第2章 鳥見〈トリミ〉編

第5話 そうだ、バードウォッチングをしよう!

5-01 夏休みだよ! 全員集合!

 田んぼの稲が元気に育ち、青い絨毯じゅうたんがなびく今日この頃。

 太陽が南の空にさんさんと照り、立っているだけで額から汗が伝う。けれども今は自転車に乗っているから、吹く風が心地良い。


「明日から夏休みだね? ななちゃんは、どこか行く予定あるの?」

「うーん、特に決まってないかな? ゆうちゃんは?」

「私は今度、家族で旅行に行くの。山でキャンプしたり、海水浴したり、夜はお祭りも見に行ったりする予定なの」

「いいね! 山でヒタキの声聞いたり、海でカモメ探したり、夜にフクロウ見たり! 絶対楽しいよ!」

「う……うん……、探してみるね……」


 午前中で終業式が終わって、わたしたちはいつもよりも早い帰路についている。


 それにしても、夏休みの予定か。なんにも考えてなかった。せっかくの長いお休みなんだから、わたしもどこか旅行に行ってみたいなぁ……。


「親がね、今年の夏はゆっくりできる最後のチャンスだから、存分に楽しみなさいって言ってたの。休みが終われば、学校祭とか修学旅行とかもあるけど、その後は、進路選択があって、高三からは受験勉強で忙しくなるから……」

「北海道でタンチョウを見に行くのもいいなぁ……。でも、石垣島でカンムリワシも見たい……! でもでも、小笠原諸島にいるメグロも見てみたいよね!」

「ななちゃん……。聞いてないね……」


 夢の鳥類特別天然記念物巡りツアーを妄想してみる。まぁ、夢見るだけで、行くお金も、予定を立てる気も、ないんだけどね。


 わたしたちは分かれ道に差し掛かる。自転車を止めて、ゆうちゃんが案じ顔でわたしに言う。


「ななちゃん、だれにも言わずに、一人で遠くに行っちゃダメだよ? あと、夏休みの宿題も、ちゃんとするんだよ?」

「うっ……!?」


 痛いところを刺されて、思わずうなった。今日返ってきた期末試験の結果も、散々だったのを思い出す。

 そんなわたしを見て、ゆうちゃんがやさしく微笑んだ。


「旅行から帰ったら連絡するから、また一緒にやろうね?」

「ゆうちゃんっ! ありがとうーっ!!」


 小学校の頃から毎年、夏休みの宿題はゆうちゃんに教えてもらいながら、なんとか終わらせている。ゆうちゃんのブッポウソウ並のありがたさ。わたしは泣いて拝まずにはいられない。

 ちなみにブッポウソウとは、カワセミのように光沢があって、全体的に濃い青や緑色に見える鳥。昔、この鳥が「ブッポウソウ(仏法僧)」と鳴くと信じられて、この名前が付けられた。けど実は、「ブッポウソウ」と鳴くのはコノハズクというフクロウの仲間で、ブッポウソウ自体は「ゲェゲェ」と鳴く。

