瑠璃色の街

夏川 俊

第1話、斜陽

                         『 中点同盟 参画作品 』


 深夜の住宅街・・・

 寝静まった民家のコンクリート壁に、白く照らされる街灯の光。

 やけに白く、無機質なその光・・・

 感じられるのは、冷たさ。 それきりである。


 ・・今、植木の黒い影が、不自然に揺れた。


 人の頭の形をした黒い影が、植木の影の中から、ゆっくりと伸びて来る。

 長い、黒々とした帯となって壁に映し出された、頭の影・・・

 その影の先が、辺りを覗うように、キョロキョロと動く。


 植木の枝を揺らし、意を決したように、1人の男が壁の上に姿を現わした。

 辺りを警戒しながら、素早く路上へと飛び降りる。

 男は足早に、暗い路地裏へと消えて行った・・・


「 ちっ・・ シケてやがったな 」

 路地裏を小走りに移動しながら、着ていたブルゾンの内ポケットを押さえつつ、男は呟いた。

 男の名は、村田 幸二。 現在、無職。 あえて職を言うならば、『空き巣』とでも言おうか・・・


 45才の彼は、3年前に務めていた業務店が倒産し、職に就けないまま、現在に至っている。

 若くもないし、高齢者でもない・・・

 ある意味、一番働き盛りな年齢なのだろうが、その分、再就職した場合、経営者側としては、それなりの額の給料を用意しなくてはならない。 その為か、不況のご時世、幸二のような世代の年代は人件費が掛かる為、中途採用の話しは少ない。

 おまけに、幸二は中卒であった。


 景気の良かった時期は、問題は何も無かった。

 見習大工に始まり、真面目に働いて腕を身に着けた幸二には、次々と仕事の依頼が入り、一時、大手住宅メーカー下請け会社の施工主任業務も兼務していたほどだった。

 ・・しかし長引く不況の為、徐々に仕事は減り、5年程前、日雇いで入った工務店も、遂に倒産の憂き目に遭った。

 以来、生活資金が無くなると民家に忍び込み、空き巣を繰り返している。


( 3万円か・・・ )

 幸二は、内ポケットから出した金を確認すると、それを再びポケットにねじ込み、大通りへと向かった。

( どうせ職安に行ったって、学の無い俺が出来そうな仕事なんて無い。 明日以降、もう一度、ヤルか・・・ )


 コンビニに入り、先程盗んだ金で弁当を買う。

 近くの公園に行くと、路上に停めてあった軽自動車に乗り込んだ。

「 ・・コイツも来月、車検切れか。また、買わなくちゃならんな」

 フロントガラス上部に貼ってあるステッカーを見ながら、幸二は呟いた。

 中古車センターにある、古い型の軽自動車・・・ いわゆる、ポッキリ車を、幸二は乗り継いでいた。車検が切れると、乗り換えるのだ。

( 北区の庚申町交差点にある中古車センターで、3万円ってのがあったな。 確か、車検は半年ついていたし・・・ アレにするか )

 買って来た弁当を食べる。


 明日をも知れない、我が身・・・


 いつまでも、こんな生活を続けていられるワケが無い。 いずれ、足が付く事だろう。 それは、幸二にも分かっていた。 分かっていても、ズルズルと、時の流れに身を任してしまっているのだった。

( 遅かれ早かれ、行き着く先は刑務所だな・・・ いつから、こんなんになっちまったんだろう。 真面目だけが取り得の俺だったのに・・・ )

 弁当を突付く割り箸を止め、幸二はため息をつきながら回顧した。


 ・・職種や、希望収入額さえ選ばなかったら、日雇いの仕事はある。


 だが、大工一筋でやって来た幸二だ。 やはり、腕を生かせる仕事の方が良い。

( 建築じゃなくて、土木をやろうか・・? 型枠大工だったら、土建屋辺りに話しがあるかもしれない )

 しかし幸二は、建築にこだわっていた。

 土木では、作ったものは、みんな地面の下だ。 型枠大工に至っては、コンクリートを流し込む為の型枠作りだから、コンクリートを打設したら、作った枠は、全て解体されてしまう。 何も残らないし、目で見る事も出来ない。 幸二は、それがイヤだった。

( 今の俺の姿・・ 死んだ親父や、お袋が見たら泣くだろうな・・・ )

 食べ終わった弁当のトレイをコンビニの袋に入れ、タバコを出す。 火を付け、運転席の窓を少し開けた。

( 親父は、腕の良い棟梁だったが・・・ 死んじまったら、代理店の連中なんか冷たかったな。 ・・大体、下請けの連中なんか、駒のようにしか思ってないんだ。 しこたま儲けてやがったクセしやがって・・! )

 幸二が初めて空き巣に入った家は、現場監督の家だった。 仕事の打ち合わせで、何度か出入りしていたので、勝手は知ったるものだったからだ。 旅行に出掛ける話しを聞き、真っ昼間に潜入した。 手提げ金庫ごと盗み出したのだが、中には200万円弱の金が入っていた。

