鳥娘は舞い降りた。

RomeoAlpha

第1話

 それは、唐突に訪れた。

 陽も沈み、空が漆黒へと姿を変えようとしている最中、冬の室内練習を終えてようやく自宅にたどり着いたアユムは、練習で使った道具を玄関に残すと、汚れたユニフォームを脱いで、身体に付いた汗を落とすべく、風呂場へと向かおうとしていた。

 そのときだった。

 かなり重い何かを、壁に叩きつけたような音がした。

 ベランダからだ。

 いきなり響いた大きな物音に怯えながらも、心の奥底に眠っているひとかけらの勇気を何とか振り絞ったアユムは、玄関へと駆け戻り、中学の頃から愛用している金属バットをケースから取り出して、護身用として手に取ると、ベランダへとつながる窓へと近づき、警戒しながらゆっくり窓を開けた。

 そこにいたのは、何とも不思議な生き物だった。

 鳥と女性が融合した。と言えば正しいのだろうか。胴体と頭部は女性のそれで、腕は翼となっている。脚の形状自体は人に近いのだが、ひざから下の外見は鳥の脚そのもので、つま先には鋭い爪がついている。

 ひとつ残念なことがあるとすれば、それは、その生き物が酷く汚れていて、おおよその外見がかろうじて判別できる程度であることだろう。

 いや、むしろ幸いだったかもしれない。

 高校二年生というお年頃なアユムにとって、彼女の姿は刺激的に過ぎる可能性があるからだ。

 何しろ、彼女は何も身にまとっていない、生まれたままの姿をしている。

 すなわち、全裸だ。

 外は雪が降り積もっている極寒の世界だというのにだ。

「ぎゅぴー!!」

 明らかに警戒しているとわかる声色で叫ぶその生き物を前に、アユムは自分が何をすべきかの判断に苦しんでいた。

 その生き物が、例の翼を使ってここに飛んできたのであろうことは、なんとなく理解できる。何しろここは、マンションの五階。最上階は十二階だし、登るにも降りるにも苦労をする場所だからだ。

 でも、なぜ?

 彼女がここにきた理由は不明だが、ここから立ち去れない理由は、アユムには直感的に理解ができた。

 飛べないのだ。

 見ると、人で言う左腕。彼女の場合、左翼とでも言えばいいのだろうか。そこが、あきらかに不自然とわかる位置で折れて曲がっている。

 どうやら、骨折しているらしい。

 腕を動かせば激痛が襲って飛べないし、ただでさえ不安になっているところに、今度は、アユムという武器と思わしき形状のモノを持ったヒトが近づいてきたのだ。恐怖に怯えて泣き叫ぶのも無理はない。

 アユムは、手にしたバットをあわてて室内のソファーの上に寝かせると、両手のひらを相手に見せて、敵意はないことを示しつつ、少しでも優しく聞こえるようにと声色に気をつかいながら、その生き物に声をかけた。

「待って。まずは落ち着いて」

 しかし、ヒトの言葉を理解できないらしいその生き物は、アユムの言葉で落ち着くどころか、ただひたすらに暴れて、狭いベランダの中をのた打ちまわる。

 アユムは頭を抱えた。

 どうすればいいんだよ。

 どうすれば……。


 大学で生物学を教えている父と、地域密着型が売りな動物病院の院長をやっている母は、共に研究という名目で、かれこれ二か月近くも自宅を留守にしている。期間は半年らしいので、あと四か月は帰ってこない。

 一番目の兄は、父に似たのか、高校の教員採用試験に合格して、今は遠く離れた場所で一人暮らしを始めているし、二番目の姉は姉で、ここからだと空港から飛行機に乗らないとたどり着けないような場所にある大学に通っているから、電話でアドバイスを求めることは可能だろうが、とりあえず、たった今の役には立たない。

 あとは、母が経営している動物病院で、母の代わりの臨時獣医として働いている叔父が頼れるかもしれないが、あの人はかなり変わっている人だから、選択肢としては最後の手段としたい。

