一皮剥けて…

鯉々

ワルツィング・マチルダ

 私の名前は河無 愛。人に唯一誇れるのは、りんごの皮を剥くのが上手って事位。

 ある日私は、学校からの帰り道から外れ、河原に来ていた。特に理由はなかった。ただ、なんとなく河が見てみたくなっただけだった。

「……綺麗だなぁ」

 自然と口に出ていた。河は人の喧騒など気にせずに、ただただ静かに流れている。その姿が私には少し羨ましかった。

 ふと見ると、生い茂る草の中に光っている部分があることに気が付いた。あれは……一体何だろうか?そう思い私はその場所に確認しに行くことにした。

 草を掻き分けた先にあったのは、金色に光るりんごだった。その光り方はメッキなどではなく、明らかにりんごそのものが光っているようだった。

「……何だろう、これ」

 悪いことだとは分かっていたが、つい興味本位で私はそのりんごを家に持って帰ってしまった。


「不思議だなぁ、これ」

 私は家に持ち帰ったりんごを机に乗せて眺めていた。見ているだけで吸い込まれるような不思議な輝きをしており、私はすっかりこのりんごの虜だった。

「あー!そこにあった!」

 突然私の後ろから大声が上がり、私はひっくり返ってしまう。心臓に悪い。

 私の後ろにいたのは、赤味がかった長髪の女性だった。腹筋が少し割れており、腕にも少し筋肉が見えた。腰周りにはウエストポーチのような物をいくつもぶら下げており、明らかに、日本には不釣合いな見た目だった。

「ねえ君!これ、どこで拾ったの?」

「あ……え?」

 いきなりの質問と状況で言葉が出てこなくなってしまう。こんなもの冷静にいろと言う方が無理だ。とはいえ、何も言わないわけにもいかず、大きく深呼吸し、私は正直に話すことにした。

「あの、河原で……拾い、ました」

「河原でか……ん、ありがと!そういや、自己紹介がまだだったよね?あたしはマチルダ。マチルダ・メイ」

「マチルダ、さん?」

 明らかに日本人の名前ではなかった。しかし、言葉は問題なく通じていた。疑問はいくつかあったが、とりあえず私も失礼のない様に自己紹介をすることにした。

「え、と。私は河無 愛です。初めまして」

「アイか!いい名前だね!」

 マチルダさんは笑顔で返す、何とも気持ちの良い笑顔だった。

「じゃ、いい名前ついでにさ、ちょっと来てもらっていい?」

 ……来てもらっていい?どういう意味だろう?どこに?悪い人ではなさそうだけど。

 マチルダさんは私の手を掴むと、私の部屋に穴の様なものを開け、そこに引っ張った。何だかとんでもないことになっている気がする。


 私達は平原に立っていた。地平線が見えるほどの青々とした平原である。

「あの、マチルダさん?ここは、一体……?」

「マティでいいよ!ここはあたし達が住んでる世界さ!君たちの住んでる世界とは隣り合ってる世界らしいよ?ヘイコウ、世界?がどうとか、偉い学者先生が言ってた」

 平行世界?そういう理論は聞いたことがあったけど、それがここ?何かいまいち納得出来ない。

「でっ、君を連れてきた理由なんだけどね?今、この世界は魔王軍との全面戦争状態なんだ。君にはちょっと手を貸して欲しいんだよ」

 魔王?そういうのホントにいるんだ……。というか手伝うって何をすればいいんだろう?もうこの時点で逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

「あの、私……別に何か格闘技とかやってるわけじゃないし、特別なことが出来るわけじゃないんですよ?」

「いやいや!君を見た時にあたしはピン!と来たわけよ!君にはこの世界で使える力があるって」

 そんな無責任なことを言われても、無理なものは無理だ。私が得意なことといえば、りんごの皮を剥くこと位だ。こんなので魔王なんかと戦えるわけがない。

 そんな話をしていると私達の前に土で出来た人形のようなものが出てきた。俗に言う「ゴーレム」というものだろうか?