 それからだった。 幸二の『空き巣家業』が始まったのは・・・

 タバコを煙たそうに吸うと、灰皿で揉み消し、幸二は、車のエンジンを掛けた。



 6畳2間の、安アパート。 現在、幸二は、ここに1人で住んでいる。

 鉄製の階段を上りながら、ポケットから鍵を出す。 1人の老婆が、幸二に声を掛けた。

「 お帰り、幸ちゃん。 随分、遅いんだねえ。 仕事かい? 」

 こんな時間、誰もいないと思っていた幸二は、少しびっくりした。

 ・・隣に住んでいる、タエ婆さんだ。

 歳は、今年75。 10年くらい前に夫を亡くし、以来、1人暮らしをしている。

「 タエ婆さんか・・! びっくりするじゃないか。 こんな時間に、何してたの? 」

 玄関ドアの前にパイプイスを出し、座っている。

 タエ婆さんは答えた。

「 眠れないもんでね。 夜風に当たってたのさ。 いつの間にか、寝込んじまったよ 」

「 カゼひくぞ? もう部屋に入って寝なよ 」

「 そうするかね。 よっくらしょと・・・ 」

 曲がった腰を上げ、パイプイスを片手に、部屋に入って行く。

 振り向きざま、タエ婆さんは言った。

「 ・・・幸ちゃんも大変だね。 頑張りなよ? 」

 その言葉に、ギクリとする幸二。

「 あ・・ ああ。 有難う。 お休み・・・ 」

 

 ・・・全てを、見透かされているようだった。


 それは、やましい気がある者、特有の感じ方かもしれない。

 そんな感じ方をしてしまう自分に、幸二は寂しさを覚えた。


 自分は、人として恥ずかしい行為を行っている・・・

 それは幸二自身、充分、理解出来る。 だが、他にどうすれば良いと言うのか?


 ・・・生きる為には、金が要る。


 何もしていなくても、税金は払わなくてはならない。 この歳では、飲食業のバイトだって雇ってはくれないだろう・・・

 自分勝手な、安易な発想ではあるが、他人の家のものを『 頂戴 』する手段しか、幸二には、思い付く事が出来なかったのだ・・・


 翌日。

 幸二は、2つ隣りの区まで車を走らせた。 『 仕事 』をした場所は、他に『 良い物件 』が無い限り、しばらくは近寄らない。 これは幸二が実践している事柄だった。

 今日は、次のターゲットの下見だ。

( この辺は、高級住宅街だな・・・ )

 手入れされた生垣、門構えの大きな玄関、電動シャッター付きの車庫・・・

 付近の家構えを観察した幸二。

 あまり、そう言った住宅には入らない。 防犯カメラやら、ブザーが設置してあるからだ。 やはりコーポやアパートの方が、忍び込み易い。

 狙うのは、1人暮らしのワンルームか、築10年以上の民家である。


 ほどなく、壁のモルタルに入った細かなクラック( ひび割れの事 )の補修跡が幾つも見受けられる小さなアパートを見つけた。 築年数は20年位だろうか。 大きなマンションの隣に並立しており、敷地内は、垣根と壁で囲まれている。

( 壁の高さは、1メートル50くらいか・・・ )

 この、壁と言うものは、空き巣にとって大変に好まれる条件である。 侵入さえしてしまえば、外からは見えないからだ。

( イケそうだな・・・ 少し、様子を見よう )


 アパートは2階建てで、住居数は8世帯くらいだ。

 アパートの入り口を見渡せる場所に車を止め、幸二は、しばらく観察した。

 南側の路上では、管理人だろうか、作業着を来た老人が、掃き掃除をしている。 洗濯物を干していない部屋は、上下合わせて3つ。 家族分と推察出来る量が干してある部屋は無い。 どうやら、1人暮らしが多いようである。


 幸二は、1階に注意して観察を続けた。

 ほとんどの場合、幸二は1階の窓から侵入する。 『 焼き割り 』という手口だ。 鍵の部分の、ガラスのみを割って鍵を開け、侵入する。 最近、他の『 同業者 』たちも使用している手だ。 あまり物音がしないだけに、こういった集合住宅で、連続して侵入するには好都合の手口である。

( 1階には、空室は無いようだな・・・ )

 その時、1人の中年女性が、入り口から出て来た。 掃除をしていた老人に、声を掛ける。

「 大家さん、こんにちは~ 」

 老人が振り向き、答えた。

「 ああ、こんにちは 」

「 回覧版、廻したいんだけど・・ 1階の人たち、みんな留守でいないのよ。 廻していないのは、1階の人たちだけなんだけど・・ 」

「 そうかい。 まあ、こんな昼間に、誰もいやしないさね。 みんな務めに出てるんだからよ 」

「 あたしだって、働いてるわよ? 今日は、代休で休みなんだから。 ・・でも、これから出掛けるのよね~ 回覧版、どうしよう? 」

 大家らしき老人が言った。

「 今度から、この回覧版、もうち~と小さいのにするよ。 そうすりゃ、郵便受けに入れられるからな。 ・・よし、それは、ワシが預かっておく。 夕方、もう一度来るから、渡しておくよ 」

「 そう? 助かるわぁ~ じゃ、宜しく~ 」

 彼女は、持っていたグリーン色のファイルを老人に渡すと、自転車置き場にあった自転車に乗って、どこかへと出掛けて行った。 大家も掃除が済んだのか、ホウキを持って通りの向こうへと立ち去って行った。

「・・・・・」

 これは、願ってもいないシチュエーションだ。 アパートには、誰も住民がいないらしい。 2階は不明だが、侵入予定の1階には、確実に、誰もいない。

 思いつきで犯行に及ぶのは、いささか軽率な気もするが、場合が場合だ。


 幸二は、車を降りると、アパートに向かった。

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