2-06 容疑者Kの審問
「うぅ、まだいてぇ……。あの階段狭すぎ、翼広げる前に落ちたし……」
ところ変わって、ここは客間。
テーブルを挟み、向かい合うようにわたしと容疑者は座っていた。
トキはわたしの横に来ればいいんだけど、入り口のそばで戸に背をもたれて立っている。いつでも逃げられるようにしているのかな。頭頂部の髪をピンと立てたまま、じっと容疑者を警戒している。
「ていうか、さっきのアレはなんなんだよ! 見せつけか? 当てつけか? もうマジでいろいろといてぇんだけど!」
頭を抱えてクシャクシャ。テーブルを叩いてバンバン。寝転んでゴロゴロ……。
元気そうで大した怪我はなさそう。一人で騒ぐ容疑者の姿を改めて見る。
背はわたしより高く、トキより少し低い。ところどころ
おまけに、背中には黒い翼。左には、一カ所だけ羽根の抜けている部分が見える。
「あの、もしかしてあなた、カーくん?」
先日トキが来たばかりだからか、わたしはわりと素直に状況を
畳の上に寝転んでいた容疑者が、ピタッと動きを止める。次の瞬間、バッと起き上がって、テーブルから身を乗り出してきた。丸くなった目がわたしを見つめて。
「うん!」
子どもっぽく首を縦に大きく振り、その顔がくしゃっと崩れた。
「なんだよ、なな、今やっとわかったのか?」
そう言って、
「本当に……、カーくんなんだ」
その姿を見て、わたしの頭に生まれたのは、困惑よりも
なんだろう。全然知らない人の姿なのに。ずっと昔からの親友が、久し振りに家に遊びにきたみたいだ。
小躍りしそうな心を隠すように、わたしはわざとらしくため息を吐いた。
「……もう、びっくりさせないでよ。なんであんなところから入ってきたの?」
「だって、なな、いつもあの部屋にいるだろ? あそこから入れば、ななに一番早く会えるかなーと思って。窓の
「どこから入っても同じだから。てか、部屋で物色してたよね?」
「いやぁ、あれはついつい気になって。この姿だと、くちばしじゃ
「なにそれ? こっちは本気で泥棒かと思ったんだからね」
「わりぃわりぃ」
カーくんは苦笑いを浮かべながら、ポリポリと頭の後ろを
身振り手振りを使って大げさに話をする姿に、思わず苦笑が漏れた。人の姿になっても、鳥の時の面影がなんとなく残っている。
というか、さっきまであんなに怒っていたのに、今は別人みたい。
「それでカラス、なぜお前はヒトの姿になって、ここに上がり込んできた?」
入り口近くに立っているトキが、カーくんを見下ろしながら口を開いた。
途端、カーくんの目つきが変わり、ギロリとトキを
「はぁ? テメェに言うわけねぇだろ!」
「それ、わたしも今訊こうと思ってた」
「えっ? いやぁ、それはー、アレだよ、ア、レ……?」
わたしが訊き返すと、カーくんは喜色に戻ってこっちを向く。
照れているのかはぐらかしているのか、そわそわと目を泳がせる。
「人の姿になったってことは、カーくんも恩返しに来たってことだよね?」
「恩返し? う、うん……、まぁな」
「もしかして、この前布団に
「あぁ、そんなこともあったなぁ……」
「でもあれ、もう二週間も前のことだよ?」
「うっ!? べ、別にいつ来てもいいだろ? いつも会ってんだから」
カーくんはそう言って口を
トキと違ってわかりやすい。カーくん、絶対なにか隠している。
「ねぇカーくん。最初に言っておくけど、無理に恩返しなんてしなくていいからね?」
前回の反省を踏まえて、わたしは心配になってカーくんに言った。
「それにこの家、
ついでに、訊かれる前に重要事項も言っておく。
すると、カーくんがポカーンと固まった。
「は? 機織り機? なな、なに言ってんの?」
「へ? だってカーくん、恩を返しに来たんでしょ? 『鶴の恩返し』みたいに」
「鶴の、恩返し……? プッ」
突然、カーくんが吹き出す。と思ったらお腹を抱えて爆笑し始めた。テーブルをバンバン叩き、畳にゴロゴロ転がる。
わたしとトキは口をポカーンと開けてそれを見つめる。
「ハハッ、ななって案外ピュアなんだな。あんな昔話、まだ
「えぇ!? だって、鳥って恩返しするために姿が変えられるんでしょ? カーくんだって、それで人の姿になったんじゃないの?」
先日トキに説明されたことを思い出しながら、カーくんに訊く。
カーくんは目に
「確かに、恩の力で
「作り話ってこと……?」
「あぁ、鳥の中じゃあ、常識だぜ?」
「だ、だって、わたしは最初にトキから聞いて……」
「はぁ!?」
その時、入り口近くから、ガクッと畳になにかが落ちる音が聞こえた。
両膝と両手をつき、頭の上に暗い
「
うなだれながら、力なく
「施設? ははーん、テメェ、さては野生育ちじゃねぇな。どうりで見たことねぇ顔だと思ったぜ」