「おっ!来たなぁ!よし、アイ!早速、確かめてみようよ!君の力!」

「は……無理無理無理!」

 無茶だ。いきなり実戦なんて。こんなの死んでしまう……私は勇者じゃない。ただの善良な市民なんだ……。

「ほら!あたしがサポートするからさ!あいつをやっつけてやる!って気持ちがあれば力を使える筈だって!」

 ……それならある。こんなところで死にたくない。死んでも死に切れない。私は目を閉じて深呼吸し、覚悟を決めた。

「よっしゃ!そんじゃ行くよ!」

 そういうとマチルダさんは真っ先にゴーレムに向かって突っ込んでいった。あまりにも無謀に見えたが、意外にも善戦していた。だが、不意をつくように上空から鳥の様な怪物が降ってきていた。ここからでは間に合いそうになかった。

「危ないっ!」

 私は咄嗟に叫び、手を伸ばしていた。

 私は目を疑った。自分の伸ばした右腕がシュルシュルと音を立て、まるでりんごの皮を剥く様に解れていったのだ。リボンの様に伸びた私の腕は上空から迫っていた怪鳥に巻きつき、動きを止めた。

「おー……!それが君の力か!初めて見るタイプだね!」

 そう言いながら、マチルダさんはゴーレムを地面に投げつけ、破壊していた。

 これは、どうすればいいんだろう?私は自分の体に起こった異常事態に困惑した。これは本当に大丈夫なのだろうか?ちゃんと元に戻るんだろうか?

 そんなことを考えているとマチルダさんが戻ってきていた。

「いやぁ驚いたよ!面白い能力だね君!後、その……そろそろその鳥放してあげてよ?それ、あたし達が連絡用に使ってるヤツだからさ。腕の力抜いてみ?」

 私は急いで右腕の力を抜いてみた。すると、鳥に巻きついていた腕だったものは解け、また私の腕へと戻っていった。少しだけ、使い方が分かった気がした。


「なるほどねぇ」

「何て書いてあったんですか?」

 私達はその場に座り込み、一緒にあの鳥が持ってきた手紙を読んでいた。

「うん。魔王の居場所が分かったって書いてあるね」

「やっぱり付いて行かなきゃ駄目、ですよね?」

「出来れば来て欲しいなぁ。ね?ここまで来たんだからさ?」

 そう言いながら、マチルダさんは私の手を握ってきた。正直帰りたかったが、ここまで来ておいて帰るというのも、後味が悪いと感じた。

「……分かりましたよ。行きますって」

「ホント!?いやぁ、持つべきものは友だね!」

 いつの間にか友にされていた。


 私達は魔王の下に向かう前に最寄の町に寄って準備していくことになった。

 町にはいくつかの建物や屋台などが並んでいた。私はあまりゲームには詳しくないが、多分RPGとかに出てくる町はこんな感じなんだろう。

 町で一通り買い物を済ませた私達は一旦宿に泊まっていくことにした。

「よし、ここの部屋だね」

「あの、マチルダさん?私の部屋の鍵は?」

「ん?何言ってんの?同じ部屋だよ。お金少ないんだから。後、マティね」

 これは私の感性がおかしいんだろうか?いくら同性といっても、相手は知らない人だ。正直、気を使うし居心地が悪い。……後、少し恥ずかしい。

「ほらほら、何ぽやっとしてんの。入るよ」

「……あ、はい」

 マチルダさんに促され、仕方なく私は部屋の中に入っていった。

 部屋の中はいかにも古宿といった感じだった。机も椅子もガタが来ている様に見える。

「アイはさぁ、あっちの世界じゃ何してたの?」

 マチルダさんが突然質問してくる。

「学生です」

「へぇー、アイは賢いんだね。あたしの家はお金も無かったし、あたしも頭が悪かったから学校には行かせてもらえなかったなぁ」

「ねね!学校ってどんなことするの?楽しい?」

 マチルダさんは興味津々にまるで子供の様に質問してきた。その様子が何だかおかしくて、少し笑ってしまった。

「あ!何だよ何だよ!笑わないでよ!聞いてみたかっただけじゃん!」

 そういうとマチルダさんは少し頬を膨らませる。先程までの逞しい印象とは真逆で、その姿はとても子供っぽかった。

 流石に教えないのも意地悪なので、私は学校のことについて話した。授業のこと、部活のこと、学食のこと。彼女は目をキラキラさせて、楽しそうに聞いていた。小さい子にお話をしているみたいで、少し楽しかった。

「凄いなぁ!ホントに楽しそう!他には他には!?」

「私のことだけじゃなくて、マチルダさんのことも聞かせてくださいよ」

「マティ。んー、いいけど……あんまり面白くないよ?」

 私は気が付くとマチルダさんのことを聞き出そうとしていた。いつもの私ならこんなにずけずけと行かない筈なのに。これも彼女の人柄故だろうか?

