異世界交換召喚魔法にかかったらしいので眠りたくないんだが

仁野久洋

#1 剣で車を斬ったらしい

 俺には昨日の記憶が無い。いや、あるんだ。あるんだけど、この世界の記憶じゃない。夢かなーって思ってみたりもしたのだが、今朝学校に来てやはり夢じゃなかったと確信した。教室に入るなり投げかけられた、友だちの一言で。


「おーっす、健人。お、今日は普通だな。昨日の鎧とかは? どした? もう着て来ないのか?」

「よ、鎧? 着てたの、俺?」

「着てた着てた。もう本物としか思えないようなやつな。凄えよなーお前。どこで買ったのアレ?」

「い、いや。それはまぁ、秘密だ。ネットで探すと割と見つかるんだけどな。はは。ははははは」


 なるほど、と思った。俺が"あっち"に行っている間、"あっち"の"俺"が、ここにいたのだ。


 鎧を着て学校に来ても誰も俺じゃないとは思っていなかったってことだろう。コスプレしてきたとでも理解したんだな。しねーよ。俺にはそんな趣味ねーよ。まぁ、それくらい、そいつは俺に似ていたわけだ。分かる。どんな様子だったか、手に取るように分かるわマジで。だって俺。俺も。


 めちゃくちゃ自然に受け入れられてたもん、"あっち"で。なんか、竜とか妖精とか騎士とか魔法使いとかいた、あっちの世界で! 俺、勇者とか呼ばれたし! 王様みたいな人のとこ連れていかれたし! すんごい可愛いお姫様に抱きつかれたりしたし! 俺、めっちゃ人気者だったし!


 ……まぁ、あっちの俺には気の毒だけど。俺、こっちじゃ完全にモブだし。友だち少ないし。彼女もいないし。あっちの俺がこっちに来ても、一切いい事ないはずだし。


 俺は入れ替わったのだ。おそらくは、異世界。ここではないどこか。パラレルワールドとでも呼ぶべき世界の俺自身と!


「なんだよ、今日は普通だな。つまらねー。昨日みたいに先生をぶん投げたり、三階から飛び降りたり、轢かれそうになった猫を助けるために、車を剣でぶった斬ったりしてくれよ。ほんと凄かったよな、昨日のお前。絶対にサイボーグだと思ったもん、俺」

「は? はあああああああ!?」


 何をしてくれちゃってんの、あっちの俺えええええ!!!!! 駄目でしょ!!!!! そんな人間離れしたことしちゃ駄目でしょおおおおお!!!!!


 どーしてそんな事が出来んの、あっちの俺!? こっちの物理法則は無視出来ちゃうの!? 俺はあっちでもこっちとおんなじでフツーだったよ!? いつも通りの貧弱さだったよおおおお!!!!


「お、おはよ、健人。て、何で悶えてるの?」

「あ、おう。おはよ、世理奈」


 頭を掻き毟っていた俺に挨拶をしてきたのは、幼稚園からこの高校まで腐れ縁の幼馴染、世理奈だ。中学くらいから妙にモテるようになったのだが、俺には何がいいのか良く分からない。俺にとって世理奈は、昔のままのガキ大将軍だ。


 ホント将軍。こいつ、小学生の時、俺を虐めるのに軍勢率いて来たことあるし。そーいや男ばっかだったけど。なんかみんな「なんでお前なんかが」とか「世理奈ちゃんは俺の嫁だ」とか叫びながら俺をボコってくれてたけど。一体何だったん、アレ? そんで最後は「もうやめて、みんな」て言って泣いちゃうとか、ホントに謎。


「ふーん……」

「んだよ? なんか変か、俺?」


 挨拶した後、俺をじろじろと眺め回して何か納得した世理奈は、腕を組んで「うん」と頷いた。


「うん、ま、昨日は変だったけど。凄くとんでもなく変だったけど。特に顔がいつも通りに」

「おい」

「でも、今朝は普通だね。いつも通りの変な顔だよ。……あたしの、スキ、な」

「は? なんて?」


 最後は声が小さくなったので良く聞き取れなかった。俺は耳に手を当てて、感じ悪く聞き直した。


「う、うっさいバカ!」

「いてーっ! おま、本気でビンタすんなよお!」

「変な顔を整形してあげたの! 感謝しなさいよね!」

「俺が叩かれて感謝する人になって欲しいのお前? そういう性癖に目覚めたの?」

「そんなワケあるかバカ! もーっ、バカバカバカバカ!」

「ちょ、蹴り! 蹴りはよせ! マシンガンキックはよせってえええ!」

「オーッホホホホ! まるでダンゴムシね健人! あんたはそうやって床に這いつくばり、建物のジメジメとした隅っこで丸まっているのがお似合いよ! それでこそ健人だわ! オーッホホホホー!」

「目覚めてる目覚めてる! お前、絶対目覚めてるってええええ!!!!」


 世理奈の無駄にすらりとした長いお御足にげしげしと蹴られながら、俺は考えていた。


 昨日はこっちで寝て起きたらあっちにいた。今日は向こうで寝て起きたらこっちにいた。眠りが異世界チェンジのきっかけになっていたとして、これから毎回こんな現象が起こるのか? もし日替わり異世界生活が続いたとして、どんな影響があるのだろう。

 

 あっちは剣と魔法と魔物が平然と存在し、スマホもゲームもエアコンも無い世界だ。タフでなければ生きてゆけない。弱いやつは死ぬしかない。頼るべきは法ではなく、自らの才覚だ。


 街には「ヒャッハー」と叫びながら馬を駆り、凶器をぶん回しているモヒカン刈りのデスメタル野郎もいた。「お金? 人から奪えばいいじゃなーい? 殺しちゃえば、文句だって言えないでしょお?」なんて言いながら血のついたナイフを舐めて笑ってる、なんかキメてるとしか思えない筋肉オネェだって見た。


 で、なんか高名な騎士であるらしいあっちの俺は、魔物狩り遠征に出てない時に、そんな街の治安を守る為に見廻りするのが日課となっているらしい。なんでそんな事すんの? 暇なの? なんか斬ってないと禁断症状とか出んの?


 ともあれ、あっちに行ったら同じように振る舞わなければならない。そうしないと、あっちの俺に結構な迷惑がかかるはず。最悪、騎士から除名されることだってあり得るだろう。親元でぬくぬくと暮らして来た俺とは違い、あっちの俺は孤児院暮らしから努力と根性で今の地位を築いた、と姫から聞いた。


 だから、そんな俺の今の栄光を俺がぶち壊してしまっては、あまりに申し訳が無さ過ぎる。あいつもきっと俺なのだ。逆に、あっちの俺がこっちに来ても死ぬ事は無さそうだが、ヘタすると指名手配犯くらいにはなりそうだ。あっちの俺も同じように思ってくれていて、大人しくしててくればいいのだが。て、何言ってんのか分かんなくなってきた。


 とにかく、もう入れ替わりが起こらない事を祈ろう。昨日は運良く街の巡回に行かなくて済んだが、もし行かなければならなくなれば、最初の会敵で死ねる自信が俺にはある。


 とりあえず、家に帰ったらあっちの俺宛にメモを書いて、制服とか着替えとか用意しておいてやるとしよう。鎧のまま学校来られても困るしな。幸い、あっちの言葉は理解出来たし、見た事の無い文字もなぜか読めた。多分、あっちの俺も同じだろ。

 

「あのさ、健人。人に蹴られながらシリアスな顔するのはやめてもらえる?」


 頭抱えて床に這いつくばっていた俺は、かなり真剣な表情をしていたらしい。世理奈が気味悪そうに俺を覗き込んでいた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る