◯1つの帰り道、1つのお店。

現代文なうだ、夏目漱石の月が綺麗ですね、についてやっている。面白いな。でも、眠くなって来た、あの温かい余韻から抜け出せていない、先生が「じゃあ、星が…」と喋った瞬間、俺は寝落ちた。聞き逃したし、起きた頃にはもう終わりそうだった。現代文なのにやっちまった。

それからは、英語とか社会とか、もう、

退屈すぎる教科で適当に受けたが、

眠気はなかった。

昼の時間になり、部室で食べてるけど、この部活、会話がない、みんな自分のことに集中して、食べている。だから俺も、何も話さない。


おっと、授業開始。五分前だ。次は数学。

あの数学。

溜息をつきながら階段を上っていると、向かいから女子2人に挟まれたカエデがやってきた。おい、うそだろ、どんな反応すりゃ良いんだよ。まあ、知らんふりで行こう。

カツカツカツカツ、

通り過ぎた次の瞬間、ーカッー

何か紙を落とした。

とりあえず、拾って見ると

''今日、一緒に帰るから、4時50分昇降口ネ''

はああっ!?思はず廊下で声を上げちまった。

あいつは気にせず行ったけど、周りの奴らはざわざわし始めた。やばい、とりあえず、教室に逃げ込こもう。何考えてやがる。

そして、数学が始まった。

「えー、ここはだな、連立方程式を使ってな…。」そして、先生はいつも

''数学ができれば世の中つまくやっていける''

と決まって言う。

意味がわからない。それはそうと、

ああ、退屈、もうだめだ、、でも、耐えるぞ、耐えるぞ。

そして、キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン。終わった。

頑張ったぞ、俺は。そう思っていたら、先生が俺のところにやって来た。

「お前、今日4時半に数学研究室に来い。話がある。気にするな。説教とかじゃない。いいな?」

俺は勢いに圧倒されて、はい。と答えてしまった。


ショートホームルームが終わって、

急いで数学研究室に行った。

ドアを開けると先生がいて

「おお、悪いな、まあ座れ。」

時間、そんなかからねぇよな

…まあ、早く終わってくれ。

「今日の授業、どうだったよ?」

「まあ、良かったと思います。」

「そうか、それなら良かった。…とでも言うと思ったか?クソつまんなそうな顔してたぞ、お前。」

「あ、いや、…。」

「まあな、お前に説明しておきたいことがある。」

「説明、したいこと、っすか。」

「ああ、そうさ。まあ、端的に言ってな、お前は公式を使わないんだ。使おうとしているけど覚えてないから使えないのか、ただ単に使わないのか、まあ、どっちだっていい。

でもな、使わないと損なんだ。例をあげるぞ、告白するときに、言いたいことをうまく言えずゴチャゴチャかしてしまい最終的には伝えるべきことが伝わらなくなる。でも、もし、公式みたいな何かを習得していれば、ゴチャゴチャせず、スムーズに伝えたいことを導き出せる。

言いたいことは、わかるな?公式を見つけて、使えってことだ。」

「なるほど、公式です、か。」

「そうさ、お前だけの公式を見つけるんだ。授業でも公式使えよ。まあ、だからほら、いつも言ってるだろ、数学ができれば世の中うまく生きていけるって。」

…少し、納得してしまった。

「ま、そういうことだ、悪かったな呼び出して。」

「いや、大丈夫っす。こちらこそ、ありがとうございました。」

時計は5時を過ぎた頃だった。まずい。遅れた。

数学研究室を出て昇降口まで走り、辺りを見回した。誰もいない。くそ、誰もいねぇよ。連絡手段もねぇし、帰るか。と思ったら「バァッ!」

おお、びっくりした、びびった。

いきなり裏から現れやがった。

「おい、びびるじゃねえか、びびったわ。」

「あははははは!待たせる方が悪いんだ、その報いだよ。」何も言えなかった。

「てか、一緒に帰るってどいうことだ?」

「いや、そのさ、昨日カフェ連れてってもらったでしょ。だから恩返しに今日は私が連れてってあげる。もちろん、割り勘で。」

「当たり前だろ。で、どこ方面?」

「あっち。」

「俺の方と真逆だな。」

「良いじゃん、どうせ暇なんだし。」

「まあ、良いけど。」

「ほな、いこか!」

「いや、どこの誰だよ。」

いつもとは違う方向の坂を下り始めた。

「今日ね、私の友達が、アユトくんの叫び声、初めて聞いたって、面白がってたよ。良かったね。」

「誰のせいだと思ってんだよ、マジふざけんなよ。それに部活の時は普通に叫んでるわ。」

「サッカーはいつも学校外練習場でやってるからわからないんだよ。」

「まあ、そうだな。」

「話変わるけどさ、あそこの橋、知ってる?」

「ん、どこ?」

「ほら、あそこ!看板みたいのがあるとこ!」

「あれか、いや知らんけど。」

「え!!知らないの?誰もが一度は飛んだことのある橋だよ。通称、大人への橋。その名の通り、飛んだら大人になれる。昔からの伝統行事だよ。本当に知らないの?」

「まあ、うん。」

…本当は知ってる。小学生の時友達と行ったから。俺は高いところが苦手で飛べなかった。みんな飛んだのに俺だけ飛べなかった。飛べなかったというより、まず飛ぼうとしなかった。それが故に付いたあだ名がある。''フライできないチキン''すげえセンスだよな。でも。何も言い返せなかったし、実際はそうかもしれない。