「あたしはねぇ、ここから離れたシミュナ村って所で生まれたんだー。あたしの父さんは鉱夫でね。あたしも父さんの後を追って炭鉱で働くようになったんだー」

 納得だった。彼女の無駄のない程よい筋肉は炭鉱の仕事でついたものだったのだ。

「そのせいで、こんな筋肉ついちゃってさぁ……あんまし、女の子らしくないよね?」

「そんなことないですよ。私は、そういう女の人、好きですよ」

 別に嘘を言った訳ではなった。彼女の筋肉は汗水流して、働いてついた筋肉だ。それはとても美しいものだと思った。

「アイーーっ!!」

「っ!?」

 私はマチルダさんに抱きつかれ、そのままベッドに押し倒されてしまった。正直、力の差が有り過ぎて、対応出来なかった。

 マチルダさんが力強く抱きしめてくる。

「嬉しいなぁ!そんなこと言ってくれたのアイが初めてだよ!」

「や、ちょ……い、痛い痛い……!」

 マチルダさんの力は益々強くなり、私の体は締め付けられていく。体から酸素が抜け、力も入らなくなる。……ちょっとこれは本当にマズイかもしれない。


 マチルダさんは疲れていたのか、そのまま眠ってしまった。何とか解放された私は彼女の腕から抜け出し、シャワーでも浴びることにした。幸い、水道は通っているようだった。元の世界と違って出ないのではないかと不安だったため、安心した。

 ……安心した私が馬鹿だった。シャワーからは水しか出なかった。後から脱衣所を見るとこの時間はお湯が出ないそうだ。まだ、10時だというのに……。

 私はマチルダさんに掛け布団を掛け、もう一つの布団に寝転んだ。私の体はすぐにまどろみの中に入っていった。


 私を目覚めさせたのは鳥の鳴き声だった。寝ぼけた目で横を見ると、マチルダさんはまだ寝ているようだった。

 この宿では朝食が出ないことを思い出した私は、昨日買ったりんごを袋から取り出し、これまた昨日買っておいたナイフで皮を剥くことにした。私が唯一得意なこと。これをやってると心が落ち着く。今日はどんな模様にしようか。今は朝だし、太陽や鳥の形に剥いてみるのも面白いかもしれない。うん、それにしよう。私は夢中になって皮を剥き始めた。


