2-08 クロウはさせない

 朝食を食べ終えた後も、カーくんはどんどんと家事を手伝ってくれた。


「おぉー! すげぇなこの機械! 風でゴミを吸い込むのか!」

「うん、掃除機って言うんだよ? あっ、カーくん、隅っこはノズルを外してね」

「この先か? ……おぉ! でっけぇ紙くずも、一瞬で吸い取るな!」

「カーくんすごい。すっかり掃除機使いこなして、」

「見ろよ、なな! 箱に入った紙がどんどん吸われてくぜ!」

 シュボボボボボボボボッ!

「あぁあああーっ! ダメ! テッシュボックス吸っちゃダメ!」


 ちょっとトラブルはあったけど、部屋はきれいに掃除ができたり。


「次はなにするんだ?」

「洗濯物干そうかな……ってあれ? 服がない!?」

「中身なら、オレがさっき干しといたぜ?」

「えっ、本当だ……」

「いつもなながやってるとこ見てたからな。これでいいだろ?」

「あ、うん……、干し方は完璧かんぺきだけど……。わたしの服……」

「ついでに、上下の下着とそれに合う服ごとで干しといたから。これなら、取り込んですぐに着られるだろ?」

「う、うん……」


 完璧な干し方と完璧なコーディネートに、もはや服を触られたことにツッコめない自分がいたり。


 それからも、カーくんに家の使い方を教えながら、やろうと思ってできていなかったことを一緒にやっていった。切れていた蛍光灯を交換したり、破れていた障子を張り替えたり、この前漏水した時の畳を天日干ししたり。

 お昼は、カーくんが作ってくれたカツサンドを食べて休憩して、また一緒にお掃除。

 トイレにお風呂、廊下や普段使わない部屋、裏庭の草むしりも。


 気付けば、すっかり日が暮れていた。


「カーくん、今日はありがとう。疲れてない? 少し休んでもいいよ?」

「平気平気! ななと一緒だったから、全然疲れてなんかないぜ。ななのほうこそ、できるまで休んでろよ?」


 台所で、カーくんと一緒に夕食の支度する。

 カーくんが作ると言い出したので、わたしもそれを手伝うことにした。


「ううん、大丈夫。実はわたしも、カーくんとやってたら楽しくて、不思議と疲れてないの」


 掃除なんて、普段は苦手で退屈で仕方なかったのに。カーくんとしゃべりながらふざけあいながらやっていたら、いつの間にか家中ピカピカになっていた。

 それに今だって。


「はいカーくん、野菜切り終わったよ」

「サンキュー、そっちのボウルに入れといて。あと、なな、これちょっと味見してくんない?」

「いいよ。……うん、美味しい!」

「よしっ、ならこれは完成! なながいると助かるぜ。言うてオレ、ななに比べたら舌も鼻も利かないからさ」

「そっか、鳥って目はいいけど、味覚とか嗅覚はあんまり発達してないんだよね? って!? カーくん隣のなべ、吹きこぼれてる!」

「えっ? ぉわぁっ!? っと……」


 カーくんが慌てて火を止める。お互いに顔を見合わせクスクスと笑いが漏れた。

 料理も下手で、いつもは面倒くさがりながら作っていたけど、隣にだれかがいてくれれば、こんなに楽しいんだ。


「こんなににぎやかなの、久し振り……」


 無意識に言葉が漏れた。最初はどうなることかと思った。けど、今は心配や不安よりも、楽しくてうれしい自分がいる。そして、なんだか気持ちが温かい。

 カーくんたちが来てくれたおかげかな?


「ところでさ、なな……」


 あれ? カーくん、……?


「あぁっ! 忘れてた! トキ!」


 カーくんがなにか言った気がするけど、構わずに叫んでしまった。

 朝、挨拶あいさつしてから、トキの姿を見ていない。


「カーくん、ごめん。わたし、トキの様子見てくる」

「おい? なな……」


 軽く手を洗って、わたしは台所を後にした。

 客間にいるかな。戸の前まで行き、コンコンとたたいてそっと開けてみる。


「トキ、いますか? ……あっ」


 中に入ると、トキがテーブルに腕をのせ、その上に顔を伏せていた。居眠りしているのかな。翼も姿を見せていて、半開きで身体を抱くように覆い被さっている。規則正しく肩が上下に揺れ、その動きに合わせて羽がふわふわとなびいていた。