そんなことをカエデに知られてたまるかよ。

「じゃあーさ、今度飛ぼうか!」

「あ、ああ、良いけど。」

冗談じゃねえ。ムリムリムリムリムリ。…むり。

とりあえず、会話を転換した。そして、多分楽しく歩いていたと思う。

でも、不思議だよ、俺が女と2人で歩くなんて、それも、可愛い女と。そう考えていると、

ミンミンミンミンミンミンー。すっげえ、うるさい虫が鼓膜を破ろうとしてきた。

すると、カエデが「セミの声、好きだわあ。」

木を見ながら呟いた。木を見透かすような目で。

「いや、でも、怖くね?」

「何が?」

「その、落ちてきそうで。」

「怖くないよ、別に、はは。」

「そうか…。」十分怖いだろ。

「あー!見えた!」

「あれか?あの茶色い…。」

「そー!それ!」

そうして着いた店は、一階建ての少し古い、

水戸黄門に出てきそうな昔ながらの佇まいだった。

「さっ!入ろ入ろ!」ガララッ、ガラ…。

なんか重そうな引き戸だな。「よいっしょ!」

「おばさん、こんにちは、いや、こんばんはかな?へへ。」

「お?ほほほ、よぉきたのぉ、いらっしゃうぃ。」

…うぃ?あ、挨拶しなきゃな。

「こんばんは。」

「おほほ、カエデちゃんの彼氏かえ?

あれ、兄ちゃん…。」

「いえ、違います。」

否定したけど、そうでありたい。

「ちょっと。そんな否定しないでよね。」

「あ、あ、うん、ごめん。」

おばあさんは何か言おうとした。

「あの、何か言いかけませんでしたか。」

「あ、いや、兄ちゃん、だったか。

ほほほ、ま、五平餅でもこしらえておきなされ、

ちと時間もろうが、まっとってくれや、ほな、行ってきますわ。」

厨房へ入って行った。

兄ちゃんだったか?よくわからねぇな。

「ここのお店ね、私が小さい時からあるんだよ、よく来てたし今もよく行く。美味しいんだ。」

説明してくれた。

「なるほどな。」

「あのさ、1つ聞いても良い?」

「何?」

「アユト君ってさ、臆病でしょ?」

「は?いや、なんでよ。」

「雨で傘が無いのに借りに行こうとしないし、実際、色々思ってることありそうなのに、表に出さないし、それから、橋を飛べないとこ。さっきの表情見てたらわかるし、それに…。」

「はいよ、おまちどうさま。」なんだ、それに…って、何を言おうとした。

「わあー!美味しそう!美味しいんだ!」

なんだよ、なんか気持ち悪いな。

「ほれほれ、食べなされ、冷めないうちにな。」

「「いただきます。」」

少し焦げかかった五平餅は地元産のタレにつけて食べるのが1番美味しかった。

そして、3人でたわいない会話をしながら頬張った。

良い時間帯になり、俺らはその店を後にした。

出る時、おばあちゃんに呼び止められた。


その帰り道、すげえ星が出てた。

「星が、綺麗だね。」カエデが言う。

「まあ、月がないし、確かにな。」

月が出ていたら、月が綺麗ですねと言いたかった。漱石のように。それはそうと、さっきの言い出した続きがきになる。聞こうにも聞けない。

聞く勇気がない。

「そういえばさー、おばあちゃんに帰り際なんか言われてたよね?なんて言われてたの?」

そう、あのおばあちゃんに不思議なことを言われた。

''アユト君じゃったか。お主には見えるぞ。お主には見える。近いうちに荒れる。この世が荒れるんじゃ。その時は、自分の思う選択をするんじゃ、

大丈夫、1人じゃない。大切に取っておきたいものがある、ミラーボウルじゃ''

とか言われたけど、正直意味不明だ。

よくわからねぇから、カエデには

「また来て欲しいって言われたよ。」と言っておいた。

「あ〜そう。でさ!明日林業体験あるじゃん?そこで頑張って友達と話してみなよ!ね!」

「まあ、わかったよ。」

「はは、がんば!…にしても、星綺麗だね!」

何回言うんだよ、

「はいはい。」

そうして、駅で別れた。

1人で見上げた空。本当に、本当に美しい。そういえば、現代文の授業であったよな。

''星が綺麗ですね''と。

くそ、意味まで覚えてねえ。寝てたから、やらかした。くそ。それはそうと、

月が出ていれば…。そう強く思った。

そうすれば言えたのだろう。

''月が綺麗ですね''

すなわち、あなたを愛しています。…と。

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