 悩んでいるアユムの目の前では、暴れに暴れて体力を使い果たしたのか、出会った時と比べてかなり大人しくなった鳥娘が、ひざを翼で抱えるようにして座り込んでいる。

 これなら、何とかなるんじゃないだろうか。

 アユムは、一度室内に戻り、秘密兵器を手に取ると、再びベランダでうずくまる鳥娘の元へと近づいた。

「大丈夫かい?」

 可能な限り優しい声を心掛けながら、小さな声で聞いてみたアユムに対し、鳥娘はあくまでも警戒の色を消そうとはしない。こちらを睨みつけながら、うなるような声をあげている。

 アユムは、左手の中に隠していたものを取り出した。

 一口サイズのチョコレートだ。

 鳥とはいえ、見た感じは普通の女の子のようだし、甘いものには目が無いんじゃないかと考えた。その結果、このチョコで餌付けをして、ある程度の信頼関係を得てから、彼女の治療その他について行動すればいいじゃないか。との判断だ。

 しかし、初めて見るその黒い物体が何かもわからない彼女にとって、そんなものを突き出されたところで、心を開くはずもない。

 そんなことは、アユムも理解している。

 だから、アユムは、もうひとつのチョコレートを手に取ると、自分の口に含んで見せた。そして、もぐもぐと口を動かして食べる様子を見せてから、彼女にもうひとつのチョコレートを見せる。

 アユムの行動の結果、それが食べ物だと理解した鳥娘であったが、素直に手を出したりはしなかった。

 そもそも、手に当たるものがない。

 正確に言えば、翼に鉤爪のようなものが三本ほどあって、これで物をつかむことは可能なようだが、親指にあたるものがないため、それほど器用に物を持つことはできないようだ。

 アユムは、チョコを彼女の口元に近づける。

 ぱくりとアユムの指ごとくわえたのは、その直後だった。

 思いっきり噛みついてはいないから、痛くはなかったのだが、いきなりのその行動に、かなり驚いたのは否めない。

 思わず手を引っ込めたアユムだったが、彼女の口の中にはしっかりとチョコが残されていた。

 鳥娘の表情が変わったのは、その直後だった。

 生まれて初めて体験する味なのか、目を白黒させながら、じっくりと味わうかのように口の中で転がしているのが、横からながめているアユムにもよくわかる。

 しかし、何しろ一口サイズのチョコレートなので、舐めているうちにみるみる小さくなっていき、終いにはあっさりと無くなってしまう。

 アユムは、彼女が残念そうな表情をするのを見逃さなかった。

 とりあえず、自分が敵対するどころか、これまでに食べたことがないような美味しいものをくれるヒトという認識を持たせることに成功したアユムは、ゆっくりと彼女に手を伸ばすと、うずくまった姿勢のままの彼女をひょいと持ち上げた。

 驚くほど軽い。

 空を飛ぶために、極端なまでに軽量化する必要があるのだろう。

 急に抱きかかえられたことに驚く鳥娘だったが、先ほどのような暴れっぷりは見せずに、大人しく丸くなったままだ。

 もちろん、不安そうな目でアユムの事を見上げている。だからこそ、アユムとしては、次の行動を間違えてはいけない。


 アユムは、彼女を風呂場へと連れて行った。

 病院に連れて行くにしても、この汚れた姿のままではマズいと思ったからだ。何しろ、彼女を抱きかかえたアユムの着ているユニフォームは、部活の練習でよく泥まみれになるものの、それに近いか、それを上回る汚れが付着している。彼女から発せられる臭いから察するに、この汚れは、泥だけが原因ではなさそうだ。

 狭い室内へと誘導され、さらに不安を募らせる鳥娘に対し、大人しくしていたご褒美として、再びチョコを一口食べさせてから。アユムは、シャワーを使って彼女の身体を洗い始めた。

 もちろん、お湯を使っている。

 どうやら、この鳥娘は、このような形での入浴など、ほとんどしてこなかったのだろう。水浴びだってしていたかどうか疑わしい。

 不安にさせないよう、脚から汚れを流していくアユムだったが、全身をキレイにするには、当然、頭も洗わなければならない。最初は顔が濡れることを嫌がっていた鳥娘だったが、あたたかいお湯という体験がよほど気に入ったのか、今ではアユムが浴びせるお湯を黙って受け入れ、彼の行為に従っている。