「ん…………なな?」


 近づくと、トキが気付いて顔を上げた。寝ぼけ眼で、わたしを見つめる。

 わたしはトキのそばで、ひざを折って座った。


「ごめんなさい、起こして。疲れてるんですか?」

「……いや。さっき食べて、休んでいただけだ」

「そうですか。あっ、翼……」


 トキの右翼に目が行った。巻かれた包帯が、取れかかっている。


怪我けがは、痛くないですか?」

「……あぁ」

「後で新しい包帯に巻き直しますね?」

「……いい。自分でやる」

「無理しなくていいですよ。……トキ?」


 トキはじっとわたしを見つめた。朝と同じで、少し沈んだ顔と声。なにか言いたそうだけど、どうしたんだろう。

 トキがゆっくりと唇を動かした、その時。


「ななーっ! ご飯できたぞー!」


 背後から片腕が伸びてきて、わたしの身体を抱えた。


「わっ!? カーくん?」

「早く食べようぜ? 冷めちまうぞ?」


 カーくんは、じゃれるようにわたしの身体をユサユサ揺らす。

 そして、もう片方の手に持った物を、ドンッとテーブルの上に置いた。


「ほらよ、救急箱。手当てぐらい自分でしろ。ヒナじゃねぇんだから」


 素っ気なくトキに言って、わたしの腕をつかんだ。


「ちょっと、カーくん?」

「行こうぜなな。今夜のメインはトンカツだぜ?」


 腕を引っ張られて、立ち上がった。カーくんに背中から横腹を抱かれ、連れて行かれる。後ろを振り向くと、トキが黙ってこっちを見ていた。


「トキ、なにかあったら呼んでくださいね?」


 わたしが言い終わると同時に、カーくんは戸をバタンと閉めてしまった。


「……アイツの翼、どうしたんだ?」


 台所へ戻ると、カーくんが唐突にそういた。

 ふざけているわけでも、怒っているわけでもない、真剣な目つき。

 そういえば、カーくんにトキのこと、ちゃんと話していなかった。


「ここに来る前に、怪我したみたいで。治るまで、しばらくわたしの家で休んでもらうことにしたの」

「怪我したからって、ヒトの姿になって、ななの家に上がり込んできたのか?」

「ううん、そうじゃなくて。怪我をして隠れる場所を探していたら、網に絡まったみたいで。それをわたしが見つけて助けたの。それで、助けてくれた恩を返したいって、人の姿になってわたしの家に来て――」


 わたしは、トキが来てから今までのことをカーくんに話した。

 わたしのために、羽根を使ってはた織りをするつもりだったことや、慣れない家事を一生懸命してくれたこと、わたしが自分勝手に怒ってしまったこと……。


「それでトキ、夜中に学校まで忘れ物を取りに行ってくれたの。そしたら怪我がひどくなったみたいで。わたし、やっとそこでトキが怪我しているって気付いて……。もう無理に恩返しなんてしなくていいから、怪我を治して元気になってほしいって言ったの」

「それ、いつのことだ?」


 黙って話を聞いていたカーくんが、ふと訊いた。


「えっと、日曜の夜だから、二日前」


 そう言うと、カーくんはわたしの言葉を小さく復唱した。目をそらし、なにか考える素振りを見せる。


「カーくん、お願いだからトキとケンカしないで? 仲良くなれとは言わないけど、ちょっとでも早くトキが元気になってくれるように、協力してくれる?」


 トキには負担を掛けさせたくなかった。カーくんにだって、本人がいたいだけここにいてほしいって思っている。だからわたしは、そうお願いした。

 カーくんは返事をしないで、なおもなにか考えている。真剣、というより少しだけまゆゆがませているように見えた。


「カーくん?」


 不安になって訊いた時、カーくんがわたしを見た。硬い表情が崩れる。


「安心しろ。オレは、ななの味方だ」


 そう言って、柔らかく微笑んでくれる。

 その表情を見て、わたしはほっと胸をで下ろした。

 カーくんはそのままくるりと背を向け、台所へ立つ。


「それに、やっとわかったからな。アイツのことが……」


 つぶやいた言葉は耳に届いた。けれども、その時に上がった口角を、わたしは見取ることができなかった。



   *   *   *



 カーくんが家に来て、二日目の朝を迎えた。

 今日は学校があるから制服に着替えて、カーくんと朝食を食べている。


「カーくん、昨日もそうだったけど、朝から揚げ物はちょっとキツいかな……」

「そうか? 朝でも昼でも夜でも、うまい飯がいいだろ?」

「確かに美味しいけど。人は栄養バランスとか、結構考えるものなの。カロリーも気になるし……」

「バランス? カロリー? なら、次からはななが食いたいのを作ってやるよ。今日の夜はなにがいい?」

「う~ん……」


 サックサクのエビフライを食べながら、今夜の献立をリクエストする。

 カーくんがなんでもできるからって、ついつい欲が出てしまう。そんなわたしのわがままをカーくんは快く受け入れてくれる。

 こうやって、ずっとカーくんと話せていればいいな……。


「……あっ! ヤバっ、学校行く時間だ! じゃあカーくん、行ってくるね!」

「おぅ! 気をつけて行けよ」

「カーくんこそ、昨日わたしが言った家の使い方とか、気をつけてよね?」

「わかってるって!」


 カーくんと話し込んでいたせいで、すっかり時間を忘れていた。

 ごちそうさまをして、二階へ上がり、自分の部屋からかばんを手に取る。


「トキはまだ寝てるのかな? 挨拶あいさつだけしていこ」


 急ぎ足で階段を降りて客間へ向かう。すると、ちょうど客間の戸が開き、トキが顔を出した。


「トキ、おはよう」

「おい、なな? 早く行かねぇと遅刻するぞ?」


 後ろにある台所の戸も開き、カーくんが顔をのぞかせてかす。確かにもう時間がない。廊下を歩きながら、トキに軽く手を振る。


「それじゃあわたし、学校行ってきます……ね?」


 けど、トキの横を通り過ぎようとして、気付いてしまう。


「…………な……な」


 苦しそうな息づかい。うつろな目。蚊の鳴くような力のない声。

 次の瞬間、トキの身体が、糸が切れたように崩れ、倒れた。


「ト、トキ……? トキっ!?」

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