バードボーイズウォッチング ~鳥男子たちの恩返し~

宮草はつか

第1章 鳥〈トリ〉編

プロローグ

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 桜が咲き誇り、ウグイスがさえずる春のある日。


「ななちゃん、今日のテストどうだった?」

「全然ダメ。ゆうちゃんは?」


 桜木にヒヨドリが戯れる通学路を、セーラー服を着た二人が歩いて行く。


「私は、数学がちょっと難しかったかな」

「だよね!? もう、春休み開けてすぐテストなんて……。遊ぶ時間がほしいよー!」

「まぁまぁ、明日から休みだよ。だから落ち着いて、ななちゃん」


 ななと呼ばれた女性が、まるで羽ばたく鳥のように両腕を上下にバタバタ振る。

 ゆうと呼ばれた女性は、まるで馬をなだめるように両手を前後に小さく振った。

 それは、どこにでもいそうな高校生の日常風景。


 ふと、ゆうは腕につけた時計に目をやり、声を上げる。


「あっ、ななちゃんマズいよ。あと五分で電車出ちゃう」

「ヤバっ、走ろう! これ逃すと一時間待ちになる!」


 二人はかばんを肩にかけ直し、駆け足に通学路を抜ける。

 七星高校と刻まれた校門をくぐると、門の上に止まっていたハシボソガラスが飛び立った。ななはちらっと頭上を見て、目の前に架かる橋を渡ろうとした。


 その時、見慣れない影が、視界の隅をかすめた。


「えっ?」


 橋の真ん中で、ななは足を止めた。

 首を上げ、空を見上げる。

 淡い朱色に染まった夕暮れ時の空。

 飛んでいるのはカラスくらいで、先ほど目に入った影はどこにもいない。


「あれ? ななちゃん、どうしたの?」

「あっ、ううん、なんでも……」


 橋を渡りきっていたゆうは、友人が来ないことに気づき、振り返って声を掛けた。

 ななは前を向き、返事をして走りだそうとする。


「……ィー……」

「なくないっ!?」


 ななの足が、再び止まった。


「ななちゃん? 早くしないと乗り遅れちゃうよ!?」


 ゆうは急かすように、友人を呼ぶ。

 しかし、今のななは、相手を顧みようとすらしない。

 橋から身を乗り出し、下に流れる幅三メートルほどの川を見つめる。


「なな、ちゃん?」


 ゆうは引き返し、心配そうにななの顔をうかがった。


「今、声が聞こえたの」

「えぇっ!? どうしたの急に?」


 突然のまるで今から異世界に行ってしまうような発言に、心底不安げな声があがる。

 一方のななは友人の案じ顔に構うことなく、川の上流を凝視していた。


 確かに今、声が聞こえた。

 でも、こんな街中の用水路であの声が聞こえるわけがない。

 半信半疑で耳を澄ます。


 その時だった。


「ツィーーッ」


 自転車のブレーキが擦れるような音が響く。

 青く小さななにかが、ななの足もと――橋の下をくぐり抜けた。


「ゆうちゃん、ごめん! 先に行ってて!」


 ななはバネのように跳び上がったかと思えば、後ろに振り返り、走り出す。


「えっ、待って、ななちゃん!? ……もう、相変わらずなんだから」


 制止の言葉を耳にも入れず遠ざかっていく友の後ろ姿。あっという間に小さくなっていく彼女を見送りながら、ゆうは苦笑いを浮かべた。


「間違いない。あの声、やっぱり……」


 その頃、ななは川に沿った道を下流へ突き進んでいた。

 つぶやきながら、鞄の中に手を突っ込む。

 取り出したのは、口径三十六ミリメートル、八倍レンズの双眼鏡。

 走りながらも川を注視し、両手で双眼鏡を携える。


「ツィーーッ!」


 再び声が聞こえ、足を止めた。

 近い。

 相手に悟られないように、静かに川をのぞき込む。肉眼で川縁を探す。

 コンクリートの割れ目から生えた小さな木。その枝の先でなにかが動いている。


「いたっ」


 はやる気持ちを抑え、さっと双眼鏡を目に当てた。


 レンズ越しに映し出されたのは、一羽の鳥。


 大きさはスズメ大ほど。

 魚を捕るために特化した、細長いくちばし。

 日の光を温かく吸収する、琥珀こはく色の腹部。

 角度によって青や緑に見える、翡翠ひすい色の翼。

 澄み切った蒼天そうてんにも劣らない、サファイア色の背中。


 その姿はまさに、生きた宝石。


「カワセミだぁーっ!」


 ななは堪えきれない高揚を、鳥を驚かせないために最小の音量で叫んだ。



 ――これは、どこにでもいそうでいない鳥好き高校生と、彼女が愛する鳥たちの物語である。

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