 まあ、極寒の冬場で冷えた身体に温かいお湯だから、嫌う者の方が少ないだろう。

 鳥娘の全身を覆っていた汚れをあらかた落としたアユムは、彼女の目の前に顔を突き出すと、両目を閉じて目をふさぐ動作をした。

「目を閉じて。……わかるかな? 目を閉じて欲しいんだ」

 アユムの声に、最初は疑問符を頭の上に浮かべているような表情を見せていた鳥娘だったが、彼の動作をようやく理解したのか、きゅっと目を閉じて身構える。

 アユムは、適量のシャンプーを手に取ると、彼女の髪を洗い始めた。

 わしわしと頭を撫でられる感覚と、ふんわりと漂うシャンプーの香りに、一度目を開けようとした鳥娘であったが、それでシャンプーが目に入ってしまったのか、軽い悲鳴をあげたあとは、アユムに言われたとおり、きゅっと目を閉じたまま固まっている。

 アユムは、彼女の肩よりも少し長い髪を丁寧に洗うと、再びシャワーを使って、彼女の頭にこびりついた汚れと、汚れを落とすために格闘してくれた泡とを一気に流し落とす。

 汚れと泡とが落ちた後には、もとの姿からは想像できないほど美しいツヤをもった茶色い髪があらわれた。さらに言えば、汚れのせいでしっかり見えなかった彼女の素顔も、いまでははっきり見える。

 美形といって差し支えない顔立ちだ。キレイというよりは、カワイイ寄りではあるが、世の中の男性にアンケートを取れば、十人中七人ないし八人は好印象を抱くだろう。

 思わぬ彼女の姿に、少し気後れしたアユムではあったが、これからさらに気後れするような作業が待っている。

 頭を洗ったのだ。

 ならば、身体も洗うべきだろう。

 正直、翼についてはどうすればいいのかがわからず、とりあえず、ボディーソープを使うことにした。身体を洗うのに使うスポンジに、たっぷり水とボディーソープを含ませて、よく泡立てる。

 もちろん、怪我をしているらしい左の翼については、細心の注意をはらって作業する。ヒトならば腕に等しい彼女の翼は、どちらも驚くほど細く、そして軽い。翼の色は、彼女の髪の色に近い茶色に白が混ざって、とても見事な色合いとなっている。

 翼の次は脚だ。

 太腿の部分は思ったよりも筋肉質だが、脚の先に行くにしたがって細くなっていく。ヒトで言うひざのあたりから、脚の外見は鳥のそれに等しくなるのだが、鋭い鉤爪を見ていると、これで獲物を捕らえるのかという妄想がわいてくる。こんな爪が身体に喰いこんだら、痛いではとても済みそうにない。

 一心不乱に鳥娘の身体を洗っているアユムだが、洗ってもらっている彼女の方はといえば、アユムが自分の身体を洗っている姿が珍しいのだろう。じっとアユムのことを見つめたまま、実に大人しくしている。もしかすると、身体を洗われるという行為が、思いの他、気に入っているのかもしれない。

 さて。

 翼や脚については問題なく洗えたが、胴体ともなると話が違う。

 何しろ、彼女の胴体については、ヒトのそれとほとんど変わらないからだ。太腿もそうだが、ヒトと同じ頭部と胴体は、驚くほど白くてなめらかな肌をしている。

 そんな鳥娘の身体を洗っていると、スポンジ越しとはいえ、やわらかい女性の肌の感触が、アユムの手にも伝わってくる。

 女性特有のふくらみを持つ胸は、発達途中の少女や、豊満さを売りにする成熟した女性のそれではなく、手に取ればしっくりとなじみそうな、小さ目の茶碗くらいの可愛らしいサイズであるし、腰のくびれは、体重が軽いせいもあるのか、見事なまでのカーブを描いている。腹回りも無駄な肉はなく、うっすらと腹筋らしきものが見えるので、むしろたくましい感じすらある。

