11.深淵からの帰還

 "僕"という存在が急速に形を取り戻し、意識が浮上してくる。

 思考がはっきりしてきて初めて、周囲の状況に気が付いた。



 暗いトンネルの中を落下するように、浮上するように、滑るように進んでいく。

 トンネルの壁には現実風景の逆再生が映し出されている。



 トンネル内には再構築の終わっていない記憶の欠片が飛び交っている。

 今も僕の体に1つ、また1つと記憶が戻ってくる。



 記憶の欠片が横を通過する・・・・。ちらりと記憶を垣間見ることができた。



 あれは・・・・、ドニスガル? 白銀の侵略者を受け取っている・・・・。



 この記憶はプロトの記憶か・・・・・?

 ここには僕の記憶だけでなくプロトの記憶もあるのか。

 

 ひどく古ぼけた、にも関わらず鮮烈な光彩を放つ欠片が迫ってくる・・・・・・。

 このままだとぶつかる、しかしここではうまく身動きできない。


「うわっ!」

 僕は記憶の欠片に貫かれた。







 石畳が続く道、その先に立派な城がある。中央にそびえる尖塔がとても特徴的だ。


 あの城は・・・・・、ミルシャリス? ここはミルーシャか・・・・?



 ボロを纏った母に手を引かれ、兄と共にミルシャリスを後にする。

 母は肌が青く耳がとがっている。亜族だ。だが、兄と自分は違った。二人とも透き通るほど白い肌と真っ黒な髪を持っていた。



 父は人族だった。亜族と人族は交わっても子は生まれない。そのはずだった。

 だけど兄と私の双子は生まれた。ありえない混血として。


 忌み子として疎まれた私たちを父は庇いきれず、母と共に放逐した。



 母は幼い私たち二人を連れ、危険な荒野を越えて亜族の地へと旅をした。

 でも、私たちは亜族にも受け入れられなかった。


 母は最期まで私たちを見捨てなかった。でも、行き場のない旅で命を削った。

 ずっと、私たちに食べ物を分けてくれていた母は、ある日動かなくなった。母の体は骨と皮だけになっていた。



 人族にも亜族にも受け入れられない私たち。クリーチャーに襲われ、そして・・・・・。

 兄は私を守るために、禁忌に触れた。


 私たち双子には生まれつきの特性があった。だけど、私たちは直感的にソレが危険だと気付いていた。

 ソレを使ってしまったら、自分が無くなってしまう・・・・・・。

 だから、私たちは一度も使ったことは無かった。


 でも、兄は襲ってきたクリーチャーから私を守るため、クリーチャーを"捕食"した・・・・・・。






「おにぃちゃぁぁぁぁぁん・・・・・」

 怨嗟と憎悪、悔恨の入り混じったような奇声を上げる巨獣は、6体の龍神の力により空へと打ち上げられていく。


 誰も救いをくれなかった。だから自分の力で生き抜こうとした。

 そんな兄を、この世界は排除した。


「私たちが何をしたの・・・・・。」


 1体の龍神が上昇半ばで力尽き、落下してくる。

 墜落の勢いのまま地面を滑るように移動し、私の目前で停止した。


「ガフッ」

 龍神は吐血している。


「勇気を司る、龍神ヴァリアが、この、程度で・・・・・。」

 龍神は大いに傷ついた体を起こそうと、もがいている。


「空を飛べれば、おにいちゃんを助けられる・・・・・。」

 私は傷ついた龍神に近づいていく。 


「む、娘・・・・・、何を?」

 私は手を翳す。手から白い帯が伸び、龍神の体を覆っていく。


「ま、まさか! や、やめろぉぉ!!」






 意識がはっきりしない。龍神の抵抗により意識が揺らめいている。

 でも私は体に鞭うち、空に向け飛び立つ。


 私が"捕食"したことで龍神の負傷は回復した。飛ぶ力は十分だ。


 空に見える月に向け、どんどん加速していく。


 空が暗くなっていく。昼間だったのに星が見えてくる・・・・・、どんどんと視界が暗くなる・・・・・・・・。





 気が付くと、宇宙を漂っていた。

 何かに向かって飛んでいたはずだ、でも何だったか・・・・。



 ある星の重力に引かれ、私は墜落した。


 体が動かない。

 龍神の知識が教えてくれた。元の星から離れすぎたためエネルギーが届かなくなり、エネルギー切れになったのだ。



 私は何のために龍神を捕食したのか・・・・・。

 助けることもできず、何をしているのか・・・・・、え、何を?



