第3話 カワセミくんの恩返し

3-01 カゾク総出見返レバ

 慌ただしかった春の一ヶ月が終わり、夏鳥が姿を見せ始めた今日この頃。

 外ではアマサギが田んぼの中を歩き、子育て中のツバメが元気に飛び回っている。

 わたしは窓から聞こえるにぎやかな鳥たちの声に耳を傾けながら、コップに注いだ麦茶を三つ、お盆にのせて居間へ入った。


「はい、叔父おじさん。お疲れ様」

「おぅ、ななちゃん。気の毒なぁ」


 円卓のテーブルにお盆を置く。タオルで顔をいていた叔父さんが、もう片方の手でコップを取った。その隣に座る叔父さんの奥さんは、持ってきたトートバッグからたくさんの袋菓子を出していた。


「ななちゃん、これウチから持ってきたもんやから食べまっし?」

「いいですか? ありがとうございます!」

「お礼言いたいのはこっちやよ。ななちゃんのおかげで、今年もなんとか連休中に全部できたげん。せっかくの休みなんに、手伝わせて悪かったねぇ」

「いいですよ。毎年のことですから」


 毎年恒例の田植えお手伝い。田浜家は田んぼを持っているけど、もう農業をやる人がいないから兼業農家である叔父さんが代わりにお米を作ってくれている。他にも、叔父さん自身の田んぼや、知り合いから頼まれて作っている田んぼもあり、全部の田植えをしたら連休がほぼつぶれてしまった。


 本当は今の時期、飛んでくる夏鳥やレアな旅鳥を見つけに行くチャンスなんだけど……。このイベントばかりは、仕方がない。


「ところで叔父さん、さっき言ったことだけど、大丈夫?」

「あぁ。稲さえ踏まんとけば、いくらでもええよ」

「本当? ありがとう!」


 ほっと胸をで下ろす。あとでちゃんと言っておこう。たくさんいた昔は、稲を踏んで害鳥扱いされていたこともあるらしいからね。


「にしても、変な子やなぁ。田んぼの生き物を毎日捕りたいて。学校でそんな授業があるがんか?」

「えっ!? い、いや……えっと、部活? その子の入ってる部活でそんな研究してるらしくて。わたしが田んぼ持ってるって知って、頼まれちゃったの」

「そうなんか? 変な部活があるげんなぁ?」

「ははは、わたしも、よくわかんないんだけどね……」


 そう言って、笑ってごまかす。それでも叔父さんは、わたしの話を信じてくれたらしい。


「まっ、ウチで作る田んぼは、なるだけ農薬使わんようにしとるから、生き物もまんでおるやろ? 知り合いの田んぼも、入っていいかいとこか?」

「いいの? ありがとう叔父さん!」

「なーん、いつも手伝ってくれとる礼や。それに、もしも兄貴が生きとったら、ここらへんの田んぼは今頃、兄貴がまとめとったげんからなぁ」

「叔父さん、またその話?」


 叔父さんが家に来るといつも言う、お父さんの自慢話が始まった。


「兄貴は、『田舎やからこそできる農業がある』言うて、地域まとめて、ここだけにしか作れん無農薬の米を作るのが夢やったからなぁ。もしも事故に遭わんかったら、農業法人立ち上げて、今頃ななちゃんは立派な会社の娘さんになっとったげんよ?」

「それ、本当? わたしは、絶対失敗して借金まみれになってたと思うけど?」

「ははっ、ななちゃんは厳しいなぁ? いおりさんに似てきたわ」


 叔父さんは笑いながら言って、麦茶を飲み干す。わたしもつられて笑いながら、同じく麦茶を飲みきった。


「いおりさんは、元気にしとるけ?」

「うん。お母さん、あっちに行ってから忙しいみたいで、しばらくは帰ってこられないみたい」

放蕩ほうとう息子はどうしとる?」

「さぁ? お兄ちゃん、全然連絡くれないから。生きてるとは思うけど」

「なんやそれ。まったく、ウチの息子らもそうやけど、都会行ったらだれも帰ってこんくなる。家を継ぐ気あるがんか?」

「どうだろうね?」


 と、叔父さんのいつもの愚痴に、わたしは半ば他人事に肩をすくめてみせた。

 そういえば、いとこのみんなとも最近会っていない。わたしが小さい頃は、わたしの家族と叔父さんたちの家族総出で田植えをやって、お祭りみたいで賑やかだったのに。気付けば、わたしたちだけになってしまった。


