジュウカラさん? いなくなっちゃったかな? せっかく、きれいな声だったのに……。そうだ! お礼にあたしも、歌をうたってあげるね! ママといっしょに、お腹のあかちゃんにいつもきかせてる歌なんだよ?』


 そう言って、彼女はまっすぐ立ち、両手を後ろにやって、息を大きく吸いました。

 そして、歌を歌い始めたんです。


 その時のことは、今でも忘れられません。

 僕は、胸がドキドキしていました。


 ヒトが近づいてきた恐怖も、もちろんありました。

 けれどもそれ以上に、彼女の歌が僕の心に入ってきました。

 優しく流れるようなリズム。高く明るい声。満面の笑みで、楽しげに歌う姿。

 彼女の歌に、僕は心を奪われた。魅せられてしまったんです」


 そう話す大翔くんの顔は、口もとが緩んで、ほおを染めていた。まるで、集めた宝物の箱を開けた時みたいに。本当に大切な、幸せな記憶だったんだなって感じた。

 大翔くんはわたしを見て、また口を開く。


「ななさんは、鳥たちがなぜさえずりをするのか、知っていますよね?」

「うん。縄張り宣言とか、求愛のためでしょ?」


 そう言うと、大翔くんはこくりとうなずく。


「はい。僕ら鳥のさえずりは、ヒトからすれば歌っているように聞こえるみたいですが、実は、決まりきった音の羅列なんです。音に意味はありますし、組み合わせることもできますが、使い方も使い道も限られています」


 そっか。鳥にとってのさえずりは、人にとっての歌とは、違うのかも知れない。きれいな声だけど、個体によって鳴き方はあまり変わらない。決まった言葉で、自分の存在を主張しているようなものなのかな。


「でも、それに比べてヒトは、自由に歌うことができるじゃないですか。さまざまな声が出せて、たくさんの言葉があって、それを組み合わせて、リズムに乗せて、自由に歌える! すごいと思いませんか!?」


 興奮気味に、大翔くんはわたしに詰め寄った。そしてハッと我に返り、身を引いてうつむく。


「す、すみません……つい……。でも、あの女の子の歌を聴いてから、僕はヒトに興味を持ち始めました。ヒトの姿になれば、僕も自由に歌える……歌ってみたい! そう思って、僕はヒトの姿になったんです」


 そう言うと、大翔くんはわたしを見て、笑みを浮かべて肩をすくめる。


「変な鳥ですよね。ヒトの姿になってまで、歌を歌いたいなんて……。初めの頃は、他の鳥からバカにされて、ヒトからも、相手にしてもらえませんでした」

「そうだったんだ……」

「はい……。でも、そんな時に小鳥に出会ったんです。僕の歌を聴いて、『幸せな気持ちになった』って言ってくれて。ヒトの姿になって、『一緒に歌いたい』って言ってくれたんです」


 それはまるで、女の子の歌を聴いて、感化された大翔くんみたいに。きっと小鳥くんも、大翔くんの歌を聴いて、なにかを感じたんだろう。

 大翔くんは真っ直ぐに前を向いて、言葉を続ける。


「それから、僕と小鳥は、もっとたくさんのヒトたちに歌を届けたいと思うようになりました。そのために、この姿でアイドルになりたいって、夢を持ったんです。それで、旅に出て、胡蝶こちょう緒恋おれん、それに幹歩に出会って。そして、今、こうして『KARAカラKILabラボ』として、デビューすることができたんです」

「そっか。夢がかなったんだね」

「はい。それで、実は僕と小鳥が生まれた場所が、この町なんです。今回、ここでのライブを引き受けたのは、僕らの始まりの場所で、みんなと歌いたかったからなんです。それと、できれば、僕に夢をくれたあの女の子に、今度は僕が歌を届けたいと思って……」


 そう言って、大翔くんはまた、頬を朱に染めた。

 話を聞いていて、なんだかわたしは、嬉しくて胸が一杯になっていた。歌に憧れて、仲間に出会って、そして、夢をつかんだのだろう。鳥も人も、関係ない。キラキラ輝く大翔くんの目の前で、わたしはガッツポーズをするように、胸の前で両手をギュッと握る


「きっと届くよ! わたしも応援するから!」

「ななさん、ありがとうございます!」


 大翔くんは、満面の笑みで頷いた。


 でも、結局、駐車場では小鳥くんを見つけられず。

 わたしたちは、トキと幹歩くんがいる町民センターの前へ戻ることにした。

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