第7話 ミエちゃん(前編)

 最初に付き合った女の子は誰だ? とか、最初のガールフレンドは誰だ? と訊かれたら、ボクはやっぱりミエちゃんの名前を挙げると思う。付き合ったとか、ガールフレンドという定義を聞いたことないし、別にミエちゃんとはキスもしてなきゃエッチも当然ながらしたこともないから、大人の定義で言うとそれは付き合ったことにならないのかもしれないが、ボクにとっては彼女が最初の女性であることに間違いはない。断言しておく。なぜなら、


「好きです、付き合ってください」


 そういう意味のアプローチをしたのは彼女が最初で、はい、という返事をドキドキしながら待ったのも、彼女が最初だからだ。


 彼女とは一度もクラスメイトになったことがない。小学校も違ったから、ボクは彼女のことをまるで知らない。まさしく、ボクの一目惚れだ。ほとんど声を聞いた記憶もないから、外見上の好みだけで突っ走った、通過儀礼的な初恋だったとも言えると思う。


 しかし、彼女と付き合うことになったきっかけというのは、実にくだらない理由だった。ミエちゃんが聞いたらきっと怒るんじゃないかというくらい、くだらない理由だったから、本当はこのまま秘密にしておいてもいいくらいなんだけど……



 中学3年の12月というと、今どきの生徒なら受験前でピリピリするはずの時期かもしれない。だけど、当時ボクの住んでいた瀬戸内の海辺の小さな街は、そう受験受験と大騒ぎすることもなく、中学3年にもなれば、キミの進路は大体こんなところだね、という感じで行き先は決まってしまっているようなところがあって、そのあらかじめ決まったコースを飛び出そうとか、無理をしてでも進学校へ行こうとか、そんな雰囲気はまるでなかった。


 特に、ボクの大の仲良しの有馬や山下はそれぞれ中学を卒業したら板前になるとか大工になるとか、そういうガテンな人生を選択済みだから、この頃は3人集まると中学生最後の思い出として、どうしてもガールフレンドが欲しいという話題に集中するのだった。


 特に有馬は卒業すると大阪の有名なお店で修行することが決まっていて、ずっと前から好きだった杏ちゃんを口説きたい、何としてでも彼女にしたいという願望が強く、放課後になると彼女の口説き方をボクに訊いてくるのだった。


 ボクは決して恋愛の達人でも何でもなく、彼に言わせると国語の音読が上手いから、きっと口説くのもうまいだろ、くらいの話だから、何の合理的根拠もない。しかし、ボクも人に頼まれれば嫌とも言えず、それなりにそれっぽい本を読み漁り、女の子がコロっとやられてしまうフレーズはどんなものか、年がら年中考える日々が続いた。


 毎日のようにレクチャーするのだが、有馬は肝心なところで勇気がない。剃り込みを入れたやんちゃな外見に似合わず小心者だ。彼の家に行くと、ポールモーリアの全集がずらりと並んでいて、綺麗なお母さんが紅茶をいれてくれるような環境に住んでいて、本当はおぼっちゃまなことも知っている。もっと言えば、彼は母親をママと呼んでいるという衝撃の事実すら知っている。


 だから、ボクはこの強面の彼をどこかでバカにしていて、レクチャーしてるんだからそろそろ実行しろよ、くらいの雰囲気だったかもしれない。


 そんな調子だったから、なにかの弾みでやんちゃな彼を怒らせてしまい、彼に胸倉を掴まれて、こう凄まれた。


「そんなに言うんならよぉ、おめ~、見本見せろや!」


 ガテンだけあって、見本も手本も区別がない。だが、あまりに突然に怒り出すからびっくりした。だって、ボクは色男だからチカラはない。2年生の時に重病で部活もやめてるから、体力に自信もない。空手やらなにやらで武装した有馬に敵う訳がない。


