5-07 レッツ、バードウォッチング! ~「びっくり! 猛禽」編~

 ……と、カッコつけて言ってしまったのは、観察できて、テンションが上がってしまったから。


 やってきたミサゴは、海の上を飛び回っている。水面を気にしているから、たぶん食べ物を探しているのかな。


「カッコいいっ。やっぱり猛禽もうきん類は、カッコいいよねっ」


 興奮して、思わず小声で叫んでしまう。

 ちなみに猛禽類とは、タカ類やハヤブサ類やフクロウ類といった、肉食の鳥の総称をいう。力強い翼、キリリとした顔立ち、鋭い爪を持つ足。可愛い小鳥たちとは違う、ワイルドなカッコよさが猛禽類の魅力だ。


「なな、ボクも。ボクもそれで、みてみたいよー?」

「うん、いいよ。はい、どうぞ」


 カワセミくんも、ミサゴが気になるみたい。イスの上にひざを乗せ、双眼鏡を物欲しげに見つめる。わたしは双眼鏡を、カワセミくんの首に掛けさせてあげた。使い方を教えようとした、その時。


「も、猛禽んんん……」


 不意に反対側から、声が聞こえた。振り向くとそこには、窓の外をにらみつけ、歯をむき出し、殺気立ったカーくんがいた。

 肩に掛けていたジャケットをバサリッと脱ぎ捨て、背中から翼が、ブワリッと現れる。


「ななはそこで待ってろ! あんなやつ、今すぐオレの群れ総出で追い払ってやる!」

「あっ、ダメだよ、カーくん落ち着いてっ」


 イスに足を乗せ、飛び立つために窓を開けようとするカーくんを、慌てて止める。

 しまった。カラスって、猛禽類が嫌いなんだった。トビとか見つけると、鳴いて騒いで、よくケンカを売っていたりする。


「なな、止めんな! あんなやつ、いるだけでムカムカすんだよ!」

「だから落ち着いてっ。ミサゴは魚を主食にしてて、カラスは狙ったりしないから」

「んなこと関係ねぇ! 放せ! 放せ、なな!」

「だから落ち着いてってっ」


 カーくんの腕をつかんで、なんとかイスから足を降ろさせる。それでも翼をバタバタさせて、怒りを抑えきれないみたい。

 と、その時。


「あっ、ミサゴが」


 カワセミくんの声が聞こえ、わたしは窓の外へ目を向けた。

 ミサゴが空中から海へ向かって、真っ直ぐに急降下していく最中だった。

 足を水面に向かって突きだし、海の中へ飛び込む。水しぶきがあがり、一瞬、姿が見えなくなる。けど、すぐに翼が羽ばたき、海からミサゴが飛び上がる。

 足には、大きな魚が、がっしりと握られていた。


「す、すごーい」


 カワセミくんが双眼鏡をのぞきながら、声を上げた。

 ミサゴは足で、魚の頭を前に向けて持つ。小さい魚は片足で持つけど、大きい魚はいつも頭を進行方向に向けて持って行く習性がある。翼を羽ばたかせて、木々が生い茂る雑木林の中へと消えてしまった。


「すごい! すごいよ、なな! ミサゴ、すごいよ!」

「カワセミくんも、落ち着いて? でも、すごいでしょ? ミサゴは、ああやって水の中にいる魚を捕まえるんだよ」


 カワセミくんは双眼鏡を降ろして、わたしの服をつかみ、その場でぴょんぴょんとジャンプする。わたしは慌てて、身体を押さえて、人差し指でしーっとやった。

 けれども、狩りの瞬間が見られて、わたしも実は小躍りしそうなくらい興奮している。


「ちぇっ、なんだよ、あんなやつ……」


 一方のカーくんは、舌打ちをして窓から視線をそらした。ミサゴがいなくなったから落ち着いたみたいで、翼も閉じて見えなくなる。ジャケットを拾って、不機嫌そうにブツブツと文句をつぶやいている。


「ん? そういやなな、さっきから気になってたんだけど、これ、なんだ?」

「それは、望遠鏡だよ」

「望遠鏡?」


 カーくんが、隅に備え付けられた望遠鏡に、手を触れた。

 よく、展望台とかに置かれている、両目で見られて自動でピント調節できる物だ。しかも、無料で使うことができる。


「それは、双眼鏡よりも、ずっと遠くのものをはっきりと観察できるの」

「へぇー。どれどれ……」

「カーくん、ボクも。ボクも、みたいよ? さっきのミサゴ、さがしたいよ~?」

「ちょっと待ってろよ。ていうか、あんなやつ、もう出てこなくていいけどな」

「カーくんもカワセミくんも、ケンカしないで、順番に見てね?」


 いつの間にか窓の外には、カルガモやカワウやカイツブリがやってきた。わたしはカーくんとカワセミくんに、持ってきた図鑑を渡す。二羽は外の鳥と図鑑を見比べながら、当てっこを始めた。


 楽しそうな様子を見て、自然と笑みがこぼれる。アクシデントはあったけど、こんなに楽しいバードウォッチングは久し振りだった。鳥のこと、少しでも知ってもらえて、興味を持ってもらえて、本当にうれしい。


 そう感じながら、はっとわたしは、後ろを振り返った。


「トキ……?」


 トキは、部屋の隅に立って、黙って窓の外を眺めていた。

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