魔法使いになって思うこと
@asamorito
第1話 変化
「卓也危ない!」
ものすごい衝撃音がした。もう自分はあの世に逝くのだろうと、そう確信していた。しかし……、つぶれたのは突っ込んできたトラックの方だった。
「笠原、お前……まさか……」
僕は人間なのだろうか。
* * *
「なあ、今日聖書持ってきた?」
振り返ると卓也がいた。
「当たり前じゃないか」
「にしても大変だよな。したくないことをやらされてさ」
「おいおい、やめろってそんなこと言うの。先生にボコされちまうぞ」
辺りを確認しながら僕は言う。
「まあ、聖書も勉強っていえばそうかもしれないけど、どう考えても宗教だよな」
発言する権限を奪われてしまった僕たちは、こうしてこそこそ愚痴を言うしかないのだ。しかし、それもどこで誰に監視されているのかわからないが……。
腕の時計を見て時間を確認する。
「おい、卓也! あと五分しかないぞ」
「おお、やべー!」
地面をける反動でリュックサックが僕の背中ではねる。がさっがさっと言う音が一定なリズムを刻み、まるでメトロノームの様であった。
とその時、聞き覚えのあるチャイムが鳴った。
きっとあれに違いない。我々中高生の間ではこう呼ばれている忌々しい放送。
“洗脳放送”と。
『八時十五分です。みなさんおはようございます。今日も一日、イエス様の恩恵に感謝し、精一杯生活しましょう。以上立山町役場でした』
かつて、日本は宗教は自由であったという。
信じるもよし、信じないも良し。
だから、日本と言う国にはさまざまな宗教の人があふれていて、その人たちが共存していたそうだ。しかし、その事も今となっては過去の話。
「笠原ー!!」
後ろを振り返ると今度は後藤がいた。奴も全速力で走っている。
「やばいぞ、もう五分切ってる」
「知ってるよ。だから走ってんのさ。で、あと何分?」
「あと……三分」
このペースなら間に合うだろう。
その角を曲がれば……見えてきた。校門だ。と、その前には……。
「コラー! 笠原、遅刻寸前だぞ!」
「すみません!」
なぜ僕だけ怒られなきゃいけないのだろう。しかしこの学校は、先生の言うことは絶対。言いつけを破ってしまったものならどうなることやら……考えるだけで脂汗がにじんでしまいそうだ。因みに、クラスメイトの一人が先生の逆鱗に触れ、瀕死の状態になってしまったという。
何とか遅刻扱いにはならず教室に入ることができた。
「よーし、じゃあ並んで礼拝堂に向かうぞ」
担任教師の声が響く。
高校生にもなって整列して移動するというのはいかがなものかと思う。
礼拝堂の中は、年中寒いか涼しいかのどちらかだ。建築や理科の現象に詳しいわけではないが、恐らく石造りだからだと思う。
「今日も……」
呪文の如く抑揚のない祈りの声が、礼拝堂に反響する。僕はいつもこの声を聴くとゾッとする。明らかに洗脳行為である。しかし、そんなことは人前では決して言わない。なぜなら……。
「コラッ! しっかりせんか!」
あれぐらいならまだいい方だ。もし口答えなどしてしまえば、平手打ちの刑に合うに違いない。
こう見えても先生たちからの印象および評価はいいのだ。折角のフィールドを自分から崩していくこともあるまい。
今日の一時間目も聖書から。聖書の素晴らしさを語られるほか、以前存在していたという宗教、神道やイスラム教、仏教などがいかに愚かであるか教え込まれるのだ。無論、これはオブラートに包んでの言い方なのでそうしないのであれば明らかに洗脳である。
「えー、今日はですね。魔女、および魔法使いについてのお話をします」
一時間目の聖書と言う授業は、普段なら前述のとおりである。今日も退屈なそれかと思っていたのだが、どうやら今日は一味、二味違うようだ。魔女か、それには興味がないわけではない。
「魔法使い、どんなのかわかる人いますか?」
聖書担当のニスを塗ったような光る頭が動く。そこに「はい!」と挙手したのはクラスでお調子者と名高い佐々木だった。
「魔法を使う人です」
クラスが一瞬騒がしくなった。それもそのはず、バカげたことを言うと人間は笑ってしまうのだ。
「佐々木君、確かにそうだけど。それはみんなわかるよね」
その言葉にまた教室が騒がしくなる。
「はいはい、落ち着いて。まあ、まちがっちゃいないんだからそんな笑わずに。いいかい、魔法使いとは魂を悪魔に売った人のことだよ。いわゆる悪魔化した人間のことだね。そうするとあら不思議、魔法が使えるようになってしまうんだ」
教室内で女子だけがヒソヒソと感想を述べ合っているようだ。一方男子は、先生の話を食い入るように耳を傾けている。
「その魔法使いにもいくつか種類がある。体内生産型、体外補給型、外部補給型の三つだ。これテストに出るぞ。メモっとけ」
「その三つは何が違うんですか?」
クラスの後方から声が上がる。
「まあまあ、落ち着けって。今から説明するから。いいかメモったか」
先生はあたりを見回してから続きを説明する。
「まず、この三つはどこから魔法を生成する力、すなわち魔力を得るか、得られるかってことなんだ。体内生産型は、自分の体内にある魔力を使う。これは持久力に欠けるが、自分のエネルギーだから最大限に近い魔法を出力することが可能だ。これがわかれば、体外補給型もわかるだろ。どうだ、三好」
「身体の外からエネルギーを得る?」
「そうだ。だが注意してほしいのは、外は外でも他人の身体から魔力を得るってことだ」
教室内の空気が一瞬凍りつく。
「あの、先生。魔力を吸い取られた人間はどうなるんですか?」
「文献によれば、よくて意識不明、最悪死亡だ」
先ほどとは違うざわめきが教室内に起こる。それもそのはずだ。人が死ぬというのはあまり穏やかではない。
「で、最後の外部補給型だけど。これは自然界の力を使用する者だ。この区別しっかりさせておかないとならんぞ。毎年、これで間違える人がいるんだよ」
と、そこで授業終了のチャイムが鳴った。
教室各所から「終わった~」「次なんだっけ?」「眠いわ~」など声が聞こえてくる。僕もいつもなら当然の如くそうしている。しかし今日だけはそうはいかなかった。妙に魔女という言葉が引っ掛かった。
魔女なんてこの世に存在するのだろうか?
