10.解けた闇の中で

 暗闇の中を漂っている。

 どのくらいここに居るだろう。果てしない時間のような、一瞬のような。


 自分は誰だ?


 なぜここに居るのだったか?


 手足は見えない。なんとなく感覚はあるような気がするのだが・・・・。



 黒いコートの人物が見えた。フードから除く顔には無精ひげが生えている。



 リック



 名前が浮かんできた。あの黒いコートの人物か?


 機械式の鎧を着た人物が、長い剣で斬りかかてくる。



 ラファ



 また名前が浮かぶ。長い剣を持つ人物か?



 リックはラファを引きずりながら離れていく。


 通路を逃げるように遠ざかる二人。

 手に持った槍を振るい、壁を破壊して進んでいく。


 横からの衝撃で吹き飛ばされる。

 景色が揺らめき、黒いコートの人物が一瞬姿を現す。


 黒いコートの人物は、再び景色に溶け込む。




 手に持つ槍を構える。穂先に光が灯る。

 光から閃光が何本も発する。


 周囲にまき散らされた閃光は、天井や床、壁に無数の穴を穿つ。



 乱射される閃光の合間を縫い、黒いコートの人物が姿を現す。

 左腕を失いながらも果敢に飛びかかってくる。


 銀色の膜で弾き返す。


 倒れた黒いコートの人物に槍を突き立てる。

 その状態で穂先に光を宿し、黒いコートの人物を内側から焼き尽くしていく。





 飛び去っていく大きなクジラ。

 手に持った槍を構える。穂先から閃光が伸び、クジラに命中する。


 しかしクジラは傷を負わない。


 クジラはそのまま、空へと消えていった。





「悪らしく、蹂躙といくかのぅ。」


 高い塔から飛び降り、街中へと降り立つ。

 銀色の怪物たちと戦う兵隊たちがいた。


 槍から閃光を放ち、怪物も兵隊も諸共に焼き払う。

 穂先からの閃光で地面が赤熱し、光を浴びた者は全て融解した。



 生き残った兵隊がこちらに向けて攻撃してくる。

 銀膜で攻撃を防ぐ。


「数が多い。こちらも手を増やすか。」


 無防備に兵隊たちに近づき、その1人を銀膜で拘束する。


 兵隊の頭を掴む。手から黒い粘液が染み出し兵隊の頭から下へと滴っていく。


「うがぁぁがぁぁぁぁぁっ」

 兵隊が狂ったように悲鳴を上げる。


 全身は黒い粘液に覆われた。

 手を離すと、兵隊は崩れるように地面に倒れる。粘液が飛び散り、べちゃりと嫌な音がする。


 と、思ったのもつかの間、兵隊はすぐに立ち上がった。


「プロト様のために!!」

 兵隊は高らかに宣言し、味方だったはずの他の兵隊たちに攻撃を始める。


「うふふふふふふ」






 空に舞い、地上を見下ろす。

 地を這う蟻のように人々が逃げ惑う。それらをヴァリアントと戦闘ロボットの集団が追う。


 ブルーシルバーのスーツを纏った戦士たちが、逃げる人々を庇うように逆襲に転じてくる。

 ヴァリアントと戦闘ロボットが次々と倒される。



 気が付くと周囲にもブルーシルバーの戦士が滞空していた。



「貴様がプロトだな!!」

 槍を取り出し、敵の言葉など気にせずに振るう。

 ブルーシルバーの戦士たちが落ちていく。


 1人、生き残った戦士が居る。再び槍を振るうも回避される。


「面白い。」

 数合、戦士と渡り会う。



 戦士は重傷を負いながらも撤退していく。


 地上を見れば、既に人々は逃げた後のようだ。


「時間稼ぎであったか。やれやれすっかり乗せられてしまったのぅ。」







 白い塊が貪るように周囲のあらゆるものを取り込み、ぶくぶくに肥え太っている情景を目にしているところへ、眷属の1人が焦った様子でやってきた。


「ロスタコンカス軍が攻勢は激しさを増しています。このままでは・・・・・。」

 どうやら劣勢を強いられているようだ。


 目の前で星を食い物にしている白い塊を見る。


「ここまで蓄えれば、そろそろかのぅ。」

 肥えた白い塊に手を当てる。塊はわずかに光り、新たな腕が大量に発生させる。。


 白い腕は瞬く間に銀色の人間を組み上げた。

 銀色の人間は、金属製の椅子に固定されるように座っている。


「こ、これは・・・・・?」 

 戸惑う眷属の頭を掴み、金属製の椅子に取り付けられていたヘッドギアをかぶせる。


「な、何を!!」


 スイッチオン。


「うがごぉぉあっぉぉぉぉぉ!!」

 耳障りな奇声をあげ、眷属は倒れた。



 銀色の人間が金色に光を放ち、椅子から立ち上がる。


「こ、この体は・・・・・、力が、みなぎる・・・・・!」


「ロスタ・・・・・、なんだったかのぅ。そこへ行き、存分に力を振るってくるがよい。」

「プロト様のために!!」






 既に全宇宙の約半分は手中に収めた。

 宇宙の征服が終わったら、どうしたものか・・・・・。


「悪らしく、宇宙を滅ぼすとしようかのぅ。」

 なれば、今から準備を始めよう。


 白い塊を握りしめ、今や無人となったセントラルの地に投げ落とす。



 真空崩壊するほどの高エネルギー状態を作る。

 そのために、巨大なエネルギー発生装置を作るのだ。


「宇宙の崩壊、見ものじゃのぅ。」






「抵抗軍はゲリラ戦法で各地の帝国軍を攻撃しており、被害が徐々に大きくなっています。」


「拠点を見つけても、既に退去されている場合がほとんど。内通者が居る可能性が・・・・。」


 宇宙の8割は征服できたというのに、ここに来て停滞しておるのぅ。



 白い塊を手に取り、眷属に渡す。

 眷属は恭しく受取り、下がっていく。


「仕方がない、宇宙の崩壊はしばしお預けか。」






「強制収容所が襲われ囚人が脱走しました。それで、その・・・・・。」


「どうした、はっきりと言わぬか。」


「はい、眷属の1人が、討たれたと・・・・・。」


 オールドマンを打倒しうる者が出現したというのか・・・・・・?


「・・・・・・、新たな眷属は補充してやろう。とりあえず下がれ。」


「はっ」


 眷属は退室する。



 眷属が去るのを待ち、腹の中に忍ばせている"大喰らいの箱庭"に手を入れ、小枝にしか見えない物体を取り出す。

 "時の系統図"、これを動かすのは何年振りか。


 小枝に意識を合わせる。

 小枝から光の粒子があふれ、周囲の空間を埋め尽くす。


 1本の筋道が現れる。



 時の流れの筋、そこには消えかかった分岐がある。



 分岐に小枝を当てる。些末な分岐だ。特筆すべき点は無い。


 あちこちの分岐に小枝を当てていく。

 どれも些末な、どうでもいいような分岐ばかり。


「はて、どうしたことか。此方が絡む分岐が無い。」

 以前流れを見たときは、自身が大きく流れを変えている場所がいくつもあった。


 これはどうしたことか。


「もしや・・・・・・。」

 特異点と特異点。

 自身の内に対になる特異点を取り込んだ結果、因果力の対消滅ともいえる状況になっているのであるまいか・・・・・。


「宇宙の征服にも、既に十数年。ここに来ての停滞は、因果力の消失が・・・・・。」


 逡巡しつつ、一つの分岐に小枝を当てる。



 それは眷属の最後。

 その者は眷属など歯牙にもかけず、瞬く間に討伐していた。


 そしてその存在が大きな分岐を生んでいる。


「よもや、特異点だというのか!?」

 新たな特異点。



「これは、吉か凶か・・・・・。」







 抵抗軍は無謀な賭けに出たようだ。

 数倍にもなる戦力の前に正面戦闘など、愚と言わざるを得ぬな。


 だが、面白い気配もある。特異点が近づいている。



 眷属どもには、突破できた船は攻撃するなと伝えてある。


「どうした特異点。乗り越えてきて見せよ。」



 そして、見覚えのあるクジラが近づいてきた。中から確かな気配を感じる。


「ついに来たか、新たな特異点。」

 重力波を揺るがすように声を出す。これで特異点にも聞こえたはずだ。



 クジラの上、4人の人物が立っている。


「ふむ。余計なゴミが3つほど着いて来ているな。」

 懐から腹の"箱庭"に手を入れ、ストックしてあるオールドマンの素体を3体取り出す。


 余分なゴミにオールドマンをけしかける。

「なっ!」

 瞬く間に連れ去られ、遠くに消えていく。



「さて、特異点の力、見せてもらおうかのぅ。」

 再び特異点を捕食すれば、因果力も戻るであろぅ。



 特異点が異様な雰囲気を出し始める。

 こちらも槍と杯を取り出し、起動する。


 特異点が接近し、長尺の剣を振りぬいて来る。銀膜で防ぐ。


 既に銀膜の向こうに姿が無い。背後か!



 槍の石突から閃光を発し、背後の敵を払う。これも避けるか。



 穂先に光を灯し、横薙ぎに払う。

 面状に広がる閃光、だが、特異点は剣から薄紅色の光を迸らせながら、槍からの光を打ち払う。


 剣と槍が交錯する。柄で受け止めた剣は、雷撃のような衝撃を周囲にまき散らす。



 再度穂先と石突から閃光を放つ。が、直前まで目の前に居たはずの姿が消えている。


 悪寒が走り、全身を銀膜で守る。直後、背後の銀膜から激しい衝突音が響く。



「ぬぅ、オールドマンを装備化しておるのか。此方の肉体ではオールドマンの相手は少々手が焼けるのぅ。」

 "回帰のらせん"を起動する。


 槍を振るい、背後に居るはずの特異点を薙ぎ払う。しかし、やはりそこには既に居ない。



 影が差す。


「上か!」

 槍を上へ、穂先から閃光を撃ち放つ。


 次の瞬間には、正面から胸を貫かれていた。


 戻す!



 ←←←←←←



「上か!」

 槍を上へ。


 そのまま振り下ろし、正面に向けて閃光を撃ち・・・・・、


 背後から胸を貫かれていた。


「な、なんじゃと・・・・・?」


 戻す!



 ←←←←←←




「上か!」

 槍を上へ。


 そのまま振り下ろし、穂先と石突から閃光を・・・・・・


 右側から胴体を両断されていた。


「ば、ばかな・・・・・。」


 戻す!



 ←←←←←←



「上か!」

 槍を上へ。


 両横に銀膜を展開しつつ槍を振り下ろし、穂先と石突から閃光を・・・・・・


 上から一刀両断されていた。


「ごがぼぁ、」


 戻す!

 戻す!

 戻す!

 戻す!

 戻す!

 戻す!

 戻す!



 な、なんだ・・・・、何度戻しても対応しきれん!


 "箱庭"から小枝が零れ落ちる。

 なに!? 取り出してもいないものが勝手に出てくるわけが・・・・・・。



 小枝こと、"時の系統図"が起動し、時の流れが現れる。


「分岐が・・・・・・。」


 今まさにこの瞬間、"回帰のらせん"による行き戻りが分岐を生み、分岐がさらに分岐を生み出していく。

 ネズミ算式に増える分岐は視界を埋め尽くすほどに増え続ける。


 だが、ほどなくしてそれは1つの結末に向けて急速に収斂していく。


「此方の敗北へ収斂していくだと!?」



 特異点、スーツで隠された素顔、その先に青い瞳が見えた。



 "運命の合わせ鏡"



 名前が浮かぶ。

 過去と未来を見通し、行き戻る時を捉える。


 あやつには、"回帰のらせん"の行き戻りが見えておるのか!?



 こ、このままでは・・・・・!




 そうだ、元はといえばあの時、あの者を補食したことが原因ではないか!

 それゆえに因果力が消えたのだ。


 "回帰のらせん"を視線が捉える。

 そうだ、取り返せる。戻ることができるのだ。



 無我夢中で"回帰のらせん"を起動する。全てを戻すために。




 凄まじい勢いで時が逆巻いていく。



 セントラルに張り巡らせた粒子加速器は分解され、大地や建物として組み上がっていく。


 生み出した多数のオールドマンが崩れ消えていく。


 各地の星系に投げ落としたヴァリアントたちは、潮が引くように消えていく。


 眷属化した人間たちから黒い粘液が剥がれ、手に戻ってくる。




 逆巻く時の渦の中、混ざり合っていた記憶と人格が解け分離していく。

 記憶と人格が再構築し始め、"僕"が急速に形を取り戻していった。

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