魚を照らして
飛多ユウ
魚が見える女の子
水色の自転車を押しながら、夕日が照らす河川敷を歩く。こんないかにも綺麗な日には妙に心細い気分になってしまう。
高校生ってこんなに呆気ないものだっけーーー。真琴は思う。途端、どっと心が重くなる。
「何かもう少し積極的になれたかな」
どうにもこうにも自分は物事を楽しめない性格らしい…。かといって楽しくない訳では無い。
口下手で取っ付き難いせいか周りからは楽しそうに見られないのだ。
どうも周りの同級生たちはにっこり満面の笑みを浮かべている子じゃないと楽しそうに見えないみたい。
もう少し楽しい思い出を作れば良かったかな…かなかなとだらだら考えていると、目の前の水たまりに魚がいる。
あぁ、まただ。嫌なことを思い出す。
私の目には魚が見える、雄々と滑らかに泳ぐ憎たらしい魚がーーーーーー。
魚が見えた最初の記憶は小さい小さいもみじの手が洗面器の中の水で遊んでいる記憶だ。
その時の私は洗面器の魚を掴みたくて一所懸命に両手をはしゃがせていた。
中にいる魚はクラゲのように半透明で白い靄が薄くかかっているような魚で、中に血管のようなしろい線が入っている。
自分の見ている世界に白の絵の具でそのまま描いたような魚達は幼い私にとって面白くて仕方なかった。
「水の中にはお魚さんがいるのよ!!!」
そういってそのまま小学校に入った私はだんだんと知っていく。私がおかしいのだと。皆には見えないんだ、お魚さんは見えないんだ…。
ハッと息を呑む。気づけば水たまりも河川敷も通り過ぎていて、家の前へと近づいていた。嫌な気分。泥を飲んでるみたい…
喉の奥がきゅうっとなって胸が不安になる。
こんな気分なんてもうごめんだ。明るいことを考えようと思いながら自転車を留め、家のドアを開けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「えーでは体育祭、文化祭のクラス実行委員を決めたいと思います。君たちにとっては最後の文化祭、悔いがないように精一杯頑張りましょう!」
9月の第1週金土日にある私達の体育祭文化祭に向けてみんなは着々と準備を進めている。無論、私も3年生の端くれとして役割が振られた。
文化祭のクラスの看板作りと文芸部の部誌「日花」に載せる短編の小説の作成だった。文芸部の部室は図書室にある。放課後、私は足早に図書室に向かった。
「お疲れ様です」の声もちらほらに席につく。
部員数は私含め8人おり、兼部OKで緩く、部誌は小説以外でも例えばマンガやイラストでもよく、そういうものが好きな人達が集まり喋る、ある意味青春できる部活だ。
といってもと私はペン先を小刻みに振りながら考える。私は3年生で主導権はもう2年生に移っており、アニメやマンガの類に疎い私は小説をある程度書き進めたらすぐ帰る。という何とも無愛想な態度を取っていたわけだが……………………。
小学校に上がった私はあの透明な魚達は皆には見えないことに気づき始めていた。
うっすらとぼんやりとした違和感が急に転覆したのは初めてのプールの時だった。
違和感を持ち始めた私にとってあの大きなプールにいる魚達はとても怖いものに変わってしまった。
それまでは平気だった。
私はあの魚達をまるで従えているかのようにはしゃぎ回れていたのに…。
長方形の愛想がないプールにいる私が従えていたはずのものが急に襲いかかってくるように見えた。噛み付いてくるように見えた。まとわりついて離さないように見えたーーーーーー。
なんで皆入れるの、なんで皆泳げるの。そこには魚が…魚がいるのよ。
目覚めた時にはあのプールのそこのような壁が移っていた。横では母が心配そうに見つめていた。あとから聞いた話だと、私は叫びながら倒れたらしい。
次の日学校に行くとそこにはたくさんの魚達がこちらを見ていた気がした。
私は全くプールに入れなくなってしまった。
いつ見ても魚達が泳いでいる。私にしか見えないという事実が私を水に触れさせなかった。
