5-02 夏といえば……
わたしが学校に行っている間、鳥たちはクーラーをガンガンに利かせた部屋で、快適に過ごしていたらしい。
暑さで具合が悪くならないよう、適宜使っていいと教えたけど、こんなに寒くしているとは思わなかった。わたしが帰る夕方になれば涼しくなって消すから、まったく気がつかなかった。
そして、今日の騒動は、快適な部屋から出たくないトキと、快適な部屋しか掃除したくないカーくんの、攻防戦だったらしい。
というわけで、反省させるために、しばらくクーラー使用禁止にしたんだけど……。
「暑い……」
「だりぃ……」
「うごきたくなーい……」
お昼ご飯を食べた後の、居間にて。
さっきまでのハイテンションはどこへやら。トキは円卓テーブルに突っ伏して、カーくんは開けた窓の枠に腰掛けて、カワセミくんは扇風機のそばで寝転がっている。
その姿から、彼らが空を颯爽と飛ぶ鳥だとは、到底思えない。
「みんな、だらけすぎだよ……。そんなに暑いの苦手?」
うちわを仰ぎながら、
わたしだって、日中は暑くて辛い。けれども、最近の鳥たちは、なんというか、すごくやる気がなくなっている。
トキは、二階が暑いからと、居間にいることが多くなった。得意な手芸もせずに、よくテーブルの上で突っ伏して寝ている。
カーくんは、朝にご飯を作ったら、あとは残り物や簡単なもので済ますようになった。今日のお昼ご飯も、そうめんだけだった。
カワセミくんも、一日家でごろごろすることが多くなった。ここが冷たいと、廊下の真ん中で寝転がっていた時は、ちょっとびっくりした。
時々、さっきみたいに、ケンカしたり騒いだりすることはあるけれど、それでも、春に比べたら、おとなしくなった、というか、だらしなくなった。
みんな食欲はあるから、夏バテではなさそうだけど……。
「暑いのも嫌だけどさ……、今は羽が抜ける時期なんだよ」
窓際に座るカーくんが言った。
「羽が抜ける?」
「あれ? なな、鳥には詳しいのに知らねぇのか? オレたちの羽って、毎年抜けて、新しくなってるんだぜ?」
「あっ、
換羽とは、古い羽が抜けて、新しい羽が生えてくること。鳥の羽は、ずっと同じものではなく、多くは一年に一、二回生え替わっている。
「そうなんだよ。ほら見ろよ、こことここ。もう二枚も抜けてんだぜ?」
カーくんがそばへやってきて、翼を広げて見せてくれる。脇のほうにある
と、カーくんのほうへ扇風機の風が吹いてきて、羽が揺れる。ぽろりと、また翼の羽が一枚抜けて飛んでいった。
「あぁっ!? ……最悪だ」
カーくんのテンションが急降下して、がっくりとその場でうなだれた。
鳥の換羽の仕方は、種類によって異なっている。
多くの鳥は、カーくんみたいに、一定の期間に羽が少しずつ抜けて、少しずつ生え替わっていく。一度に翼の羽が抜けちゃうと、飛べなくなっちゃうからね。
一方、カモやハクチョウ類などは、一度に翼の風切羽が抜けて、一気に換羽をおこなう。この時期は飛べなくなるけど、水辺で浮いて生活ができるから、あんまり問題がないらしい。
ほかにも、タカ類なんかは、ゆっくり長い時間をかけて換羽しているらしい。空のハンターだから、二、三枚の羽の有り無しが飛行に大きく関わってしまうのだろう。
「ということは、トキも、カワセミくんも?」
「あぁ。俺も抜け始めてきた」
「ボクも、ぬけてるー」
トキは顔だけわたしに向けて
多くの鳥は、繁殖期が終わった夏から秋にかけて換羽をする。巣立ったばかりの幼鳥も、生まれて二、三ヶ月後に換羽をして、成鳥と同じ羽になっていくらしい。だからみんな、ちょうど換羽時期なんだ。
どうりで最近お風呂場に、大量の羽や毛が落ちていると思った……。
「新しい羽が生えるのはいいけどさ、生え替わりの時期って、面倒くさいんだよなー。気分だるくなるし、飛ぶとバランスわりぃし、生えてくる羽はチクチク痛いし……」
そう言って、カーくんはカワセミくんと同じく、扇風機のそばへゴロンと転がる。
「敵に見つかっても、上手く逃げられない可能性があるからな。この時期は、あまり動かないのが得策だと教わった」
トキもテーブルに突っ伏したまま、付け加えるように言った。
「なるほど。鳥も大変なんだね……」
羽が抜けて新しく生え替わるということは、身体にも負担が掛かるだろう。飛べるにしても、羽が少なければいつもよりパフォーマンスが落ちる。鳥にとっては、重要であると同時に、危険な時期なのかもしれない。
外で観察している時は、普段と変わらずにパタパタ飛んでいると思っていたけど、実際は苦労しているんだ。