カーくんがテーブルに
トキが顔を上げ、まるで
カーくんはあごをくいと上げ、挑発するようにトキを睨み返す。
辺りに漂う
「ストップ、ストップ! ケンカしないで!」
わたしは二羽の間に入って、怪しい雲行きを手振りで散らした。
「別にケンカなんかしてねぇよ。オレは事実を言っただけだし」
「……」
カーくんが言うと、トキはなにも言わずに目をそらす。
「それで、もう一回訊くけど、カーくんはなんで人の姿になって、わたしの家に来たの? 本当に、恩返しするつもりなの?」
二羽の間に入ったまま、わたしは話を戻そうとカーくんに向き直って訊いた。
カーくんはトキを
「恩返しっていうか……。オレは、ななとの約束を守りに来たんだ」
「約束?」
「おいおい、忘れたなんて言わせねぇからな。ヒバリが鳴き始めた頃に、言ってたじゃねぇか?」
ヒバリが鳴き始めた頃って、四月の始め頃かな。そんなに昔のことじゃない。
わたしは記憶の中を探っていく。
「約束って……あっ」
「なんなら、もう一回オレが言ってやろうか? 『ねぇカーくん、約束して? カーくんは、」
「ストップ! 待って! 恥ずかしいから言わないでっ!」
思い出したわたしは、慌ててカーくんの言葉を止めた。
「なんでカーくんがそのこと知ってるの!? いや、カーくんに言ったけど……。でも、わたしはカーくんに言ったんであって……、いや、今もカーくんなんだけど……。その、えっとぉ~……」
「なな、落ち着け。とりあえず、カーくんはオレ、オレはカーくんだ」
「わかってるよ、そんなこと! だから、わたしがあんなことを言ったのは、カーくんが鳥だったからで、人の姿になって来るなんて、思いもしなかったから……」
「鳥のオレも、ヒトの姿のオレも、どっちもオレだ」
「だから、わかってるって!」
あぁ、自分でもなに言っているのかわからない。
あんな約束、相手が鳥だったから言えたこと。あんな言葉、もし人に対してだったら、まるで、告白……。
「なな、なにがあったんだ?」
「訊かないでください! お願いだから、トキは訊かないでくださいーっ!」
後ろから掛けられた言葉に、わたしは振り向きもできずに答えた。
顔が熱い。穴があったら入りたい気分だ。
「っていうか、あれ言ったのもう一ヶ月も前のことでしょ!? なんで今さら!?」
「うっ!? だ、だから別にいつ来てもいいだろ! いつも会ってんだし!」
わたしのツッコミに、カーくんは目を泳がせながら言い返す。
そして突然、すくっと立ち上がった。腰に手を当て、自信満々に口を開く。
「ってわけだから、オレもしばらく、この家に住むからな」
「えっ!?」
「当たり前だろ? 約束を守りに来たんだから」
「で、でも、うちにはトキが……」
「コイツがななと一緒に住めて、オレが住めない理由がねぇだろ? まっ、なながどうしても嫌って言うなら、屋根の上で寝泊まりしてもいいぜ? 約束は守るけどな」
「えぇー、うぅん……」
いくら
それに、カーくんはわたしが言った約束を守ろうとして来てくれたんだ。それをわたしが「人の姿なら守らなくていい」って自分勝手に追い返すなんてできない。
わたしは後ろにいるトキへ振り返る。
「トキは、大丈夫ですか?」
「……ここはお前の家だ。俺が決めることじゃない」
まだ『鶴の恩返し』のことでショックを受けているのか、少し元気のない様子でトキが答える。
わたしはため息を吐きつつ、カーくんへと向き直った。
「じゃあカーくん、二つだけ条件。わたしの言うことは聞くこと。別に命令とかしないし、できないことはできないって言っていいけど。人の姿である以上、人としてやっちゃいけないことはあるからね?」
「うん! わかった!」
「それともう一つ。絶対にトキとケンカしないこと。守れる?」
「うん! 守る守る!」
カーくんは膝を曲げて四つん
キラキラ輝く子どもっぽい目に、気持ちが押されてしまう。
「それなら、しばらくの間だけだよ?」
「よっしゃ! ありがとう、なな!」
そう言って、カーくんはガッツポーズをするように両手を上げて喜ぶ。そのまま前に倒れ、わたしに抱きついてきた。
「えっ!? ちょっと、カーくん!?」
わたしの肩に顔を置き、腕がギュッと身体を抱きしめてくる。
また顔が熱くなる。引き離そうとするけど、カーくんは腕の力をなかなか緩めてくれない。
ていうか、真後ろにはトキがいるのに……。
「よろしくな、なな。絶対オレ、ななとの約束守ってみせるから、な?」
ささやかれた言葉は、わたしに言っているようで、どこか別の方向へ向けられているようだった。
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