第22話 宿屋から

その後、追っ手を全て振り切り、俺は宿屋に辿り着いた。

 暇そうにしている店主を無視してシーラが泊まっている部屋に行き、勢いよく扉を開けた。


 するとそこには丁度服を着替えていたシーラが───! なんてラッキースケベがあるわけでもなく(そもそも俺はロリコンじゃない)、普通に布団の上でつまらなそうにイジけていたシーラがいた。

 シーラは俺の姿を見るや否やベッドから飛び降りてこちらに駆け寄ってきた。


 なんか実家で飼ってる犬を思い出すわ。


「ミナト、用事は?」

「終わった。だからこれからちょいと外に出ようと思うんだ。もうここには戻らないから、持ってくものがあったら準備して」

「分かった」


 準備するものといっても、いくつか着替えをセットで買ってやったぐらいだから、カバン一つに入るぐらいの量だろう。


「できた?」

「できた」

「………………あっちに散乱してる服は?」

「あれも持っていったほうがいい?」


 んもーーーーこの子はーーーー!!

 せっかく買ってあげた服なんだから持ってってくれよー!!

 これから服とかしばらく買えないかもしれないんだから!!


 そもそも金が無いというのは言いっこなし!!


「シーラの服なんだから一応持っときなよ。ほら、このカバンに詰めて。俺が持っとくから」

「うん」


 子供は世話が焼けますなぁ。

 世話好きな女の子はどこかにおりませんか?

 え? 世話好きな男じゃダメかって?

 お呼びじゃねぇんだよロリコン共が!!


「ミナト、できた」

「よし、じゃあ外に出ようか。駆け足になると思うからハグれないようにな」

「走るの?」

「時と場合によるけど…………あんま走れない?」

「そんなことない。走れる」

「よし。まぁ最悪俺がおぶって走るから」

「じゃあ今から」

「………俺は最悪の時の話をしてるんだが?」


 俺のことをタクシーか何かと勘違いしてんのか。

 そんな甘やかしたりなんかしないから覚悟しいや!!


「…………じゃあ手繋いでいい?」


 あらやだ。

 ドキッて表現とかじゃなくて、なんていうか萌える。

 たった数日でこんなになつくのかね。

 子供だからなのか、そうとう怖い目に遭ったのか、シーラが元々人当たりがいい性格なのか…………。


 どれにせよ、俺も捕まえた奴らと同じ人間なのに恨まれたりしてないのか。

 これでもし憎まれてたら、かなりの演技派ですよ。

 刺されても文句言えない。


「いいよ。ほら」


 俺が差し出した手をギュッと握ってくる小さい手。

 魔者と呼ばれ、いわゆる魔族ということらしいがなんてことはない、俺と変わらない人の手だ。


「じゃあ行くか」


 俺がシーラの手を引いて外に出ようとした瞬間、廊下をドタドタと走ってくる音がした。

 もしかしてだけどもしかする?

 勢いよく扉が開き、危うく俺のノーズにヒットするところだったけど、足音に気付いて一歩下がったおかげで回避できた。


「あ…………いた…………いたぞ! ここだ!」


 扉を開けたのは門の所にいた例の名も知らない護衛兵だった。

 もう俺の居場所を見つけたとか有能だな。

 もしくは元から調べられていたか…………。

 どっちにしろ面倒だなぁ。


「もう逃げられないぞ八代湊!」

「おっと下手に動かないほうが良いのはそっちだぜ」

「なに? まさかその女の子を人質に……!?」

「なるほどそんな考えが……。さてはお前ゲスだな!?」

「な!? 貴様がそうしようとしているのだろうが!」

「しませんー。そんなことしませんー。俺はお前が下手に動いたならこの部屋に風穴開けてやるぞって言おうとしただけですー。国に弁償代払わせようとしただけですー」

「何だその話し方……ムカつくな。弁償代は貴様が払え!」


 俺は即座に銃を取り出す。

 こんなこともあろうかと利き手とは反対の左手で、シーラと手を繋いでおいて良かった。

 銃は武器屋で仕立ててもらった拳銃入れのおかげで、かなりスムーズに取り出せた。

 良い仕事してくれたぜ。


「銃は人に向けない。なるべく守りたい自分ルールだったけど…………状況が状況だからな」

「そんなワケの分からないもので俺が……」


 ドン!!

