織田信長×諜報員松田一二三
十五 静香
1 魔王×悪魔
久しぶりじゃ。
織田信長である。
少し間が空いてしまったが、お主らは達者にしておったか?
わしはまあ、息災じゃ。
当然じゃな。まだわしの余命は1年弱残っている。
悲しそうな顔をするな。
例え光秀の謀反を防ごうと、『歴史の修正力』とやらのせいで、どの道、わしの寿命は1年後を目処に尽きる。
人為的な死因だから、避けられそうに思えるが、そうは神が許すまい。
歴史の修正力には人間も悪魔も魔王も立ち向かえぬ。
だから、わしは自分が不治の病で、余命1年だと受け止めておる。
それならば、諦めもつく。前も向ける。
人間50年には、残念ながら一歩届かぬが、来年の夏に死んでも悔いが残らぬよう、
敦盛は人の一生なんぞ「夢幻の如くなり」などと謳っておるが、例え夢幻になろうと、わしが生きた事実は未来永劫消えぬ。
織田信長という名を誰もが忘れたとしても、人間全部が死に絶えても、事実だけは消えぬ。
それで十分。
あとは、限られた人生、難しいことは考えず、やりたいように好き勝手楽しんで生きたもん勝ちじゃ。
どれだけ長く生きたかより、どれだけ楽しんで生き切ったかが大事。
死ぬのが怖いとやきもきするより、日々のQOL《クオリティオブライフ》ってやつを上げるべきだと、この前転移してきた未来人の医者が教えてくれたわい。
そうそう、わしのところには、相変わらず大勢の未来人が転生やら転移やらしてくる。
ほとんどが、わしの死や未来のことをしたり顔で予言する、冴えない小童や腑抜けの若者なのだが、たまにさっきの医者のような面白い人間もやってくる。
同じようなつまらぬ者共を、右から左に受け流すのにはうんざりしている分、変わった奴が来ると、好奇心が疼き、ついつい長話をしたくなってしまうのだが……。
この男はどうしたものだろう。
安土城の居室で珍妙な転移者と二人きり、頭が痛い。
「信長……、あ、いけね、信長さんってなまずに似てますね」
年齢不詳の未来人は開口一番、無礼千万な発言をした。
こやつ、なまず呼ばわりも酷いが、呼び捨てにしようとしおったな。
わしの前に現れる未来人は、何故か今から約430年から440年先の未来、21世紀前半からやってくる者が多いが、こやつは着物や髪の形、話し方などが微妙に彼等とは異なった。
「挨拶もなしに無礼な奴じゃ。言われる前に言っておくが、本能寺の件は耳にタコが出来る程聞かされて知っておるし、受け入れている。わしを助けて、歴史を変え、一攫千金や世界征服、酒池肉林を夢見ているのなら、早急にいね」
己の時代では、元服もとうに過ぎているのに、学ばず、働かず、努力せず、親の脛をかじり続けて生きていた癖に、未来人だという『あどばんてーじ』を使い、あわよくば、この世界で大成しようと目論む愚か者は腐る程見てきた。
この男も、あいつらと同じ、傲慢で、根拠もないのに、自己評価だけは無駄に高いあまちゃんの臭いがした。
出身の時代は、奴らと違うのかもしれないが、どの時代にもろくでなしはおる。
こいつはこいつの時代で、なめた生き方をしているのじゃろう。
「すみません、名乗り忘れてしまいました。うちの明智を差し置いて、初めて単独で登場できる機会に、ついつい舞い上がってしまいました。僕は
何を言っているのだろう、このたわけは。
確かに
しかも、折に触れ、『メタ発言』とやらをしておる。
危険な奴じゃ。
「それから、僕は本能寺の変を防ごうとか、そういう慈善活動はしません。あなたを助けたところで、僕には何の得もありませんからね」
あっけらかんと寂しいことを言う。例え本音はそうであっても、ものには言いようというものがある、と何故、暴言・暴挙の専門家であるわしが指摘せねばならぬ。
腑に落ちぬ。
「わしとともに天下取りをしたいとは思わぬのか?」
わしのカマかけに、松田は小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべ、答えた。
「思いません。要りませんよ、こんな未開の地。この国には資源が足りません。石油や石炭が採れる大陸を目指すにも、現在の兵力や軍事力では、何十年かかるか分からない。そんなにここに居座るつもりはありません」
石油や石炭が採れる大陸、か。
何とも香ばしいキーワードじゃ。
試験に出るぞ、覚えておけい。
薄っぺらい歴史知識を自慢げに披露する奴らは好かんが、彼奴等から得た情報を聞き流すか、それとも己に取り込むかは別の話。
度重なる21世紀人の来訪を経験し、わしは西暦1581年現在から2020年頃までの歴史はあらかた把握するまでに至った。
忘れぬよう、聞いたことは帳面に書き留めておる。
無論、その帳面も本能寺でわしの肉体とともに灰にするつもりじゃがな。
得体の知れぬ傍若無人の相手じゃったが、わしの方が優位に立てる可能性が出てきた。
何、少し戯れに驚かせてみるかの。
「松田とやらよ、お主、もしや大日本帝国からやってきたのではあるまいな。西暦にすると1930年代くらいか?」
何で分かるのですか?
すごい! さすが信長様、チョベリグ!(間違えた。これは1990年代半ばじゃった)
そんな反応を待っていた。
けれども、奴はにたにた笑いを貼り付けたまま一蹴した。
「さあね。ご想像にお任せします」
そして、ズボン(言い忘れておったが、松田は未来人のサラリーマンがよく着ているスーツを着ていた。但し、21世紀のものよりやや寸胴な作りのものだった)のポケットから飴玉のようなものを取り出し、クチャクチャと食べ始めおった。
後の世でも、魔王信長と恐れられるわしの眼前で、大した度胸であった。
それはともかく、奴が食っているのは、もしやキャラメルという菓子ではないか?
前に転移者から貰って、美味だった記憶がある。
物欲しそうにしていた訳では決してないのじゃが、わざと大げさに顎を動かし、こちらに見せびらかしながらに食べているように見えなくもない松田と目が合ってしもうた。
奴は童の如く、いっと黄色の甘く粘度が高い舶来の菓子が貼りついた歯を剥いた。
「食べたい?」
「くれるのか?」
思い返せば、尋ねてしまった時点で、わしは甘ったれの悪魔の手中に乗せられておった。
「あげない♪ これで終わりだもん」
未来人じゃなかったら、逆さ磔にしてやりたかった。
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