 この二羽を探す旅も、してみたいなー。


「ななちゃーん、またねー?」

「あっ!? ゆうちゃん、じゃあね! 楽しい夏休みをー!」


 ハッと気付くと、ゆうちゃんが手を振って、自転車のペダルを漕いで走り出していた。わたしは、慌てて手を振り返す。

 そうして、ゆうちゃんと別れて、わたしは家へと帰っていった。



   *   *   *



「宿題もしないといけないけど、やっぱり夏休みだから、どこかに行きたいよね……。う~ん、どこがいいだろう……?」


 家に帰って、自転車を軒先に止める。独り言をつぶやきながら、わたしは玄関へ向かった。


「せっかくだから、みんなと一緒に、どこか行ってみたいなぁ……」


 考えながら、かぎを開け、ドアを開ける。


「ただいまー!」


 いつものように言った、その時。


「なな? ななーっ!」


 廊下から、翼を生やした男の子が、わたしの胸に飛び込んできた。


「カワセミくん!? どうしたの?」

「なな、たすけて! カーくんが……! トキが……!」

「えっ!?」


 カワセミくんは涙目で、わたしを見上げた。

 家の中から、うるさい機械の音がする。

 わたしは靴を脱いで、急いで音がする部屋へ向かった。


「トキ! カーくん! どうしたの!?」


 居間の戸を開ける。

 その瞬間、身震いするほどの冷気が、身体に押し寄せた。

 そこに、いたのは……。


「や、やめろ……、それ以上、それを俺に近づけるな……」

「へへへ……、近づいてほしくなかったら、テメェがここから出ていくんだな?」


 壁に背をつけ追い込まれているトキと、うなる掃除機を手にトキへ近づくカーくん。

 ノズルの先端をトキに突きつけて、カーくんが笑みを浮かべる。


「さぁて、そろそろ決着をつけてやるぜ? テメェのそのピラピラした赤い前髪を、全部これで吸い取ってやるよ?」

「くっ……」


 冠羽かんうを立てたトキが、奥歯を噛み締める。

 覚悟を決めたように相手を見据えた、その刹那せつな


「……調子に、乗るな!」

「なっ!?」


 身を低くして、トキが駆けだした。ノズルをかわし、カーくんの横を通り抜ける。

 目指す先は、部屋の隅にある、コンセント。


「しまったっ!?」


 カーくんが慌てたように振り返る。

 と同時に、トキがコンセントに差さったプラグを引き抜いた。

 掃除機の音が、止まる。


「どうだ。この機械の特性は、すでに見切っていた。この線を抜けば、もうそれを動かすことはできない」


 トキは立ち上がり、プラグを足もとに投げ捨て、勝ち誇ったように言った。

 カーくんは、掃除機を持った手をストンと降ろし、うつむく。

 そして……。


「くっくっくっ……」


 肩を震わせ、笑みを浮かべる。


「残念だったな?」


 そう言って、掃除機のスイッチを別方向へ切り替える。

 その瞬間、再び機械は、雄叫びを上げるように唸りだした。


「なん……だと……!?」


 トキの顔が、蒼白そうはくに変わる。


「これは、コードレスにもなってどこでも手が届く、最新型の掃除機なんだよっ!!」


 カーくんは両手で掃除機を構え、立ち尽くすトキのもとへ。


「これで終わりだ! うぉぉぉぉおおおおおおおっ!!」

「うっ……うわぁぁあああああっ!?」


 ガシィッ!!


 トキの顔に、風のつるぎ(掃除機のノズル)が突き刺さる寸前。

 わたしは、ノズルの先端より手前の部分をつかんだ。

 もう少し力を入れていたら、管が潰れてしまったかもしれない……。


「「ななっ!?」」


 二羽が、わたしに目をやり、言葉を発し、顔を引きつらせて、固まる。

 まるで、時速二百キロメートルで獲物を仕留めに来た、ハヤブサを見たような顔。

 視界の隅では、戸から半分だけ顔を出して、プルプル震えているカワセミくんがいる。


「なに、してるの……」


 答えは、返ってこない。というか、返させない。

 わたしは息を一杯に吸って、叫んだ。


「もう! 掃除機使って遊ばないっ!! 全員集合して、そこに座って! 今から怒るよ!!」

「「「は、はいぃっ!!」」」


 設定温度十八度の部屋でも、冷気をまったく感じない。それほどの熱気を帯びながら、わたしは人の姿になった鳥たちに、お説教を始めることになった。


「な、なんでボクも……?」

「俺は被害者だ……。とばっちりだ……」

「オ、オレだって、掃除しようとしてただけで、こいつらが邪魔するから……」

「言い訳しない! だいたい、なんでこんなにクーラーガンガン利かせてるの! どうりで先月の電気代高いと思ったら……!!」

「「「うぅ……」」」


 夏休みが来た。けれども家にやってきた鳥たちとの生活に、休みなんてない。

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