「でも、ずっと家でゴロゴロしてるのもよくないよ? たまには身体を動かして、運動しないと」
わたしは、そうみんなに助言してみる。
人の姿をしていても、人の生活に慣れてしまうのは、よくないんじゃないかな。と、今さらながら心配になってしまう。ゴロゴロ生活に慣れて、鳥に戻った時にメタボで飛べなくなった!? という事態になっても困る。
「だが……、暑いからな……」
「えー……、だりぃな……」
「いやだー……、うごきたくなーい……」
けれどもわたしの心配をよそに、鳥たちからはやる気ゼロの答えが返ってくる。
確かに人だって、運動しなさいと言われても、急にはやりたくないか。
なにか、楽しくできることがあればいいけど……。
「あっ、そうだ! ねぇ、明日、みんなでウォーキングしようよ?」
「「「ウォーキング?」」」
「そう! わたし、前からみんなに見せたいなって思ってた場所があるの。歩いて運動しながら、一緒に行ってみない?」
そう提案してみる。これなら、歩いて運動して、みんなと行きたかった場所へも行ける。
トキは
「だが、外を歩くのは……」
「午前中の早い時間に行くから、そんなに暑くないですよ? 敵だって、みんなで行けば怖くないです」
一方のカーくんは、乗り気で起き上がる。
「オレは、ななと一緒なら、どこでも行くぜ!」
「カーくん、ありがと! カワセミくんも、行こうよ?」
カワセミくんは、身体を半分だけ起こして首を傾げる。
「うぅ~……、お魚、いる?」
「お魚は、いるかどうかわかんないけど……。でも、もしかしたら、カワセミくんがびっくりするようなものが見られるかも!」
「びっくり!? なになにー?」
「それは、見てのお楽しみ?」
カワセミくんも乗り気になってくれたようで、わたしのそばへやってきて、腕を
あとは、いまだテーブルの上で突っ伏しているトキだけ。
「トキも、行きませんか? きっと楽しいですよ?」
「だが……」
わたしはカワセミくんを膝の上に座らせて、抱きしめながら言った。
トキは片頬をテーブルにつけたまま、渋るように言う。
と、わたしの背後から手が伸びてきて、カワセミくんをひょいと抱き上げた。
「別に、行きたくないヤツは、行かなくていいんじゃねぇか?」
「わっ!? カーくん、はなしてー!?」
カーくんが、カワセミくんをわたしから取り上げて言った。なぜか口を
「カワセミも、動きたくないなら、コイツと留守番してろよ?」
「いやっ! ななといっしょに、びっくりするの見るー!」
抱かれたカワセミくんは、首を横に振り、いやいやっと手足をばたつかせる。
「カーくん、いじわるしちゃダメだよ?」
「いじわるなんかしてねぇよ。遊んでるだけだよ、なー?」
「いやっ! カーくん、はなしてー! はーなーしーてー!」
「そんなにじたばたするなよ? いてっ!? あっ! カワセミ、オレの羽、抜きやがったな!?」
後ろで騒ぎだす二羽を置いて、わたしはトキの隣へ行った。
「トキ、一緒に行きましょうよ? 最近、食べ物捕る時以外、ほとんど家にいるじゃないですか? たまには外に出ないと」
トキは、家に来た時からあんまり外出をしたがらない。夏になってからは、涼しい時間に食べ物を捕る以外は、ほとんど家にいる。ケガをしているから、無理な運動はしないほうがいいと思うけど、運動不足になるのも心配してしまう。
トキはまだ渋った顔だけど、ようやく頭を起こして、こくりと頷く。
背後で、なぜかカーくんの大げさなため息が聞こえた。
「それじゃあ、明日の朝、裏庭に集合ですよ? ……ん?」
わたしはトキの髪に目が留まった。
なんだろう。黒髪に、なにか白いものがついている。ほこりかな。
「どうした?」
トキが首を傾げ、わたしが見ている横髪に手を触れた。何度か
これは、まさか、
「……なな?」
「あっ!? い、いえ、なんでもないです! 気のせいでした!」
わたしはごまかすように言って、トキの頭から目を背ける。
どうしよう。見てはいけないものを見てしまった。
トキ、口には出さないけど、ストレスが溜まっているのかな。カーくんにケンカ売られていたり、カワセミくんに食べ物をとられているから……。
これは、運動不足解消とともに、ストレス解消もさせてあげないと!
「トキ! 明日は絶対に、トキをリフレッシュさせてみせます!」
「あ、あぁ……?」
わたしの言葉に、トキは不思議そうな顔をしながら頷いた。
こうして、夏休み最初の予定が決まったのだった。
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