 そんな、女性ならではのボディーラインを、スポンジを通して感じてしまってたアユムは、自分の下腹部に血流が集中するのを自覚していた。

 健康な年頃の男の子なのだから、それも仕方がないのだが。

 目の前にいる鳥娘の姿に、女性的な魅力を嫌と言うほど感じつつ、それを抑えようと必死に煩悩と戦いながら、アユムはようやく鳥娘の身体を洗い終えた。

 ベランダにいたときのあの汚れた姿から、今の彼女を想像することは不可能だ。

 美しいという表現がこれほど相応しい生き物も、他にはいないだろう。

 一度風呂場から出て、バスタオルを取ってきたアユムは、それで彼女の身体を拭いていく。

 再び感じる、彼女の身体。

 下腹部で元気な姿となっている自分のモノを呪いつつ、アユムは次のステップに進むべく準備を始めた。


 入浴を終え、再び一口チョコを与えられた鳥娘は、ベランダにいたときとは違う声色で鳴きはじめた。どうやら機嫌はよくなってきたようだが、それでも、左の翼からくる激痛については、やはり神経質にならざるを得ないようだ。

 アユムは、自分の部屋から手ごろなサイズのタンクトップと短パンを取ってくると、彼女に服を着せはじめた。

 何しろ、目の毒だ。

 年頃の男の子であるアユムにとっては、刺激的なことこの上ない。

 Tシャツではなく、タンクトップを選んだのは、彼女の翼の状態を考慮してのことだった。袖があっては、翼を通すのも不便だし、彼女に余計な負担をかけてしまうことになりかねない。

 頭からすっぽりと被せ、右の翼を通したまではよかった。だが、やはり、左の翼については、彼女に余計は負担をかけてしまうことになった。

 鳥娘の顔が、苦痛でゆがむ。

 短パンは、足の鉤爪にさえ注意をしていれば、問題なくはかせることができた。ただ、彼女の脚を持ち上げたときに、彼女の下腹部にある女性特有の場所がちらりと目に入ってしまい、アユムの下腹部に集中していた血流がさらにすごいことになったりしたが、なんとか耐えることができた。

 まあ、真冬に着る服装ではないが、しっかり暖房の効いた室内にいるのだから、とりあえずはこれで大丈夫だろう。

 最初は何をされるのかと怯えていた鳥娘だったが、生まれて初めて着る服は、そこそこ気に入ったようだ。脱ぎたがる様子も見せず、自分を覆う服を角度を変えて眺めている。

 そんな彼女の様子に一安心したアユムは、バッグの中に放り込んでいたスマホを手に取ると、ある人物へと電話をかけた。

 本当は頼りたくはないのだが、状況的に、どうしても頼らざるを得ない。

 今は夜。普通の病院はすでに閉まっているから、彼女を救急病院に連れて行かねばならないのだが、そもそも、ヒトではないこの鳥娘を、病院がすんなり受け入れてくれるかが心配だ。

 それに、ヒトと同じ頭や胴体を怪我しているならともかく、鳥と同じような構造をした翼を怪我しているので、そうなると、ヒト用の病院よりは、動物病院の方が適しているのかもしれない。

 となれば、頼れるのは、自分の母親が経営している動物病院で、母親の代理で獣医として働いている叔父しかいない。

 アユムが電話越しに状況を簡単に説明すると、夜だというのに、叔父はものすごい勢いで駆けつけてくれた。

 チャイムが鳴ったので、玄関を開けると、そこに叔父が立っていたのだ。

 ぱっと見は、長い髪を無造作に後ろで束ねた、長身で丸縁眼鏡をかけたイケメンといった外見なのだが。この人には、ひとつ残念なところがある。

「ハーイ! アユムちゃん、元気してた?」

 完全にオネエな口調で放たれた挨拶が、それだ。

 黒いスラックスに黒いYシャツ、黒ネクタイ。その上に白衣を羽織るという、冗談のようなコーディネートで身を固めた叔父は、アユムの家のベランダに迷い込んだ鳥娘を見るなり、声をあげた。

「あら、ハーピィじゃない。こんな人里まで降りてくるなんて、珍しいわね」

「ハーピィ?」

 思わずつぶやいたアユムの声に、叔父は即座に反応して続ける。

「そう。この娘たちの種族の名前よ。本来は、もっと山奥で群れでの生活をしていて、ヒトとの関わりなんて、ごくごく小さなものなんだけど。冬場は活動も落ち着くって聞いているし、一体、どうしちゃったのかしらね?」