 俺は容赦なく銃をぶっ放した。

 弾は護衛兵の横をかすめ、壁を粉々にした。


「………………!」

「近付けば次は当てるぜ」


 その威力を間近で見て、名もなき護衛兵は固まった。

 動けば次は自分が撃たれると察したのだろう。


「店主には申し訳ないことしちゃったよ。何日も泊めてもらったのに。ま、修繕費は残りの宿泊料代で補ってもらおうかな」

「ミナト…………」


 裾をクイクイと軽く引っ張られたので、シーラの方を見てギョッとした。

 シーラが怖がるように涙を流していたのだ。


「ミナト……イジメるようなことしないで」


 イジメね…………。

 シーラの目線だとそう見えるわけか。

 俺は繋いでいる方の手を離し、シーラの赤い髪をクシャクシャと撫でた。


「しないよ。誰も怪我させてない。一人みぞおちに一撃入れたけど……あれはノーカンだ。俺と同じチート野郎だし。シーラが嫌がることはしないから安心しな」


 シーラは俺の言葉を聞いて安心したのか、涙目ながらもハニかんだ。


「そういうことだから、俺はこのままトンズラこくわ」


 ドアとは反対側に向けて銃を向け、合計3発放った。

 壁は簡単に吹き飛び、人が1人通れるぐらいの穴が開いた。


「何回この場面やるのか分からんけど……さいなら!」


 俺はシーラの手を引いて、固まっている護衛兵をそのままに穴から外に出た。

 外には音にビックリした一般の人達がいるだけで、兵士らしき人物は見当たらなかった。

『見つけた』って言ってたから周りはもう囲まれてるものだと思っていたけど、あいつ1人だけだったのか。


 じゃあ今のうちに逃げますか。

 今度はシーラもいることだし、あまり無理はできない。

 今度奴らが来れば、流石に手加減できる余裕はないだろう。

 早急にこの国から出るべきだな。


「シーラ走るよ」

「えー。いきなり?」

「さっきの見ただろう? 俺、追われてる途中だから」

「悪いことしたの?」


 悪いこと…………。

 この国1番の騎士を倒して、異世界から召喚された奴を殴って、国王を煽って、魔人を召喚しただけ。


 うん、全然悪いことしてねーな!


「そんなことするわけないだろ。それより急いでこの国から出ないと、また監禁される生活が続くことになるわけだけど、そっちの方がいい?」

「! やだ」

「だろ? だったら走るぜ」


 まぁ俺と一緒にいるから監禁される羽目になるわけだけど。

 わざわざ理由を言う必要も無いし、説明しなくてもいいだろう。

 話すとしてもそんな事は後回しだ。


 俺はシーラを連れて、最初にこの国に入った時の門へと向かった。

 運がいいのか、宿に来たアイツが有能だったのかは分からないが、他に兵士に追われるということもなかった。

 そもそも顔バレ自体がそんなにしてないことも大きな要因なのではないかとも思う。

 門に辿り着いた時、当然のように門兵がいたが、この辺りは人の出入りも激しいこともあり、情報がまだ回ってきてないのかアッサリと外に出ることができた。


「普通に外に出ることができたな。なんか拍子抜けだ」


 これまでの流れから、もう少し面倒臭いことに巻き込まれるのかとも考えていたが、無事に外に出られたならこれ以上いい事はないな。


 外の景色は久しぶりに見た。


 草原が一面に広がる快適な世界。

 この国に来た時は、こんな形で追われる身になるなんて想像すらしていなかった。

 勇者として下命を受けて、この異世界を旅しながら魔王を倒す主人公的な存在。

 そんなことを想像していた。


 それが今となっては、勇者は既にこの世界におり、俺以外に国から直接この世界に召喚された奴がいて、追われるようにして国から逃げ出す。


 俺は何もしていないのに、周りが何かをしてくる。

 だったら俺はもう関わらないでおいてやるよ。

 ガルムには悪いが、俺は世界を救ったりなんてことはしない。

 そもそもお前は勇者だって話だし、俺なんかに頼らなくてもこの世界に選ばれた人間じゃないか。

 俺はもう好きに生きてやる。


「ミナト……顔が怖い」


 シーラに言われて気付いたが、どうやらかなり険しい顔をしていたみたいだ。

 顔にシワを作っては幸せが逃げてしまうな。

 スマイルスマイル。


「…………なんで私の顔をグニグニするの」

「ん? 笑顔を忘れないように」


 そう。

 笑いの風をみんなにお届けさ。

 さすらいの風来坊だぜ。


 俺は道なりに沿って森があった方に歩いていくことにした。

 別に森に行くわけじゃないし、最初にいた洞窟に行くわけでもないけど、この道なりに進んでいけば次の町だか国だかに着ける気がするからだ。


 それに、この世界にいる生き物なんかにも興味がある。

 洞窟にいたようなあんなキッモいデカイ昆虫なんかじゃなくて、もっと神秘的な、それこそドラゴンとか俺の世界の神話やゲームやアニメに出てくるような、そんな生き物がいるかもしれない。


 シーラのような魔者の存在にも少し興味があるし、まだまだ楽しめる要素はいっぱいあるんだ。


 そうさ。

 勇者になって戦いに明け暮れる日々なんかよりもよっぽど魅力的じゃないか。

 世界を救うだとか、そんな大それたことは他の人に任せようぜ。


 俺は俺の道を歩もう。


 シーラは…………もし故郷が見つかれば、そこに帰してあげるのが1番いいだろう。

 何の種族って言ってたか覚えてないし、魔者っていうと魔王の手先って認識がこの世界にあるみたいだから、もしかしたら会った瞬間に襲われるかもしれないけど、そん時はそん時さ。


「どこ行くの?」

「さぁなぁ。俺は今の所この国以外、何があるのか分からないからな。ガルム曰く、この国に来れば色々と調べられたみたいだけど、結局大して調べることもできなかったからなぁ」

「…………ふーん」


 自分で聞いておいて反応うっすいなぁ。


「シーラは自分の家とかどこにあるのか覚えてないのかよ。もし覚えてるんだったらそこに行こうぜ」

「家は覚えてるけど、何処にあるのか分かんない」

「だよなぁ。そうしたら取り敢えずはこの道に沿ってみようぜ。金もなけりゃあ食べるものもないけど、何とかなるだろ」

「……適当」


 行き当たりばったりで計画性が無いと思ったかもしれないな。

 でもいいじゃん。

 人生、結局計画通りに進むことなんてないんだから。

 超頑張って某有名大学に入学決め込もうが、ある日突然異世界飛ばされたら何の意味もないからね。

 それまでの人生設計全部オジャンだぜ?

 いや、俺が某有名大学に受かったわけじゃないんだけどさ。

 要はそういうこと。


 まずは計画よりも行動することが大切って話よ。


「がむしゃらにやれば、人間簡単には死なないのさ」

「私は……?」

「魔族も一緒」


 シーラの頭をクシャクシャと撫でる。

 ガンバルンバ俺。

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