 いつの間にか目の前に白銀の女性が立っていた。


「ここにお客様とは珍しい。」

 女性は私に向かって話しかけてくる。


「私はプロト。銀河連邦の行政司法システムを設計するために生まれました。あなたお名前は?」

「********。」

「お名前を無くしてしまったのですね。その不思議な能力のせいでしょうか。」

 プロトは私に同情的な表情を向けているようだ。



「私も、無くしてしまいました。行政司法システムが完成した今、私は存在意義がなくなってしまったのです。」


「今も私が稼働しているのは、開発者が興味を失ったからでしょう。止めて片づけることすらも忘れているのでしょうね・・・・・。」


「私たちは、お互いに無くしてしまったもの同士ですね。」



「あなたのその不思議な能力。それで私を食べてくださいませんか? 無くした者同士、何か補えることがあるかもしれません。」



 私はプロトを"捕食"した。




 プロトが持つ演算システム、動力システムを取り込み、急速に肉体が活性化していく。



 気が付くと、自分は少女の姿になっていた。

「名は無くした、だから名前をいただく・・・・。此方はプロト。全てを失いし者。存在意義すら無いなら、自らで定めよう。」


 上を見上げ、空に輝く星々を見る。



「この世に善など無い。あるなら此方はここに居ない。」


「うむ、悪がいい。管理者が秩序と平和を目指すなら、此方は混沌と争いをもたらそう。」



「まずは悪らしく、あちこちに混乱をばらまくとしよう。」


「悪の醍醐味はやはり征服だな。その次は宇宙を征服と行こうか。」


「究極の悪事とは破壊だろう。最後は宇宙を破壊しよう。」



「全てを破壊したら、またつくろう。そしてまた征服するのだ。うふふふふ、何回でも楽しめそうだ。」





 記憶の欠片は、体を通り過ぎて行った・・・・・。

 今のは、プロトの古い記憶か・・・・・?



 逆巻く時のトンネルが光りに満たされ、唐突に終わりを告げた。



 急激な浮遊感、ぐるぐると攪拌機の中でかき回されるように振り回される。

 あちこちに振り回され錐もみ状態になっていたはずが、しかし唐突に静止状態になる。


 気が付くと、重火力型スーツを装着しセントラルの空に浮かんでいた。





『専用FBモード、「フル・バースト」起動します。』

 背部にあるジェネレータから異常とも言うべき高音を発する。

『フル・バースト状態に移行しました。』



 目の前には、天墜の梢を構え聖杯に守られたプロトがいた。



 視界に見える各種ステータスを見る。確かに僕はセントラルの空に実在している。

 あの日、プロトとの戦いの日に戻ってきた。



 お互いに一瞬の逡巡。



 僕は左手に何かを握っていることに気が付いた。

 手を開く。


 "漆黒のロケット"と"想起の水鏡"だ。その二つが開いた状態で蓋同士が合体していた。鏡面が合わせ鏡になるように・・・・・。


「"運命の合わせ鏡"・・・・。」



「な、なぜだっ! なぜそれがそこにっ!!」

 プロトが叫ぶ。


 "運命の合わせ鏡"が変形、鏡面同士が一体化し、まるで片眼鏡のような形状に変化した。


 エグゾスーツのフェイスカバー内部に入り込み、僕の左目に装着される。


「情けないな、自分の子供に救われた。」

 僕は独白のようにつぶやき、"運命の合わせ鏡"を起動する。



「ここで・・・・・、ここで貴様らを倒し、此方の正しき未来を! 私の、存在意義を!!」

 プロトが梢の穂先に光を宿す。


「防壁!」

 打ち放たれる粒子砲を防壁でとめる。

 その隙に斜線から抜け出し、左側から斬り込む。


「チッ!」

 プロトが銀膜を展開し、僕の攻撃を防ぐ姿が見える。

 これが"運命の合わせ鏡"の能力か。


 銀膜展開位置から更に回り込み、後方からグラビトンブレードで突く。


 ブレードがプロトの胴を貫通し、腹部を分解する。



 ←←←←←←



 粒子砲の斜線から抜け出し、左側から斬り込む。

 む、戻された! "回帰のらせん"か!


 プロトが粒子砲を照射しつつ梢の穂先をこちらに向けてくる姿が見えた。


 プロトが向き直る前に下側へ機動、粒子砲の下をくぐりぬけプロトの股下から斬り上げる!



 ←←←←←←



 粒子砲の斜線から抜け出し、左側から斬り込む。

 また戻されたか。


 プロトが粒子砲を照射しつつ梢の穂先をこちらに向けながら、下側に銀膜を展開する姿が見える。


「シールド!」

 更にシールドをプロトとの間に滑り込ませ、上へ機動、すれ違い様に首を斬り落とす。



 ←←←←←←



 粒子砲の斜線から抜け出し、左側から斬り込む。

 また戻ったか、何度でもやってやる。


「プロト! "時の系統図"で見えているだろう! 未来が収斂しているのが!!」

 プロトは目に見えて焦りの表情だ。


「やらせぬ! 此方はこんなところでやらせぬぞ!!」


 プロトが闇雲に粒子砲を乱発する姿が見える。



 乱射される粒子砲の軌道が見える。

 隙間を抜けプロトに近づき、横薙ぎで胴を切り裂く。



 ←←←←←←



 粒子砲の斜線から抜け出し、左側から斬り込む。


「まだだっ!! まだ、まだ、こなたは、まだ。」

 プロトはうわ言のようにつぶやいている。


「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 プロトは梢の先端に閃光を迸らせながら振り下ろしてくる。


 二刀のグラビトンブレードと、天墜の梢が交錯する!




 左のブレードで梢を受け止め、右はプロトの胸を貫いた。



「こ、ここまでの、めぐり合わせすら、おぬしの因果力・・・・・・か」

 プロトは胸を貫かれた状態でつぶやく。


 胸を貫通した高密度重力子の刃は、対象物を容赦なく分解していく。



「そう、か・・・・・、私は・・・・、おにい・・・・・・、」


 プロトの全身は粒子となり、セントラルの空へと消えていった・・・。





 後には"天墜の梢"に"聖杯"と、そして"箱庭"が残されていた。

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