5-06 レッツ、バードウォッチング! ~「ゆく鳥くる鳥」編~

 次に向かったのは、海沿いに建てられた、とある施設。

 木々がうっそうと茂る中に、その施設はある。一見すると見過ごしてしまいそうだけど、四つほどの駐車スペースと案内看板が目印だ。


「『野鳥公園』?」


 カーくんが、立てられた看板を見ながら言った。


「そう。ここは、鳥を観察するための施設なんだよ」


 入ってすぐにある建物は、ビジターセンター。鳥を観察できて、鳥情報がわかる本やポスターもある。センターの隣は、林や池が整備されている。林の中には遊歩道もあって、そこを抜けると、小さな観察小屋がある。

 町の公共施設で、わたしオススメの観光スポットだ。


 まずわたしたちは、ビジターセンターに入った。

 床はコンクリートで、壁や天井は木でできた建物。真ん中には、二階へ続く階段がある。右手側には、受付。といっても人はいなくて、カウンターの上に、受付名簿のような紙が、ボードに挟んで置いてあるだけ。


「わーっ! なな、海がみえるよ?」

「へぇー! ここらへん滅多に来ねぇから、こんな建物初めて知ったぜ」


 カワセミくんとカーくんは、楽しそうに辺りを見回す。窓の外を眺めたり、展示物を触ったり、興味津々に建物の中を走り出してしまう。


「カーくん、カワセミくん、走っちゃダメだよ? 建物の中でも、静かにしてね?」


 二羽に注意しながら、わたしは受付に置いてある名簿に名前を書いた。上の欄には、一週間前に来た時の、自分の名前が書かれている。その上も、そのまた上も。わたしの名前が、名簿をほとんど埋めていた。


「なな、上に行ってもいいか?」

「いいよ。階段からは土足厳禁だから、靴は脱いでね?」

「はーい。ななも早く来いよ?」

「カーくん~、まってよ~」


 靴を脱いで、そのまま階段を駆け上っていくカーくん。カワセミくんもぎこちない手つきで靴を脱いで、カーくんを追いかけていく。


「こらこら、だから走っちゃダメだって」


 注意しながらも、二羽の楽しそうな様子に笑みがこぼれる。

 わたしも階段の下で靴を脱ぎ、横のかごに置かれたスリッパを出して、履き替えた。


「トキも、行きましょう?」


 後ろにいるトキに言って、わたしは階段を早歩きで上っていった。

 二階には、四方に大きな窓があって、海や林や池を見渡せる。壁づたいにテーブルとイスもあり、座りながらゆっくり鳥を観察できる。

 カーくんがテーブルに手をついて、窓の外を見回している。隣でカワセミくんも、イスにひざをついて乗り、テーブルから身を乗り出して辺りを見ていた。

 けど……。


「なんもいねぇな……」

「なき声も、きこえないよ……?」


 二羽はつぶやき、つまらなそうにわたしへ視線を向けた。


「うぅ~ん……。カモメくらいはいると思ったんだけど、今日はハズレだったかな……」


 わたしは二羽の間へ入り、外を眺めた。波が穏やかに揺れているだけで、どこを見ても鳥の姿は見えない。双眼鏡で、当てもなくのぞいてみるけど、やっぱりいない。


「実は、ここに来るのはカモとかの冬鳥だから、夏はあんまりいないんだよね」

「冬鳥って、渡り鳥のことか?」

「そう。ここは、冬鳥たちの越冬地になってるの」


 ここらへんは内湾になっていて、波が比較的穏やかな場所だ。だから、秋から冬にかけて、たくさんのカモ類が羽を休めにやってくる。目の前の海一面に、浮かんでいることもあるくらいだ。


「ねぇねぇカーくん、わたり鳥ってなぁに?」

「渡り鳥っていうのは……、あれだ。いつもはいねぇのに、飛んで渡ってくる鳥のことだ」

「いつくるの? どんな鳥なの? なんでくるの?」

「はっ? うぅ~……」


 カワセミくんの質問攻めに、カーくんが困ったようにわたしを見た。

 ここで、本日四回目の鳥レクチャー!

 テーマは『ゆく鳥くる鳥、渡り鳥!』。


「渡り鳥っていうのは、遠くの外国と日本を行ったり来たりする鳥のことを言うの。大きく分けて、三種類あるんだよ。まず一つ目が、さっき言ってた『冬鳥』。秋頃に来て、冬を越して、春頃に去っていくの。カモとか、ハクチョウとか、ツグミとかがいるよ」


 冬鳥は、日本よりも北のほうから渡ってくる。例えばオオハクチョウやコハクチョウは、夏にロシアで繁殖をして、冬に日本へ越冬するためにやってくるらしい。


「二つ目は、今の時期にいる『夏鳥』。春頃に来て、繁殖をして、秋頃に去っていく鳥のことをいうの。例えば、ツバメとか、アオバズクとか」


 夏鳥は、日本よりも南のほうから渡ってくる。例えばツバメは、冬にフィリピンやマレーシア辺りで越冬して、夏に日本へ繁殖のためにやってくるらしい。


「そして、三つ目が『旅鳥たびどり』。これは春や秋に、渡りの途中で日本に立ち寄る鳥のことをいうの。ヤツガシラとかムギマキとか、なかなか出会えなくて、ちょっとレアな鳥なんだよ」


