2-04 カーくんと鳥レク

 バサバサと羽音を鳴らして、裏庭の隅にある柿の木に一羽の鳥が舞い降りた。

 漆黒のひとみ、くちばし、足、そして翼。

 とにかく全身真っ黒なその鳥の名前を、わたしは叫んだ。


「カーくん!」


 あっ、しまった。鳥を観察する時は大声を出さないように。「マナーを守って楽しく」って、さっきトキに言ったばかりなのに。

 でもカーくんは驚いて逃げる様子もなく、木の上でじっとわたしたちを見ている。

 まぁ、わたしとカーくんにとってはいつものやりとりだからね。


「カー、くん? あのカラスのことか?」


 トキが首を傾げて、わたしにいた。


「はい。『カーくん』っていうのは、わたしが勝手に付けて呼んでる名前ですけどね。うちによく来るハシボソガラスなんです」

「ハシボソ? ただのカラスだろう?」


 トキに発言に、わたしの身体がピクッと反応する。


「ふふーん、トキ、この世にただのカラスなんていないんですよ?」


 突然ですがここで、『田浜ななの鳥レクチャー』!


「日本で普通に見られるカラスは二種類いるんです。ハシボソガラスとハシブトガラス。名前の通り、くちばしの細いのがハシボソガラス。くちばしの太いのがハシブトガラス」

「くちばしの太さだけで、しゅが違うのか?」

「ほかにもいろいろ違いがあります。例えば鳴き方とか。ハシボソガラスは首を上下に降って『ガァガァ』ってちょっと濁った声で鳴きます。ハシブトガラスのほうは首を振らずに頭を前に出して『カァカァ』って乾いた声で鳴く。上級者になれば、姿を見ずして声だけで、ボソかブトかを判断できる、かもしれない!」


 まぁ、わたしは何度か、ハシボソガラスかと思ったらハシブトガラスでした、って間違えたりしているけど……。


「あとは住んでる場所も。ハシボソガラスは田畑とか川原とか開けた場所によくいます。ハシブトガラスは都会のビルとか住宅が建ち並んでいるところによくいるみたいです。ハシブトはもともと森林にいるカラスなんですけど、高い建物が並んだ環境を森に見立てて、上手く都会に適応してるんですって」

「なるほど。なら、俺がいつも見ているのは、ハシボソガラスのほうか」

「そうですね。トキも田んぼの近くが生息場所だから、ハシブトよりもハシボソのほうが馴染なじみあるかも。実際、ここらへんで見るカラスは、ほとんどハシボソだし」


 トキがあごに手を添えて、「ほぅ」とうなずいてくれる。

 わたしの鳥レクチャーを最後まで感心して聞いてくれる人なんて、トキが初めて。人じゃなくて、鳥だけど。


「そしてそして! カラスはそれだけじゃない! 渡り鳥として冬にやってくるミヤマガラス! 白黒でパンダみたいな淡色型がいるコクマルガラス! さらに、世界最大のカラスで日本では北海道でしか見られない神秘の鳥ワタリガラス! あぁ~、どのカラスもまだ見たことないから見てみたいっ!」

「…………」

「はっ!? と、とにかく、カラスといっても奥が深いという話です!」


 以上で、鳥レクチャー終了!

 トキの引き気味な目線から逃げるように、わたしはカーくんのほうへ向き直った。


「ガァガァガァ!」


 カーくんが首を上下させながら鳴いてくる。「話が長ぇよ!」って言っているみたいだ。わたしの勝手な翻訳だけど。


「それでね、カーくんは、わたしが中学の頃から家に来るようになったハシボソガラスなんです。最初は、秋に柿の実を食べに来てたんですけど、いつの間にか年中来るようになって。今も二、三日に一回は顔を見せてくれるんですよ」

「いつも来るカラスが、同じカラスだとは限らないだろう?」

「わたしも最初はそう思ったんですけど。ほら見てください、左の翼の先が一枚抜けてるでしょ。カーくんの目印なんです」


 カーくんが羽ばたいて、枝の高いところにぴょんと飛び移る。広げられた左翼の初列風切しょれつかざきりが、一枚抜けているのが見て取れた。

 カーくんは柿の木の一番高いところから、首を動かしてわたしとトキを交互に見ている。


「わたし、よく二階の部屋から観察してるんですけど、カーくんってやんちゃですごく面白いんです。木の枝にぶら下がってたり、洗濯したタオルを引っ張ってたり。この前なんか、干してた布団が落ちて下敷きになってて。助けてあげたら、慌てて帰っていきました」


 あの状況は本当、「どうしてそうなった!?」ってツッコミを入れたいくらい面白かった。思い出したら、笑ってしまう。


「そうだ! トキって、鳥の言葉とかわかるんですか?」

「言わんとしていることは、大体わかる」

「それなら、カーくんがなんて言ってるか教えてもらえませんか? わたし、一度でいいからカーくんと話してみたかったんです」


 わたしは木のそばに近づいた。トキも後をついてきてくれる。

 カーくんが首を傾げるような仕草をして、「ガァ」と一鳴きした。

 隣に来たトキを手のひらで指し、わたしは木を見上げて言う。


「カーくん、紹介するね。しばらく一緒に暮らすことになった鳥のトキ。今は、人の姿だけどね」

「ガァアア?」


 突然、カーくんがすごく低い声でうなるように鳴いた。

 なに、今の声? そう思った、次の瞬間。


「ガァー! ガァガァー! ガァー!」


 けたたましい声でカーくんが鳴き始める。その場で翼をバサバサと羽ばたかせ、乗っている枝を大きく揺する。くちばしを木に叩きつけ、あげくには細い小枝を折って、ぽいぽい投げてきた。


「えっ、どうしたの? トキ、カーくんなんて言ってるんですか?」


 トキは頭頂部の髪を逆立てながら、顔をしかめていた。さっとカーくんから目をそらし、わたしの顔を見て、一言。


「ななは聞かないほうがいい」

「えぇっ!?」


 トキとカーくんを交互に見る。トキはそれ以上なにも言わず、きびすを返して足早に裏口へ行ってしまった。わたしはまだ「ガァーガァー」鳴いているカーくんに少しだけ近づく。


「カーくん? 怒ってるの? なにかあった? もしかして、春なのにまたペア作れなかったの? カーくんって、いつも独り身だし……、あっ、カーくん!」


 カーくんは鳴きながら飛び立ち、裏の林の上を飛んでいってしまった。

 いつもはあんなに鳴かないのに、どうしたんだろう……?


「また、来てくれるかな……」


 つぶやきながら、カーくんが行ってしまった空を見る。けど、わたしにはどうすることもできなくて。洗濯物を持って家の中へと入った。

 日が沈んで薄暗くなった空の中、見えない声がかすかに聞こえた気がした。

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