第1話~鎖から解放されし少女~

ガラガラと音を立て、一両の馬車が薄暗い裏道を通り抜けている。後ろの荷台に大きな鉄の牢がついた馬車だった。鉄の牢の中には鎖に繋がれ、ボロ布のような服を着た人々がいた。そしてその中に、私もいた。何故、こんなことになってしまったんだろう。私はうつむいたまま考える。ここに至るまでの人生を。


私の名前はシエル・ユリスティア。大国、ドラグノア王国を中心に広がる草原の端の深い森の中にあるシグレ村という小さな村に住んでいた。シグレ村は人がほとんど訪れないことから「秘境の地」などと呼ばれ、一族だけで発展を遂げてきた。私はそんな村で平穏な生活を送っていた。朝は洗濯物を干し、昼は家畜達の世話をして夜は村のみんなと食卓を囲んでご飯を食べる。それが日常にして通常、つまり当たり前だったのだ。だからいつもと違うことが起こった時、私はとても驚いていた。

ある日の夜、私の誕生日のお祝いをしている時だった。突然私の家のドアが乱暴に開き、黒いローブを纏った何者かが入ってきた。「え…誰?」と私は驚いてか細い声をあげた。奴らは私の言葉には見向きもせず、ただ無言で私に襲いかかってきた。私が抵抗の叫びをあげる前に口を封じられ、喉に部屋の洋灯の明かりで煌めくナイフを当てられていた。しばらくじたばたしていた私も口を覆う布に薬でも塗ってあったのだろうか、ゆっくりと意識が遠のいていった。

―私にはその後の記憶がない。

そして、気づいたら私はこの牢の中にいたという訳だ。やはり眠ってからのことは思い出せない。


「ここは…どこだろう。」


小さな声で呟いた。すると、隣の人に聞こえていたらしく、若い青年が暗い顔をしながら答えてくれた。


「僕らはね、今から売られるんだよ。」


売られる?どうゆうことだろう。私は再び問いかけた。


「あの、私はどこへ売られるんでしょうか?」


「それはわからないよ。大抵の人が厭らしい貴族や怪しい工場に売られるんだろうけど、たまに珍しい所に買われるやつもいるらしいし。」


正直反応に困って返事が出来なかった。


「人を売るのっていいんですか?」


「もちろん、良くはないだろう。でも、このドラグノア王国は魔法と商業が盛んでね、この国の資金はほとんどが交易によるものなんだ。人身売買は柄は悪いけど、貴族や業者などの一部の人間に高値で売れるから黙認されてしまってるんだ。」


闇市というやつだろうか。私がそこに売られると思うと絶望したくなるほどだ。しばらくして、 人が集まる大通りで私たちを乗せた馬車が止まった。馬車からふたりの男性が降りてくる。1人は高そうなタキシードを着て帽子をかぶった小太りの男ともう片方は小太りの男の執事のような初老の男だった。小太りの男は服を整え馬車の前に立つ。執事のような男は私たちのいる鉄牢の前にくると、牢の鍵を開け、私たちの前にきて、少し哀しい目をしながら「失礼します。」と、私たちの首に値札のついた首輪を付け始めた。つけられ終わって周りの様子を見ると、ドレスやタキシードを着た貴族と思われる人たちが馬車の周りに群がっていることに気がついた。


「さあさあ皆さん!ご覧ください!本日もいろいろな品を取り揃えておりますよ!」


小太りの男が話し始める。それを合図に、群がっていた貴族たちがいっせいに奴隷の品定めを始めた。あるものは値札を見たり、またあるものはニヤついた顔で奴隷を眺める。なんとも嫌な顔だ。街の人々は可哀想なものを見る目でこちらを見ている。だがしかし、私はあることに気がついた。誰も私に近寄って来ないのだ。むしろ遠のいてゆく。気になって私は自分の首輪からぶら下がった値札を見てみた。

―15000000ダリス。とんでもない高値だった。 なるほど、これでは誰も近づけない。貴族の1人が尋ねた。


「あの、これはどうしてこんなに高いんですの?他のものと比べてお値段が違い過ぎると思うのだけれど。」


「それは容姿による影響が大きいですね。髪色も変わった色をしていますし、双眼オッドアイというのもあります。それに…正直に申しますと、そちらの商品は私どももあまり手放したくないのですよ。」


「納得ですわ。確かに見た目は奴隷として売るには美し過ぎますものね。あなたが手放したくないのもわかりますわ。」


私の値段が高い理由が分かった。だからどうしたということも無いけれど。そうしてだんだん時が過ぎて行き、お昼過ぎには気がつけば私以外のほとんどが売れていた。私に説明してくれた青年も、ついさっき買われていった。哀しげな目をしながら。一人だけ買われないというのもなかなかに寂しいものだ。一人だけになったことで注目される回数も増えた。そんなとき、1人のローブを纏った人が現れた。


「あら、いいかしら。」


「ええ、構いませんよ。」


ローブの人の問いに男が応えた。声からして恐らく女性だろう。


「彼女を売ってくれないかしら。」


…え、あの人は今なんて…私を買うって言った?自慢ではないけど私にはかなり高価な値段がかかっている。あの人は、それを買うと言ったんだ。これには男も流石に驚いたらしく、「正気ですか?」と疑っていた。それなら…と彼女は鞄の中から黒い薄い板のようなものと銀色に光るメダルを1枚取り出した。

私にはそれが何なのか分からなかったが、男はまたしても驚いていた。


「…どうやらお客様には敵わないようですね。はい、確かに。代金頂戴致します。お買い上げ、ありがとうございました。」


どうやら本当に私を買い取ったらしい。ローブの女性はこっちに来て私の首輪に付いている値札を取った。


「案外高かったわね、あなた。でももう大丈夫。あなたは私のものだから。」


私の首輪に繋がれた鎖が牢から外れる。私はローブの女性、私の主に導かれ裏道の闇の中に消えていった。

私たちは 裏道を進んだところにある小さな家に入った。何をされるのかは分からなかったがとりあえずついて行く。すると女性が


「楽にしてていいわよ。」と声をかけてくれた。本当にいいのかとも思ったが主に言われたのでは仕方が無い。私はそばにあったソファに腰掛けた。しばらくして女性が部屋に戻ってきた。そして少し溜めて話を始めた。


「さて、そろそろいいかな。」


女性が被っていたローブを脱ぐ。そこかられた姿は先程の大人の女性の声から想像出来るような姿ではなく、私と同じくらいの、齢17くらいの美しい乙女が立っていた。尾を引く彗星のような白銀の長髪に、紫苑石アメジストを埋め込んだかのような澄んだ紫眼というなんとも幻想的な姿で。そして彼女は告げる。


「私の名前はノタ・ドラグノア。ドラグノア王国第三王女にして竜の意志を継ぎし者よ」


~to be continued






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