私は毎回水着に着替えてはプールに入れずを繰り返した。繰り返す度に友達はいなくなった。話す人も、のりも、上靴も、歯磨きセットも…。代わりに増えたのはいじめだった。
私は弱かった。初めて聞いた悪口は心が痛くて痛くてたまらなかった。チョークが当たった時は涙が出た。ナイフは誰でも刺さるんだ。
プールに入れない以外は普通の女の子であるはずだった。どうやら周りはプールに入れないだけで嫌な奴と思うみたい。
不思議ね、プールには入れないのに、何故か深海にいるみたい。
イジメはより陰湿さを帯びてねっとりと私に絡んできた。小学校と中学校が近かったこの地区は大体の人がそのまま中学に上がる。
逆に言えば中学校を変えれば私を知る人はほとんど居なくなるのだ。
しかし、どこまで不運なのか私は受験の一週間前に事故にあった。
結果受験どころか4月をすぎ病院を出れたのは6月であり、半ばずるずると引きずられ中学校に行った。
イジメはさらに過酷になった。最初にいなかったこともあり、小学校までのイジメでむしろ有名だった私はさらに有名になり、初登校の日は私の机に枯れきった百合と菊が飾られていた。毎日が死ぬほど辛かった。
でも私は楽しく生きたかったんだ。ここに入学した以上、夢を叶えるために毎日這いずってでも行かないと……!
県外にでた私は誰とも関わらず今に至る。
誰かと仲良くなりたかった気持ちはあるが、何も話せず、人が怖く、目を合わせることが出来なくなっていた。
仲良くできないなら努力をして恥を晒してまで…随分消極的になったように感じた。楽しみたいけど、いくら噛み砕いても味気ない。
淡々と暮せばそれなりにいいじゃん。
魚は、私から全部奪った。
私の真反対のようにゆらゆらと自由に泳ぐ魚達。今、楽しい?と指をすり抜ける魚に問うた。
そしてそのまま家路についた。
次の日、また同じように放課後になり先生が「あと夏休みまで1週間だ、踏ん張れよ~」と促していく。
襟足の長いやる気の無さそうな生徒達が「へいへい」と絵に書いたような返事をしてそれぞれの行動につく。
隣の女の子たちはカウントダウンと称した写真を携帯で撮っているみたい。首をかしげ手を頬に当てるポーズが嫌味に感じて、またも足早に図書室に向かった。
ガチャガチャ…何故か図書室は閉まっている。
おかしいな、今日は部活があったはずだし部活がなくても放課後は誰でも入れるように図書室は空いてるはず。
時刻は5時すぎ、少し早かっただろうか?何分ルーズな人達で構成されたルーズな部活だ。誰とも言わず鍵が空いてて、閉まっている様なものだ。
しょうがないーーー。
私はふぅとひと息着くと職員室へ鍵を取りに向かう。
ふわりふわりと魚がまた視界に移った。
「図書室の鍵?」担任の先生がそう聞く。
「はい、あの部活をしたくて」
「そうか、川上は文芸部だったか」
腕を組みながら先生は言う。はいと単調に私は答える。思わずソワソワしてしまう。この先生は少し苦手だ。
「少し待ってなさい」
頭を掻きながら先生は確認しに行った。
「すまん川上、誰かが先に借りたみたいだ」
「そうでしたか、わざわざありがとうございます」
軽く会釈し失礼します。
と職員室を後にする。どうやらすれ違ったらしい。彼らのことだ。鍵の当番なんて決めていないのだろう。
ガタッ…
立て付けが悪い図書室のドアは開け始めだけ引っかかり、そのままスッと力に任せ横に開く。
「お疲れ様です」
…………?おかしいな、誰の声も返ってこない。1歩2歩と歩きを進める、誰もいない。
いつもの席に荷物を置き座ろうとするがあまりにも不自然なので荷物だけをテーブルに置き、本探しのついでに見て回る。
「君…図書委員の人?」
バッと振り返る。
見るとそこには
ふわふわな頭の男の子が1人静かに私を見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます