ちゃんと責任をとるんだ

自宅に戻り、書斎のパソコンを立ち上げる。

猫の警察官から渡された資料の中に例の乙女ゲームのIDとパスワードがあったので、早速ログインした。


物語は典型的な剣と魔法のファンタジー世界で、主人公は孤児院の娘。

自分そっくりのお姫様とバッタリ出会う事から物語がスタートして、やがて彼女の影武者になり、隣国の王子と恋に落ちる。


王国同士の政治的な駆け引きや、裏で暗躍する魔族なども登場する。

どうやら主人公は正当な王位継承者で、魔族に対抗できる「秘めた力」まで持っていた。


問題の悪役令嬢は同じ国の公爵家の娘で、主人公と恋に落ちる隣国の王子の婚約者だ。


主人公の実の兄や、婚約者の隣国の王子、聖騎士団長や王宮魔術師などのイケメンたちと逆ハーを築いているが、それが全部主人公にかっさらわれるストーリーで……


「――物語とは言え世知辛い」


もっとも、主人公に対する嫌がらせや、小癪な政治的駆け引きの介入など、同情の余地はなさそうだが。


「人間臭くて、良いではないか」

私の好きなタイプではあった。


攻略サイトも多数存在したため、それらをチュートリアルと共に熟読し、フラグのポイントなどを完全に記憶した辺りで、眠気が襲ってくる。


「気付いてないだけで、やはり疲れがたまっていたのだろうか?」



テーブルサイドに置いた、紅茶味の砂糖に手を伸ばしたあたりで……

――私の意識は、なにかに深く引きずり込まれて行った。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



「悪魔よ! 契約に伴い、我に誓い、その悪しき力を解き放て!」


私の頭上で騒いでいるのは、金髪ドリルヘアーの、ちょっと気が強そうな美少女? だった。


「疲れてるんだ…… 静かにしてくれ」

少女は私の言葉におどろいたようで、大きな青い瞳を、さらに大きく見開く。


「さ、さすがね。契約者をいきなり罵倒するなんて」


周りを確認するとここはレンガ造りの地下室のようで、ロウソクの炎が薄暗く揺れて……

――あちこちに中世ヨーロッパで使われたであろう、クラッシックな拷問器具のようなものまである。


私が立ち上がると、少女がゆっくりと近付いてきた。


「うむ、そう言った趣味はないが。キミは女王様か?」

「ち、違うわ! 公爵家の長女よ」

「SMの女王と言うのは聞いたことがあるが……

――SMの公爵令嬢と言うのもあるんだな」

「誰がSMなのよ!」


それっぽいプレイルームのような場所で目覚めたせいか、勘違いしてしまった。


「確かに君は鞭を持っていないし、服装もボンテージスタイルではなくフリフリの高価なドレスだ。少ない知識と無い経験で決めつけてしまって悪かった。

――失礼を詫びよう」


私が胸を張ると。


「あやまってる感じが全然しないんだけど…… まあいいわ。

その高慢な態度、人間離れした美貌。

今まで呼んだ悪魔とは雰囲気が全然違うもの。

あなた、かなり高位の悪魔ね。ひょっとして『ルシファー』や『ベルゼブル』クラスの大悪魔なの?」


彼女も同じように胸を張った。

――どうやら、かなり勝気な性格のようだ。


そこでやっと私は気付いた。

ここは、例のゲームの中だ。寝落ちして、変な夢を見ているのだろう。


確か物語も終盤に進んだ頃、こんなシーンが。

まだそこまでゲームを進めていないが、攻略サイトに画像と説明書きがあった。


『主人公が天使を召喚できるようになると、悪役令嬢が悪魔を召喚する。

ルシファーを召喚されたら、かなり強力なので注意が必要よ』


もう一度少女と、部屋の中を確認する。


「なにかが違うようだ」

「な、なによ」


「最強の悪魔を召喚するために必要な生贄として、以前お前のことを好きだったが、主人公に寝返った聖騎士をダマして使用するはずだが……」


私の前に転がっていたのは、クマのぬいぐるみだった。


腹にナイフが刺さっていて、血のりが付いていたが……

――ケチャップの甘い匂いが漂っている。


「そんな事、できる訳ないじゃない! べ、べあちゃんを刺すのだって断腸の思いだったんだから」

「べあちゃん?」

「あ、あたしの最後の友達よ」


彼女はそう呟いて、クマのぬいぐるみを抱えた。


「それにだ」

「なによ、まだ文句があるの!」

「まあ、ただの好奇心でもあるが…… その、なんだ。かなり、太ったんじゃないか?」


私の言葉が決定打になったようで、彼女はぬいぐるみを強く抱きしめ……


――大声で泣き出してしまった。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



生前父が私を抱き上げて、こう言った。


「いいかい、シンイチ。お前は男の子だから女の子を泣かしちゃいけない。

女の子は、守るものなんだ」


たぶん子供の頃から、他人の心が理解できなかった私に対する、父なりの助言だったんだろう。


「もし泣かしちゃったら?」

「ちゃんと責任をとるんだ」

「責任?」

「そうだ、もう一度その女の子が心から笑顔になれるように、シンイチが頑張るんだ」


心理学を学び、博士号も取得した。

多くの文学作品や、漫画やゲームに至るまで、幅広く探求もした。

そして相手の話をよく聞き、行動を分析し、傷つけないように細心の注意を払っていたが……


こんなミスを犯してしまったのは何年ぶりだろう?




「あー、お嬢さん」

「なによ」

「悪魔召喚をしていたようだが、なにか願いがあるのか」


まだ涙声だが、私が質問すると歯を食い縛って。


「あたし、気が付いたら悪役令嬢で…… ゲームの中に転生しちゃったのよ。

あなたに言っても分かんないかもしれないけど、前世では普通の庶民で、日本という国で幸せに暮らしてたの。

記憶が戻ってから、必死になって状況を変えようとしたけど……

そんな物語みたいに上手く行かなかったわ!

このままじゃ、この世界であたしを育ててくれた両親が死んじゃう。

婚約破棄イベントも、主人公からの『ざまあ』も、その後の没落も、全部回避したいの!」


うーん…… いろいろな情報が入り混じって、こんな夢を見ているのか。

しかし、これが夢だという確証もない。


――まるで胡蝶の夢だな。


だが、どんな状況でも責任は取らなくてはいけないだろう。

父との約束でもある。


それに、どんなことをしてでも生きようとする彼女の姿勢は美しい。

私の好みでもある。


「その願い、全て引き受けよう。

但し私は、悪魔などという生易しいものではない。

これから、かなりのものを要求するが、いいか?」


私の言葉に、彼女は強い眼差しで睨み返した。


「覚悟はできてる。あたし自信が払えるものならば、なんでも」

「そうか、なら契約は成立だ」


彼女の顔が、笑顔に変わる。


だがこれは、父が言った心からの笑顔とは別物だろう。

この夢を見続ける限り、あるいは彼女が心からの笑顔を出すまで。

やはり責任を持とうと、私は誓った。


まあ、このゲームの内容は全て記憶済みだ。今からでも、取り返しはつく。

やらなくてはいけないことや、必要な物を脳内でピックアップしていて。


泣き止んだ彼女を再度確認して、重大なことに気付いた。

「……その前に、ダイエットしようか」


現状の彼女では、若い男の篭絡は困難かもしれない。

それが不可能だと、作戦も成立しなくなる。



――個人的にそのポッチャリ感は、嫌いではないのだが。

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