 そう言いながら、ハーピィの娘へと近づいた叔父は、鳥娘に向かって言葉を発した。

「くきゅ。きゅるるぅ!」

 驚いたのは、鳥娘とアユムだ。

「お、叔父さん、この子の言葉、しゃべれるの?」

「くきゅるっ?!」

 同時に声をあげた二人に対し、叔父は笑って答える。

「別に、自由自在に会話ができるわけじゃないわよ。彼女たちの言葉って、鳴き方以外にも、イントネーションや表情が重要な意味を持つから、これといった定型文がないのよ。だから、私も、挨拶と診療、治療に必要な、最低限の基礎基本しか知らないのよ。残念だわ」

 アユムに向かってそう言うと、後はハーピィの娘と向き合っての会話となった。そして、先ほどの説明どおり、鳥娘と叔父との間では、きちんと意思の疎通ができているらしく、アユムと出会ったときとは大違いで、大人しく左翼を差し出して、叔父の診察を受けている。

「あら、まあ。これは痛いわね。完全に折れちゃってるわ」

 そうつぶやいた叔父は、鳥娘に対していくつか言葉をかけると、アユムにも着替えてついてくるように促した。

「まあ、見た目でわかるように、ポッキリいっちゃってるわけだけど、治療方法を確定するためにも、X線での患部撮影を行うわ。何しろ、翼っていうデリケートな部分だし、ボルトを埋めたりしないで、ギプスによる患部固定での自然癒着を待ちたいところだけど。まあ、それもこれも、ちゃんと診断をしてからね。今から病院に行くから、あなたもついてきなさい」

「あ、うん」

 あわてて着替えようとするアユムに、叔父は再び声をかける。

「ところで、この子を治療して、どうするの?」

「え?!」

 思わぬ叔父の問いかけに、アユムは困惑しつつも応じる。

「だって、彼女、怪我してて飛べないんだよ。ちゃんと治してあげないと、ウチに帰れないじゃん」

 そう言われた方の叔父は、思いもつかなかったかのような表情を浮かべた。

「あら、素直でいいわね」

 ところが、そう言い終えた後に、意地悪そうな笑顔を浮かべながら続ける。

「ここで優しくしておいて、彼女に好かれようという魂胆なのかと思っちゃったわ。何しろ彼女、ヒトと同じく、エッチなコトをしようと思えば、できちゃうんだから」

 叔父からそう言われたアユムは、心底心外だという表情を浮かべた。

 だが、まあ、彼女に性的な魅力を感じないといえば、それは嘘になる。だが、だからといって、このハーピィの娘とそういう行為をしたくて助けようとしたのかと言われれば、それは胸を張って違うと答えられる。

 そんなアユムを見て、今度は茶化すような笑顔となった叔父は、顎の先を撫でながらつぶやく。

「まあ、エッチなコトがしたくなったら、私に声をかけてくれればいいんだし。私、アユムちゃんなら大歓迎よ?」

「しません!」

 自分の提案を全力で否定するアユムを見て、腹を抱えて笑った叔父は、それまでのやり取りが何もなかったかのように言った。

「大丈夫。アタシ、ノンケは襲わないから。まあ、とにかく、彼女の治療をしないとね。さあ、病院に急ぐわよ」


 見た目も中身もアレだが、獣医としての叔父の腕は間違いない。

 X線撮影等の診断の結果、彼女の翼の骨折の治療には、骨をボルトで固定するよりも、ギプスによる固定が最適だと判断した叔父は、実に手際よく彼女の患部を固定した。

 そして、すべての作業を終えた叔父は、アユムに対し、獣医としての冷静な態度を示しながら言う。

「じゃあ、アユム君を彼女と一緒に家まで送るから。ちゃんと、彼女の面倒を見てあげるのよ」

「え? ここに置いてくれるんじゃないの?!」

 驚くアユムに、叔父はつれない態度で答える。

「だって、この病院には、彼女を泊めてあげる余裕もスペースも無いわよ。一度、お世話をしたんだから、ちゃんと最後まで面倒を見てあげなさいな」

 叔父の言葉には、有無を言わせぬ迫力のようなものがある。

「一応、生活に必要な最低限の説明と、いざというときのサポートはしてあげるから。とりあえず、彼女が元気になるまで、一緒にいてあげなさい。男っていうのは、そこで価値が決まるものよ」

 アユムとしては、もはや、うなずく以外の選択肢がなくなっていた。


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