「輝!」
自分の名を呼ばれて伏していた顔を上げるとそこには美也がいた。美也は幼稚園のころからの同級生で、この年になっても会話をする程度は仲がいい、と個人的には思っている。美也がどう思っているから何て知る由はないけれど……。
「ねえ、輝、聞いてる?」
「え、何だっけ?」
「もう!」
細い腰に手を当て、形だけは怒った風を装う彼女に僕は思わず目を奪われた。そうしていると「ねえ! だから聞いてる?」と再び叱られてしまった。
「悪い。続けてくれ」
「全く。今度の学園祭の話。みんなでどんな出し物にするか。なんかあん考えてきた?」
しまった。そういう季節だった。そろそろ夏季休業、いわゆる夏休みだと思って全く考えていなかった。
「あ! いま『しまった』って顔したでしょう」
「美也はお見通しだな」
「あったりまえでしょ!」
また失態を犯した。美也はまだ気が付いて無いようだが……。
「よ、おしどり夫婦!」
やはり来た。
「夫婦じゃない!」
「夫婦じゃないわよ!」
息があってしまったが、まあセリフが重なっていないから良しとしよう。
「で、学園祭なんだけど」
「どうせイエス様がどうたらこうたらと言われて、そんな感じのになるんじゃないか? つまらないな」
「またその話! 昔から好きよね。その話。昔は神道、仏教が日本にはあったんだとか、初詣っていう元旦にする行事みたいなのがあったとか」
「もういいだろ。先生に聞かれたらやばいぞ」
「そうね。でも、そんな世界が無きにしも非ずよ」
「え?」
「何でもない!」
美也は「じゃあ、適当に考えておいて!」と言って行ってしまった。彼女の言ったことが僕の頭に残らないはずはなかった。
その日の授業内容は全く頭に入ってこなかった。
と言うのも、魔女のことで頭がいっぱいだったのだ。魔女、魔法使い……。
もう少し調べたいのだが、調べ様にも方法がない。インターネットは存在しているものの、表現の自由がなく、情報も管理されているため役に立たない。そうすると次の候補に挙がるのは、書籍と言うことになる。
真っ先に思い浮かぶのは図書館だ。しかし、前述の通り恐らくこれも使い物にならない。より多くの情報を得るには昔の書籍に目を通すしかない。それが存在しないということも考えられなくはないが、情報の多くを持っている書籍をすべて破棄することは考えにくい。となると……、一般人の目につかないところにある可能性が高い。
そんなことを考えて道を歩いていると、また声をかけられた。この声は間違いない。今朝も聞いたから自信がある。
「また卓也か」
「またとはなんだ。また何て失礼だろ」
こんなことを言っているが、笑っている。
実はこの卓也も幼稚園時代からの友人である。
「なんか考え事してたのか?」
「分かったか?」
「いや、何となく。普通、人は下を向いて歩く人なんていないだろう」
「全くだ」
このような他愛もない話をしている時だった。大通りに続く角を曲がった瞬間、間違えなく制限速度を守っていない自動車が僕たちめがけて走ってきた。しかし、相手はスピードを緩める様子がなく、僕は慌てて卓也を庇うようにして腕を自動車の方に向け、その反対側に顔を向けた。
そんなことが無駄なことぐらい、誰にだってわかることだ。でも、この時の僕はどうかしていたのか、こんな行動をとってしまったのだ。
文字では表すことのできない衝撃音が、夕方の住宅街に響き渡った。
衝撃の割には痛みも何も感じないことに疑惑を感じた僕は、ゆっくりと目を開け、自動車が向かってきた方に体を動かした。
信じられなかった。
そんな言葉で表せるならこれ以上楽なことはないだろう。信じられない処の話じゃない。あり得ない。物理的に、この自分の腕が、金属の塊である自動車を潰してしまうなんて……悪い夢を見ているのかと思った。しかし、そうではないことを卓也の反応が示していた。
「笠原、お前……まさか……」
僕は、人間なのだろうか……。
僕はその場を逃げ出した。
野生の勘とでもいうのだろうか。心がこれはやばいと僕に伝え続けている。
行き先など分からない。しかし、その場にとどまってはならないことだけはわかった。生まれたての小鹿が、何も教えられなくても立てるようになるように。その次元の話だと、走りながら頭の片隅で思った。
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