「んーー……」

 マチルダさんが目を覚ました様だった。随分と遅いお目覚めだった。朝は弱いのかもしれない。

「おはようございます。マチルダさん」

「んー……?アイ……?」

 マチルダさんはゆっくりと体を起こし、ぼーっとしていた。しかし、机の上に置かれたりんごを見ると突然興奮した様子で立ち上がった。

「え!?何これ!?」

「あ、それ、朝ご飯です。ここ朝食出ないみたいなんで」

「これ、アイが作ったの!?」

「え、ええ。まあそうですけど」

「すっごいじゃん!!」

 マチルダさんは朝から大はしゃぎし、色々な角度からりんごを眺めていた。挙句の果てにはもったいないと言い出し、食べるように説得するのに苦労した。


 魔王討伐に向かうために、私達は宿を出て、先を急ぐことにした。

「いやぁ!朝から凄いの見たよ!ねっねっ!アイって普段からああいうの作るの?」

「はい。私の趣味って言ったらあれ位ですから」

「おしゃれだなぁー、いいなぁー!女の子だなぁー!」

 朝から元気いっぱいで疲れる。あれを作ったことに少し後悔しつつも、こんなに喜んでくれたことが少し嬉しかった。


 私達は町を出ると林を抜け、山道へと入っていった。山は舗装されている道が極僅かしか無く、所々から獣の鳴き声も聞こえてきた。

「大きい山ですね」

「そうでしょ?この山はほとんど人の手が入って無くてね?自然の生き物達にとっては楽園なんだ」

 実際、歩いていると木々には見たこともない花が咲いており、木陰からは見たこともない動物が顔を覗かせていた。

「この辺には、あの怪物みたいなのとかはいないんですか?」

「いないよ。魔物達にとっても、この辺は大切な場所なんだ。なんだかんだ私達と同じ、生き物だからね。自然が無くなると困るんだよ」


 少しの間歩くと私達は川の辺に出た。底が透けて見える程の清流で、魚達が気持ち良さそうに泳いでいた。

 そこに腰を下ろし、少しの間休憩することになった。その間、お互いのことについて話すことになった。

「アイは何か料理とか得意だったりする?」

「料理ですか?」

 料理は嫌いではなかった。色んな食材を組み合わせて、新しい味を作ったり出来るからだ。

「うーん、そうですね。まあ、多分人並みには出来ると思いますよ」

 とりあえず、程々に出来るということにしておいた。下手に出来ると言って、過剰に期待されると困るからだ。

「おーホント?じゃさじゃさ!何か作ってみてよ!」

 そういうと、彼女は背中に背負っていたバッグからフライパンやら何やらと取り出した。最初からそれが狙いだったのだろうか。

 とりあえず、出された物一式を見てみる。フライパンは特に変わった所は無い。鍋もそうだ。食材は牛乳、卵、バナナ、砂糖、ブランデー等がある。何か……いかにも甘い物を

作ってくださいという感じだ。

「そうですね。じゃあ、ちょっと作ってみましょうか」

 私は記憶を頼りにロマノフを作ってみることにした。いつだったかテレビでやってて、それを見て一度作ったことがあった。

 料理を始めた私の横でマチルダさんは喋り始めた。

「あたしさ、昔から不器用で、料理成功したことないんだよね」

「大丈夫ですよ。何回かやったら自然と出来るようになりますよ」

「……アイをお嫁さんに貰う人は、きっと幸せになるね」

 お嫁さん、か。本当にそんな日が来るんだろうか。今まで一度も告白されたことなかったし、何より私自身が、恋をしたことがなかった。彼女は……マチルダさんはどうなんだろうか?そう思い聞いてみることにした。

「マチルダさんは、好きな人とかいるんですか?」

「マティだって。あたしは、そうだなぁ……いないかな?同じ炭鉱で働いてるのもデリカシーが無いのばっかりだし。まっ、あえて言うなら、今は君に夢中かな!なんちゃって!」

 そう言って彼女は茶化した。彼女も私と同じで好きな人がいないのか。これって私達がおかしいんだろうか?思えば、クラスの女子達はよく恋バナとかしてるっけ。


 そうやって他愛も無い話をしている内にロマノフは完成した。鞄の中に入っていた皿に盛り付け、二人で食べることになった。

「すっごいなぁ!これ!こんな、おいしそうなの初めて見たよ!」

 マチルダさんはまるで子供のようにはしゃぎ、目を輝かせている。ここまで喜んでもらえるなら作って良かった。

「これ、本当はイチゴとか付けるともっと美味しくなるんですよ」

「イチゴかぁ……!昨日買っときゃよかったなぁ!」

 彼女は悔しがりながら、パクパクと食べ続け、やがて完食した。そんな彼女を見て、私は疑問に思ったことをぶつけた。

「マチルダさん。こんなにのんびりしてていいんですか?今も魔王軍との戦いは続いてるんですよね?」

「うん?あー、そうだね。ゆっくりしすぎた!片付けたら行こっか」

 私は段々、彼女に不信感を募らせていった。思えば、魔王軍と人間が争っているなら、もっと襲われるようなことがあるんじゃないのか?こんなにのんびりしている暇はないんじゃないのか?数々の疑問が私の中で駆け巡っていた。

