おばけのよん匹、75鳥のジュバク、翼はありてい
ひょろながそうちゃん
第1話 ぬらり、秋の味覚はすでにジュース状に
その火曜日も、俺はやっぱり自宅から2km先の図書館にいた。
そこでイギリス国民の「マッシブアタック」というミュージシャンのCDを
手に取りながら
「パートナーがいる女の人が、ダークでメランコリックな音楽や映画に
うっとりしてるのって贅沢で羨ましいよね~。
だってさ、どんだけ暗くて憂鬱な方向に心が振り切れても、
またぬくぬくなパートナーとの甘くて安心な場所に
戻って来られるじゃない?」
という言葉を、いつ誰に言おうかと考えているうちにもう19時49分だ。
そしてそもそも、俺がその想念の中でなぜ女性側に嫉妬したのかが
よくわからない、というそのミステリーは、
「すごく価値がある」とある界隈では評判だ。
つまりとっても「いいね!」ということらしい。
「ギャラリーの芳名帳に手書きで記す名前」ぐらいに価値があるとも言えるだろう。
俺はその日も含め、数々の「お色気なあやまち」を、予感のレベルで瞬時にかわし続けた。俺の体は、ほどほどにまだ清潔だし、もはや男ではない。つまり女でもないし、毎日欠かさず「果てたい、果てたい」と叫んでいるだけの慎ましく温かい物体にすぎないのだ。
ただ向き合うべきは人間生活のみであり、焦らずにヒト語をマスターしていこう。
自宅にあるそのB5サイズの水色の「ヒト語」テキストは、初級からなかなかに難易度が高かった。
例文1:
「色恋なんてボーナスですよ。年中ほしがってたらクビじゃないですか。」
いきなりちょっと待ってくれ。まずこんなフレーズはきっと日本語のわかるヒトにしか通じない。しかも大喜利なんだか、バーの中でのキザな会話なんだかわかりづらいし、そもそもいつ言うチャンスがあるというのだろう。俺はこんなテキストを作る「ヒト」が嫌いだ。「嫌」という漢字のゲジゲジなさまにもぞわっと嫌悪感だし、あれ、なんだかニホンが嫌いみたいでごめんね。そう言って俺はふてくされた顔で天に向け土下座した。すると、
「ひとりでもドゲザーとは、これいかにぃぃ!!」
よく洗った白い着物を着て、低めの天から男性らしき「神」が練馬区関町のマンションの屋上の高さまで降りてきた。体長5mはあろうか。彼は俺と大喜利対決する気満々だったが、俺は気分がすぐれなかったので、
「よっ!うまい!」
と乱暴な口調で言い放ち10円玉を神に向かって投げた。
サラミとたこ焼きの匂いをさせながら神は消えた。
その時聴こえた寂しげな「しゅん・・」という音は、彼から発せられた声だったのだったのだろうか。擬音だろうな、字だからな。
俺はとりあえず今日も短足なので早く帰ろうと思い、黒いゴムサンダルで「西東京市」の標識を超えると
「地球で許されるにはまず、身近なニホンの面々を・・ああ、やなこった・・」
という思いがふと鼻腔の奥に充満し、もともと黄色だったとは思えない財布の中をなんとなく見た。4千円ぐらい入っていた。よしと思った。
帰宅してから手早く2度目の食事を済ませ、大好きな大好きなかわいい愛しい電子音楽作りに四苦八苦しつつもやっぱりうっとり愉悦の5時間があっけなく過ぎた。そのあと、スーパーミラクルインターネットで90年代のアイドル橘美里ちゃんのかわいさを再発見し、明け方から朝9時までパソコンで文章を打ち込んでいた2017年9月6日は、今この瞬間から、のちに思い出されるための準備を始めた。
カタカタ、ギーッ、ボワワワワワ・・・ン・・シュコー。ファンフ、ファンフ・・。
翌朝、ではなく同日の15時に目覚めると、依然として「ヒト」の「俺」だった。
「あーそうか、よかった!のかな?じょぼじょぼぼぼ。ぽちょんっ。」
そう、俺のシルエットと匂いと「ヒトガラ」を教えてくれるのはいつも「他人」だけ
なのだ。
そしていくらそのように尊敬する他人とは言え、「美人」は嫌いだ。
一周回って結局嫌いだ。だって、何にもくれないんだもん。
でもそのまま美人に苦しもう、楽しもう、つつしもう。
つつもたせしヤマタノオロチよ、出でよ!ちょうどいいタイミングで出でよ!
お守り下さい。俺の、えー、ス・・スピリットを!
なんせアタマはアクマだ、てんでままならぬ。
いつだって見え見えでぶっきらぼうなのだ。
だからあんなに頭蓋骨は分厚いのだ。
ウシシシシ・・・バブゥウゥ・・・ホム!
俺がこの西東京のちょいボロアパートでこんなに革命的な発想をしているとはつゆ知らず、今日も山手線のあいつらは
「これ、聞いた話なんだけど、『ビジネス』はすごくいいらしいよ!あ、言ったらちょっとモレちゃった!ジュンとするっ!」
とか大真面目で、スーツにはしわひとつなかった。ぴーん!
「ああ、おれの服にはあるな・・しわ、いっぽん、ニホン・・・」
そうやってしわについて考えているうちに、俺は高田馬場の西武新宿線ホームにいた。それも終電近くの。電車はまだ来ず、結構混んでいる。
ホームにはご自慢の電話で電話してる電話人の若い男がいた。
おれはそのみごとな一人電話芝居を観察しながら
「あんなにブザマでスカッとしない作り笑いをするために
俺は絶対に電話料金なんか払わない、そもそも電話なんかしない!
ぜったいキレイになって見返してやる!だれを!?少なくともあいつではない!」
と思った。
そのあとすぐさま俺の脳内ボンジーにメッセージが届いたらしく、
①「どう思われたい、どう思われたい、どう思われたい?」
②「抱擁したい、ガッチリと静かに・・」
③「あなたの匂いに泣きたい、自分の長い顔なんか忘れて」
④「グランドピアノを弾きたい。楽譜読めないけどそんなの知るか!
ピアノなんか叩いたらもういい音が出るんだ!」
⑤「果て足りない。あんなにオレンジジュース飲んだのにね」
⑥「さっきの②と③はいっしょでもよかったよね」
などの最新ボンジーを開いて見せてくれた。
それをひと通り見終わると、脳内ボンジーが
「ライシュウノ・・ア、モウメンドクセッ!来週の予定は?」
と訊いてきたので
①「半裸でバラード」
②「酒になりつつある体のメンテナンス&ポンテナンス」
③「ごめんなさい、おねがい、すごかった、って必ず3つ言ってくれる人と寝る」
④「死なないためにフィンランドについて調べる、似合うサングラスを探す」
とインクの切れたボールペンで側頭部の頭蓋骨に書いて入力した。
俺も結構忙しいのだ。
完
おばけのよん匹、75鳥のジュバク、翼はありてい ひょろながそうちゃん @buriyama
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