「ななちゃん」

「なに? 叔父さん?」


 昔のことを思い出していると、叔父さんが改まった様子でこっちを見ていた。奥さんを一瞥いちべつしてから、わたしに向き直って口を開く。


「いおりさんも言っとったと思うけど、もし、一人でここにおるのが嫌になったら、いつでもウチに来てええげんからな? ウチももう、二人暮らしやし、学校行くのも、ここからとそう変わらんやろ?」


 そう言って、叔父さんと奥さんは、やさしくも真剣な目でわたしを見つめた。

 春先に、お母さんから同じことを言われた気がする。

 わたしは笑顔を見せながら、叔父さんたちに言う。


「ありがとう。でも、今のところ大丈夫だよ。友達も近くにいるし、お隣さんもやさしいし」

「……そうけ?」

「うん。結構、一人暮らしを満喫してるから」


 それに、叔父さんたちには言えないけど、今は一人暮らしじゃないんだよね……。


「おっちゃん! 全部洗い終わったぜ!」


 その時、開けていた窓の外から声が聞こえて、カーくんが顔を出した。つなぎ服を着て、手にはブラシと、水がジャブジャブ流れ出ているホースを持っている。もちろん、背中の翼は見えていない。


「おぅ! 一人でやらせて、気の毒やったなぁ」

「ほら、あんたも入って、おやつ食べまっしゃい?」

「マジで! 食う食う!」

「あっ、カーくんダメ、窓から入らない! 玄関から入ってきて!」

「はーい」

「それと! 水止めてきてね!」


 窓から身を乗り出そうとするカーくんを止めて、わたしは窓から顔を出す。外を見ると、泥が取れてピカピカになった田植え機や育苗いくびょう箱が並んでいた。


「一人暮らしを満喫……はっ、そういうことけ!?」


 その時突然、後ろで叔父さんがポンッと両手をたたいた。


「あんた、やっと気付いたん? あたしは最初から、そう思っとったよ?」

「ななちゃん、意外とやりおるなぁ? うん、面白い子やし、働きもんやし、いっそ婿取りしてななちゃんが家継いだらどうけ?」

「ちょっ、ちょっと待ってよ、叔父さん! 最初も言ったけど、カーくんはただの……えっと、高校の知り合いで、田植え体験がしたいとかなんとかで、連れてきたというか、押しかけてきたというか……」


 上手く言えずにしどろもどろしてしまう。叔父さんたちはそんなわたしを生温かい目で見つめる。さっきは信じてくれたのに、なんで?


「なんだなんだ? なに話してんだ? ムコトリとか、なんの鳥なんだ?」

「な、なんでもない! ていうかカーくん、ちゃんと泥払って、れたとこ拭いてから来てよ? 汚れるでしょ?」


 部屋に入って来たカーくんを止めて、わたしは首にかけていたタオルで服を拭いてあげる。もう、全身水浸し。「片付けはオレに任せとけ!」って言って、絶対水遊びしていたでしょ。


「それじゃあ、ウチらはそろそろ帰るわ」

「えっ、おっちゃんたちもう帰るのか? なんなら晩飯食ってけよ?」

「なーん、二人を邪魔したら、悪いからなぁ?」

「だから違うって! 叔父さん!」


 叔父さんたちはニタニタと微笑みを浮かべながら、居間を出て行く。

 いろいろ誤解されている気がする。でも、バレてはいけないところだけは、気が付いていないみたい。


「あっ、そうや」


 玄関へ行く二人を見送りながら、ほっと胸を撫で下ろそうとした。けどその時、おじさんが思い出したようにきびすを返す。


「父さんと母さんと、兄貴に挨拶あいさつしとかななぁ」

「えっ!?」


 叔父さんが廊下を引き返してくる。仏壇に行く気だ。仏間へは、客間を通らないと入れない。


「あ、待って、叔父さん……」


 引き留める言葉が見つかる前に、叔父さんが客間の戸に手を置く。

 戸が、勢いよく開かれた。


「あれ? ななちゃんこの部屋、やけにきれいやなぁ?」

「あっ……、そう、かな……?」


 客間の中には、真ん中にテーブルが一つ置いてあるだけ。

 わたしは、だれにも気付かれないように、胸の奥からほっと息を吐いた。

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