「な、なんだよ…… 急に怒るなよ。そろそろ告白したら、ってだけじゃんかよ……」


 平謝りするのも恥ずかしいから、ボクは心臓が飛び出しそうなくらいビビってはいたが、そう反論した。


「だからよぉ、おめぇ~が先にやってみろ、って言ってんだよ、このクソが!」


 怖い…… 有馬が本気になるとそのへんのや~さん並みに怖い。


「わっ、わかったよ…… 杏ちゃんに言えばいいんだろ」


「おめぇ~、なめてんのか! あいつに言ってど~すんだよ! お前が口説いてど~すんだよ、ボケが!」


 ちびる…… もう限界だ…… ちびるからやめてくれ……


「わ、わ、わ、わかった…… 誰に言えばいい?」


 有馬の手が緩んだ。ニヤリと笑う有馬…… 極道はこれだから嫌いだ……


「誰なんだよ、ん? トシちゃん。誰なんだよ、教えろよ」


 般若の面のような有馬の顔がどう変化したか、お見せしたいくらいだ。彼は実に硬軟ないまぜにして人を吊るし上げる。カツアゲの実績がものを言っているに違いない。


「誰って言われても…… 誰かなぁ」


 これは正直な感想だ。その時、ボクはクラスの女子を思い出して、どいつもこいつもイマイチだなぁなどと思っていたのだ。


「いるだろ? ひとりぐらい?」


 なぜか有馬の関心はボクが誰を好きかに移ってしまったようだ。


 中学3年の男子などというものは、そう四六時中に女子のことを考えているわけではない。女体には明確に興味がある。しかし、同級生の女子に特別に興味を魅かれ続けるということもない。仲の良い男子とバカ話をしている方が楽しいし、気も楽だ。女子は扱いずらい、厄介なものという感覚が本能的に避けさせるのかもしれない。だから、瞬間的に誰が好きかなんてことを、その時は思いつかなかったのだ。


「じゃあ、3年1組から順番に思い出してみろよ」


 有馬がなかなか具体的な提案をしてくる。そうか、クラスが一緒だった子に限定しなくてもいいのか、とボクもようやく気付く。


 有馬が適当に名前を挙げる。中にはクロちゃんや恵美ちゃん、あさみやみゆきの名前もあって、懐かしい感じはしたけど、今さら彼女たちに愛の告白もあったもんじゃない。却下だ。


 有馬は6組までそれなりにかわいい子の名前を並べたが、どれもピンとこない。


「ん?…… 」


「いたか! 誰か思いついたか!」


 なんだか宝探しになっている……


「…… いや、でも口もきいたことがない……」


「誰だよ! 口もきいたことがないやつなんているのかよ!」


「いるよ。あっちの小学校出身だと話してない子なんていくらでもいるよ」


 それは事実だ。二つの小学校が一緒になって一つの中学校になっているから、出身小学校が違えばまるで知らないままの同級生だって結構な数いた。


「ほ~、つまり、七小ってことだな?」


 今度は取り調べの刑事のような口調になる。まぁ、警察もやーさんも似たようなもんだ。


「…… そうだな」


 なぜか追い込まれた気になる。


「誰だよ! 教えろ! ここまで話したんだから教えろ!」


 なんでこういう話になったのか、完全にふたりとも忘れている。なぜか、ボクが彼に好きな子を白状するような雰囲気になっている。


「…… 6組」


 なぜか誰! とはっきり言えない。みょ~に照れくさい。


「6組? 誰かいたか? 椛島じゃないんだよな…… いたか? かわいい子?」


 こういうふうに言われると急に言いたくなくなる。お前の趣味は異常だと言われてる感じがしてくる。そうだ。なぜ中学校の頃に誰かをまともに好きになれなかったのか、その理由を考えると、選んだ相手のことをぜ~んぜん可愛くないと言われるのが極端に嫌だったからのような気がする。


「じゃあ、当たったら言うよ。今日はもう帰ろうぜ」


 誤魔化そうとした。しかし、こういう卑怯な方法を任侠の世界では最も嫌う。


「てめえ! ふざけたこと言ってんじゃねぇ~ぞ! 白状しろや、はよ!」


 ふたたび胸倉を掴みかからんばかりの勢いだ。これはヤバい。


「わ、わ、わかったよ…… 言うよ、言うから……」


「誰だよ!」


「ま、前澤…… 」


「前澤? 」


 有馬はピンと来ていない。そうかもしれない。有馬も同じクラスにはなったことがないはずだ。


「前澤ねぇ…… あんまよく知らね…… 部活なに?」


 なぜかその頃は所属している部活で相手を見定めようとする傾向があった。


「運動部じゃないと思うな…… オレもよく知らね」


「どの辺の子?」


「磯原とよく一緒にいる子だよ」


 磯原とは、同じクラスの、ちょっと色っぽい子だった。


「磯原と?…… あっ! 思い出した! あれか! 」


 ボクは恐々として有馬の下す評定を待った。なぜか知らないが、第三者の目が異常に気になった。


「お~お~いたなぁ。まぁまぁかわいいじゃんか」


「だろ!」


 ボクはホッとした。なんだよ、あんなブスが好きなのかよ、なんて言われたら、もう絶対に口説くなんて気になれなかったと思った。


「ちょっと待ってろ!」


 そう言い残すと、有馬は中庭の端っこから教室に戻って、あろうことか磯原を連れてきた。


「おい! こいつ、お前のツレの前澤?だっけ? そいつが好きなんだってさ!」


 おいおいおいおいおいおい、である! なんで磯原まで巻き込む必要があんねん、な話だ!


「へぇ~~~~、神原クンってそうだったんだ! わぁ~~~、これって結構衝撃だよ!」

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