 私は一つ個人的な疑問をぶつけてみた。

「あの、これ向こうに戻った時、時間の流れはどうなってるんですか?」

「あ、それなら心配ないよ。こっちの三日は向こうの一日分だから。だからさ、もっとこっちにいても大丈夫だよ、ねっ?」

 やはりおかしい。それが本当だとしても、何故今、彼女は私を引き止めるような言い方をしたのか?不思議でならない。


 川沿いに歩いていくと、一つの村に辿り着いた。

「ほらこっちこっち!」

 私はマチルダさんに引っ張られ、村の中に入っていった。急なことだったが、私は見逃さなかった。この町に炭鉱があることを。

「明日に備えてさ!もう今日は休もう!」

 私はそう言われながら一つの建物の中に入れられた。流石に我慢ならず、問い詰めることにした。

「マチルダさん、どういうことですか?」

「何がかな?あたし的には明日が最終決戦だし、もう休んだ方がいいかなと……」

「ここ、マチルダさんの生まれた村ですよね?何で、ここに連れてきたんですか?嘘ついてませんか?本当に魔王はいるんですか?」

「いや、あのぉ……」

「答えてください!!何もかもおかしいんですよ!魔王軍との全面戦争が起きてるって言う割には平和だし!やけにのんびり進むし!あのりんごも!何なんですか!?」

 柄にもなく大声で怒鳴ってしまう。ヒステリーを起こさない様に普段から気を付けていたのだが、抑えることが出来なかった。

「…………分かったよ。ホントのこと話す」

「まず、魔王軍の話は全部嘘。アイの、言う通り……どこにもいない。最初の魔物はあたしがそこに来るように誘導しただけ」

「次に、アイの持ってる能力だけど……それは、君がホントに最初から持ってたもの。今まで君自身が気付いてなかっただけ」

 ちょっと待って……何、初めからこの能力を持ってた?そんな筈は……だって今まで普通に……。

「それと、りんごのことだけど……あれは滅多に採れないって言われてるヤツ。あれが……あれば……君をこの世界に押し留めておける」

「は、え……待ってください。私を、押し留める?何を言って……」

「あたしはホントは君と姉妹になる筈だった。君は錬金術によって作り出された」

「何……言って……私はちゃんと産まれてきたんですよ?家には家族で撮った写真があるんです。思い出だって、ちゃんと……!」

「失敗したんだ。あたしは不器用だから。君の体は完成しなかった。君の魂だけがあの世界へ行ってしまっていた。あたしは必死に探した。君の事を。そしてやっと見つけたのは数年経ってからだった」

「やめて、よ……ふざけないでください……!認めない!そんな話」

「ホントなら諦めるべきだった。でも、出来なかった。学校でも友達がいなくて、両親とも仲が良い訳ではない。君は、辛そうだった」

「それが、理由なんですか……?」

「ううん。それだけならあたしも我慢できた。でも、あたしは心まで不器用だったんだ。…………あたしは、君の事を好きになってしまってた。劣情だとか恋慕だとか友愛だとか、そういうのでは表現出来ないほどに好きになってた。ずっと側にいたいと思った」

「だから、あたしは不器用ながらも、別の次元へ移動するための魔法を学んだ。これだけで5年もかかった。そして、君を連れてくることに成功した」

 私には分からなかった。何故彼女がそこまでするのか。

「後は、このりんごを君が食べれば、全てが終わるんだ。ねえ、お願い。食べてよ……!ホントは辛いんだよね?一緒にいよ?お姉ちゃんは君の味方だよ……?ね?ねっ?」

 私は目を閉じて冷静に考えようとしていた。彼女は、大切な家族を失ったと言ってもいい。その家族が、私だった。今彼女は、言葉では表せない感情を私に抱いている。……これは、どうなのだろうか。恐らく、他人とはちょっとずれているであろう私は、結局のところ、自分の信じる道に進むしかないのであろう。


 長い沈黙の後、私は口を開く。

「マチルダさん。決めました」

「じゃ、じゃあ……!」

「元の世界に帰ります」

 結局のところ、私が住むべき世界はあっちなのだろう。こっちも悪くはないが、やはり物事というのは本来あった場所に帰るべきだ。

「……ホントに、駄目?」

「ええ。残れません」

 彼女は今にも泣きそうになっている。初めに出会った時とは大違いだ。

「泣かないでください。元々、帰るつもりだったんですから」

「そうだよ、ね……。我が儘なのはあたしだよね……」

「そうですね……我が儘です。……帰るための魔法お願いします」

「……うん」

 彼女は涙を拭うと、何やら呪文のようなものを唱え始めた。すると、ここに来る時に見た様な穴が壁に開いた。私は壁の前に移動する。

「お別れ、だね……」

「ええ……。でも……」

 私は両腕を解れさせて伸ばし、彼女を引き寄せた。驚いた顔をしている彼女に小さくキスをし、こう約束した。

「週に1回位は来てもいいです。……次に会った時は、一緒にダンスでも踊りましょう。マティさん」

「…………うん!うん!また迎えに行くよ!今度はあたしも君を唸らせるような料理を作れるようになってるね!」

 マティさんはせっかく拭っていた涙で再び顔を濡らし、笑顔で私を見送ってくれた。


 気が付くと私は自分の部屋にいた。時計を見ると、ここに来る前と大して変わってなかった。どうやら、こちらではあまり時間は進んでいなかったようだ。

 

 あの日、私が体験したことは夢だったのかもしれない。私の周りの人達はいつものように生活している。私の世界はいつものように慌しく、しかし確実に進んでいた。

 私は前よりも、周りの人との関係が良くなった。両親とは少しだけだが、以前よりも話せるようになった。学校では、友達は出来てないが、前よりもクラスメイト達と砕けた会話が出来るようになった。あの人と出会って、私も少しは成長出来たということだろうか。

 今日も私はりんごの皮を剥く。今度は新しい技として、解れさせた腕を使って皮を剥くということを始めた。きっと、驚かれるだろう。

 後ろで物音がし、私は振り返る。

「マチルダ・メイ、一緒に踊ろう!」

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一皮剥けて… 鯉々 @koikoinomanga

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