 旅鳥は、日本より北で繁殖して、南で越冬をする。日本には、行き帰りに立ち寄るだけだから、いつどこで見られるのかわからない。


「それで、渡りをしない鳥、トキやハシボソガラスやカワセミは、『留鳥りゅうちょう』って呼ばれているの。留鳥のなかには、『漂鳥ひょうちょう』といって、夏は涼しく、冬は暖かい場所へ移動する鳥もいるけどね」


 漂鳥は、季節によって北から南へ、南から北へ移動したり、高地から低地、低地から高地へ移動するものがいる。ただ、環境が良ければ、その場所にずっといる場合だってある。だから、この鳥は留鳥で、この鳥は漂鳥と、線引きをするのは難しい。


「あと、渡り鳥や留鳥の他に、一番レアなのが、『迷鳥めいちょう』。普通日本で見られないはずなのに、台風とかの風で飛ばされて、偶然やってきた鳥のことをいうの」


 珍しい迷鳥が現れると、バードウォッチャーの間では、大きなニュースになる。

 例えば、チベットからインドや中東を行き来するはずのアネハヅルとか、熱帯や亜熱帯にいるはずのオオグンカンドリとかが、観察されたことがある。

 でも、迷鳥のなかには、飼育していた鳥が抜け出した可能性の高いものもいる。ちなみに、逃げ出した鳥のことは、『かご抜け鳥』という。


「ふーん。ところでさ、あいつらって、なんでいちいち渡ってくるんだ?」

「それは、いろんな理由があるみたいだけど、一番は、食べ物を求めて行き来しているらしいよ。冬になると、寒い地域は雪や氷ができて、虫とかの食べ物がなくなっちゃうから」


 例えばツバメは、虫を主食にしている。日本だと、冬は寒くて虫がほとんどいないから、南へ渡っていく。

 じゃあ、なんでずっと南にいないのか、という疑問も出てくる。

 日本では、冬が終わって雪が溶けると、虫がたくさん現れる。春夏は繁殖期。子育てをしないといけないから、たくさんの食べ物が必要になる。豊富な食べ物を求めて、ツバメはまた日本へと渡ってくるらしい。


「へぇー。大変なんだな。冬になって虫がいなけりゃ、木の実でも魚でも、食ってりゃいいのに」

「カーくんみたいに、なんでも食べられる鳥は少ないんだよ? ていうかカーくん、鳥なんだから、わたしにかなくて、渡り鳥に直接訊けばいいんじゃない?」

「えー。なんかあいつらって、勝手にやってきて、騒いで、食いもん食って、勝手にいなくなるだろ? オレ、あんまり好きじゃねぇんだよな」

「そ、そうなんだ……」


 もしかして、留鳥派と渡り鳥派で、触れちゃいけない不和があるのかな。複雑な鳥社会を、覗き見てしまった気がする。


「ねぇねぇ、なな? それで、びっくりは? びっくり、もしかして、いないの?」


 と、カワセミくんがわたしのそでを引っ張りながら言った。まゆゆがめて、悲しそうな顔で詰め寄ってくる。

 胸が打たれる。慌てて首を振り、カワセミくんの頭をでてあげた。


「ごめんね、カワセミくん。びっくりは、まだいないんだけど……」

「あれ? びっくりって、カモのことじゃなかったのか?」


 カーくんが首を傾げながら言った。

 そっか、渡り鳥の話をしていたから、見せたい鳥も冬鳥だと思われていたみたい。


「ううん、違うの。見せたかったのは、冬鳥じゃなくて、留鳥なんだけど」

「留鳥ってことは、いつもいるやつってことか?」

「うん。この辺りが縄張りみたいで、木とか電柱にとまって、海で狩りをするんだけど……」


 わたしはもう一度、窓の外を見て、肉眼で探してみる。

 その時。


「あっ」


 今わたしたちがいる建物の上空から、海のほうへ向かって、羽ばたく鳥の影が現れた。わたしは、目をその鳥に向けたまま、双眼鏡を目元へ当てる。


 一羽の鳥が、翼を広げて空を舞っている。大きさは、トビと同じくらい。翼は、大きいというより、長いという印象を受ける。胴体は白色。風を受けている翼の前側も白く、後ろの風切羽かざきりばね部分は、白と黒褐色のしま模様に見える。


「なな、あの鳥、なに?」


 隣から、カワセミくんの声が聞こえた。

 わたしは、双眼鏡を降ろさずに、鳥を見つめたまま答える。


「あの鳥の名は、ミサゴ」


 別名、魚鷹うおたか

 空を自在に舞い、水辺を支配する、猛禽もうきん類だ。


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